出立と亀裂
お供もOK、装備もOK。
術OK?、、、最高か最低かのレベルだが、なんとかなるかな?
そんなこんなで、人の世に向かう準備をしてると不意に声をかけられた。
「おい、天子や、確認なんじゃが、お主そのまま行こうとしておるのか?」
不意にかけられた声の主、父様をキョトンとした目で、見つめるあたし。
「なんじゃ、その目は・・・行こうとしておったな。お主、そのダダ漏れになっておる、怨気は隠せるのであろうな?」
思わず、自分の体を見ると、禍々しい黒い霧のような物が、体から常に流れ出してる事に気付く。
「あっ、、、」
「じゃろうな、生まれたばかりじゃ、そのような事もわかるまい。まして怨気を隠そうとするのは、熟年の怨霊でも困難じゃからな。これを身に付けておれ」
そう言って、私に手を向ける父様。
するとあたしの首に、黒い勾玉のついた首飾りが現れる。
「これは?」
「抑制の首飾りじゃ、それで怨気を人に悟られることはないじゃろう」
「おおっ、ありがとう父様」
黒い勾玉を触りながら、笑顔で答える。
「しかしな、過信は禁物じゃ、高位の調伏者やお主以上の力を持つ妖怪の類に出逢えば、見破られる」
「ゴクッ・・・」
「わかるな、見破られたら・・・逃げろ」
父様が真剣な目であたしを見つめる。
「天子や、お主は自分で思っておるほど、弱くはない。じゃがな、お主は加減を知らぬ。加減は実践で覚えるしかないが・・・お主の力を使えば、必ず将門や九尾が気付く、そして動く」
「あわわっ・・・」
父様と渡り得る化物、あかん・・・。
「特に九尾は、儂との因縁が深い・・・出逢えば、必ず滅しにくるはずじゃからな」
「九尾・・・」
「白面金毛九尾の狐じゃ、儂がまだ人で会った時からの因縁じゃからな・・・この前、偶然見つけてのう、ボッコボッコにしばき倒してやったら、ボロボロになって死にかけておったな。あやつ、滅する直前で逃げおったわ」
「・・・・・・」
高笑いしながら、話す父様。
あかん、父様あかんわ・・・そん時は全盛期の頃だったんじゃろうけど、今はかなり弱くなってるんだよ!絶対怨み買ってるわ。
しかも弱くなってから出来た子のあたしが、見つかったら、絶対ちねる。
ヤバイな、安易な心構えで向かったら、痛い目に合いそうだわ・・・。
「そんなに心配致すな、ハゲるぞ」
「ハゲるか!」
なんで、こんなに楽天家なのかが、私には理解できん。
「あっちに行ったら、鞍馬に寄って鞍馬天狗に面倒見てもらえ。儂の縁戚じゃ、人からは色んな名で呼ばれとるがな。鬼一法眼と言った方が有名かもしれんな」
「縁戚なんだ・・・」
ええっ!鬼一法眼って、義経に剣教えたって伝承がある、あの有名な方!
