指きり
日が落ちて、辺りがが薄暗くなってきた時間に、小さな幼子の小さな肩に一匹の鴉が乗って、家路についていた。
「小市様、その様に天子様から貰った笛を弄ってないで、もう少し急ぎませんと、御家の方が心配なされまするぞ」
肩に乗せていた鴉が口を開いて、小市に話しかける。
「かるら、だいじょうぶ、、、たぶん」
首からぶら下げた小さな笛を弄りながら、ニヤニヤとしていた小市が、迦楼羅に注意されて、顔色を悪くする。
「しかし、まだ家は遠いのですか?」
「あそこ」
迦楼羅の問い掛けに、指を差して答える小市。
「あそこですか、ではもう大丈夫で御座いますね」
「うん、ありがとう!かるら」
「では!」
笑顔で小市がお礼を言うと、黒い翼を広げて、飛び立つ。
それを見つめ、見えなくなると、家に向かって、走り出すと小市は、家の中に入る。
その姿を遠くから、一人の女が見つめていた事に、気付く事が小市はおろか、迦楼羅にも出来なかった。
家の中に入ると、一人の女に小市は声をかける。
「いちおおばばさまぁ、ただいま」
小市の声に振り向き、笑顔で声をかける。
「遅かったわね、小市・・・んっ、何か良い事があったのでしょ?」
市は小市の顔を見て、問い掛ける。
「うん、おともだちが、できたの」
満面の笑みを浮かべて、話す小市。
「そう、良かったわね。それでどこの村の子かしら?」
台所で夕食を用意していた市が、手を止めて、小市に近づくと、膝を曲げて小市の目線に合わせる。
「むらのこじゃないの、やま、、、」
小市は笑顔で話している途中で手を口にやり、笑顔を消して、無言になる。
「んっ?どうしたのかしら、村の子ではない?山?」
首を傾げて、困惑する市。
「いえない、やくそく・・・」
小指を出して、市に見せる小市。
「指・・・指きりをしたのね」
「・・・・・・」
無言で頷く小市。
「そう、じゃ言えないわね。分かったわ、その事はもう聞かないわ。でも今度から、日が落ちる前に家に帰ってくる事、ババと約束出来る?」
「うん!」
「じゃ、ババとも指きり」
市と小市は笑顔で、指切りをするのであった。
その後、二人は夕食を取り、風呂に入ると、小市と共に布団に入り、眠りにつく。
小市が寝ついた事を確認すると、市は静かに布団から抜け出すと、庭先に出る。
「佐助、居ますか?」
「はっ」
月明かりに照らされて、一人の男が現れる。
「調べなさい」
「御意」
佐助は市の言葉に答えると、姿を消す。
それを見送った市が、後ろを向くと一人の女が、市に向かって、頭を下げて
いた。
「・・・珍しいわね、玉」
「ご無沙汰をしております」
「貴方が、現れるとはね・・・佐助では荷が重いかしら?」
「恐らく」
「そう、この様な場所であれば、守れると思ったのですが・・・叡山の力が及ばないとはね」
「・・・・・・」
「貴方は動いてはいけませんよ。動けば、相手の思う壷です」
「しかし、、、」
悲痛な表情を浮かべる玉を見て、市は強く諭す。
「気持ちは痛いほど、よく分かるわ。でもね・・・見なさい、いい笑顔でしょ」
襖を開けて、小市の顔を見せる市。
「・・・・・・」
「今日、お友達が出来たと、喜んでいたのよ」
「、、、うっ」
手で口を抑え、鳴き声を漏らさないようにする玉。
「いつか一緒に暮らせるように、あたしがしてあげるから、それまで勝手な行動は慎みなさい。それにあやつ等と決まった訳でもない」
「、、、はい」
ボロボロと涙を流して、頷く玉を見て、心が苦しくなる市であった。
「いちおおばばさま、いってきます」
「今日も行くの?飽きないのね。良かったら、お友達を家に呼んで、遊んでもいいのですよ」
「えっ、でもだれもいえにはよぶなと・・・」
「いいのよ、貴方がそこまで信用している子なのでしょう?ならば、ババは歓迎しますよ」
膝を曲げて、小市の目に、視線を合わせて話す市。
「ほんとう!わかった!つれてくる!」
満面の笑みを浮かべて、家を飛び出していく小市。
その姿を冷酷な目に変えて、見つめる市であった。
小市はいつも待ち合わせをする場所で、天子から貰った笛を吹く。
しばらくすると、二匹の鴉を肩に乗せた女の子が現れる。
「あらっ、今日も来たの?飽きないのね。じゃ今日は何して遊ぶ?魚捕り?木登り?洞窟探索?」
苦笑いをしながら、小市に話しかける天子。
「う~んと、きょうは、こいちのいえであそぼ!」
「へっ?」
「だめ?」
「うっ・・・べっ別にいいけど」
(良いのですか、天子様)
(ばれたら、面倒ですけど・・・)
(しょうがないじゃない、助けてもらったし、友達だし・・・)
(早く、鞍馬山に行かねばならぬというのに、こんな所で道草など、、、)
(市様にも、早くお会いに行かねばならないので御座いましょう?)
(じゃ、あんた達、あの笑顔の小市に嫌って言えるの?)
((いえません))
迦楼羅や風子の忠告もあったが、小市の笑顔に負ける天子であった。
「てんこぉ、こっちぃ!おおばばさまぁ~つれてきたぁ」
天子を置き去りにして、家の中に入る小市。
「ふ~ん、ここが小市の家なのね」
キョロキョロして周りを見渡す天子。
(天子様、確信は無いので御座いますが・・・気を付けて下さい)
(あっあたしもなんか嫌な予感がするぅ)
迦楼羅と風子が毛を逆立てながら、天子に小声で話しかける。
「気にしすぎよ、ここは小市の家よ。害がある訳が、、、(アワワッ)」
天子達の体がまるで金縛りにあったのごとく、動かなくなる。
原因は、小市が連れてきた市にあった。
市の目を直接見てしまった瞬間、金縛りにあった事を悟る。
「ほう、この子達ですか。小市のお友達とやらは・・・」
「ああっ、、、」
言葉にならない恐怖を感じる天子。
「そんなところに居ても、遊べないでしょ?小市の部屋で遊びなさい。後でお菓子を持って行きますから・・・」
市が視線を外して、家の中に入ると、金縛りが解ける。
「なっ、、、なんなの・・・人なの」
(天子様、お逃げ下さい!あれは駄目です!勝てません)
(全盛期の崇徳様以上の眼力でしたよぉ・・・あきまへん、あれはあきまへん)
「いこ・・・」
「・・・・・・」
天子達の青ざめた表情を見て、声を震わせて、天子に話しかける小市。
「だめなのかな・・・」
天子の手を震えながら握り、大きな涙をポロポロと流す小市。
(こんな小さな子が、こんなに勇気を出してるのに裏切れるか!)
それを見た天子は覚悟を決める。
「駄目じゃないよ、行こうか!」
「うん!」
笑顔で小市に答える天子。
家に入ると、体に重みを感じる天子。
(てっ天子様!あきまへん、ここ結界張られてます!)
(これは、比叡山の比じゃないです!すぐ逃げてください!)
「ここがこいちのへやなの、おいで!」
襖を開けて、中から手招きで天子を呼ぶ小市。
天子が呼びかけに応えて、部屋に入ろうとした瞬間。
(バチィーン!!!)
凄まじい音と共に天子と二匹は、部屋の外に弾き飛ばされる。
「ああっ~てんこぉ!」
飛ばされた天子の元に、駆け寄る小市。
そこには、ぐったりとしている天子を、冷酷な目をして見つめる市が立っていた。