あかん、剣術の神様だ。
力強い味方なんじゃろうけど、何故だろう?嫌な予感しかしない。
「言う事は以上じゃ、後は行ったらなんとかなるじゃろう。では行ってこい」
父様は言いたい事を言うと、あたしに両手を向けながら、呟くと黒い光が私を包み込み、徐々に体が薄れていく。
「・・・はい」
楽天家はいいよな・・・
「まっまってくだされ!この迦楼羅をお忘れなくぅ~!」
「ああっ!あっあっあたっあたしもぉ~!」
迦楼羅と風子が慌てた顔をして、あたしにしがみつく。
こんなにバタバタして、前途多難だわ・・・。
こうして、あたしは狂った時代の人の世に降り立つことになった。
天子が、崇徳の元を離れ、人の世に向かってから、人の世では、八年の月日が流れていた。
岐阜城の一室で一人の女性が、生まれたばかりの赤子を抱きしめ、あやしていた。
ふっと気配を感じ、後ろを振り向くと、そこには頭を下げている女がいた。
「玉ですか、どうしたのです?」
玉と市から呼ばれた女が、口を開く。
「お市様、政宗様がいらっしゃいましたが、如何なされますか」
顔の表情を一切変えず、淡々と市に向かい、話す女。
「また懲りずにあの子は来たのですか、追い返しなさい」
市は嫌そうな顔をして、女に告げる。
「はい、畏まりました」
玉が市の言葉を聞いて、下がろうとした時に、初老に差し掛かった男が部屋に訪れる。
「母上、何故会っても頂けぬのですか!」
「そんなことすら、分からぬ凡人となったのですか?政宗」
部屋に入ってきた政宗の顔を見る事無く、突き放すように呟く市。
「この政宗、今回の件では深く反省しておりまする」
「反省か・・・」
部屋中が凍る様な声で市が呟くと、政宗だけではなく、近くにいた玉も体をガタガタと震わせる。
「こっこ、こいち、、、小市をお返し下さいませ・・・」
それでも、なんとか気を取り直して、市に語りかける政宗。
「反省等と、口に出す時点で、思いなど伝わらぬ・・・貴方達が行った事、茶々と共によく考えよ」
嘆願する政宗を、冷たく突き放す市。
「・・・諦めませぬぞ」
真剣な面持ちで答える政宗。
「幸村、宗矩、居ますか?」
優しく声を出す市。
「はっ」
「はっ、お側に」
襖を静かに開けて、市に答える宗矩と幸村。
「この子を追い出しなさい、私が許可するまで、この城に一歩も入れるでない。城に居る者達にもそう伝えよ」
「「御意」」
二人に抑えられながら、部屋を出される政宗。
「母上ぇ!今度は茶々と共に参ります!諦めませぬぞぉ!」
政宗が部屋を追い出された後、入れ替わるように男が入ってくる。
「お市様、もう許してあげては如何ですか・・・」
男は頭を下げて、市に頼み込むように言葉を投げかける。
「今度は、鶴ですか・・・体は大丈夫なの?」
市が振り返り、鶴(氏郷)を優しく見つめながら、話しかける。
「体調は良くなりましたが、もう良い歳で御座いますれば、後身に後は任せようかと・・・」
苦笑いを浮かべながら、話す鶴。
「全ての役から身を引いたと聞きました、今までよく頑張りましたね」
笑顔で微笑みかける市。
「しかし、姫様は変わりませぬな。三〇代の頃から時が止まっておるかのようですな、巷では姫の事を神仏の現し世と呼んでおりまするぞ」
笑いながら、市に話しかける鶴。
「もう姫と呼ばれる歳じゃないわよ。歳を重ねて、口が上手くなったわね鶴。でも、もう一つ巷で言われてるわよ。妖魔の所業、流石は第六天魔王と言われてもいるようだけどね」
笑顔で返す市。
「お戯れを・・・」
「では、話を戻すわ。要件は政宗とこの子の事かしら?」
表情を変えて、冷淡な顔を浮かべる市。
「はい、織田家のみならず、全ての分野で支障が出始めております。政宗様は織田本家の分家、市家の長であると共に、エリザベス王家の後見人。お市様は織田の宰相、織田家の柱です。そのお二人が仲違いをすれば、国が混乱し、他国からの介入を容易にさせるかと愚考致します」
鶴が真剣な顔で、市に嘆願する。
「宰相とは言っても、もうあたしは政事や軍事には、口を出してないわ。織田の子や孫、次世代を担うであろう子の養育は、強制的にこの岐阜で養育したけど、もう今はしていない。もう隠居してる事と同義でしょ?」
悲しげな顔をして答える市。
「何故、曾孫である小市様だけを例外として、お手元で養育されるのですか」
「・・・・・・」
「小市様の父上である、亡き政長様に関係があるので御座いましょう」
「・・・・・・」
「お答え頂けないのであれば、肯定と取られまするぞ」
強い視線を市に向かって、ぶつけてくる鶴。
「鶴、あの頃は楽しかったわね。兄様が居て、犬が居て、猿が居て、雉が居て、皆がこの城に居たあの頃・・・皆、あたしを残して、先に逝っちゃったわ。もう鶴と政宗しか、あの頃を知る人は居ないのにね」
悲しげな顔をしながら、鶴から背を向けて、呟く市を見て、言葉を繋ぐ事が出来なくなる鶴であった。