道教の神
安土城下に立てられた織田信孝の館の庭先で、夜空を見上げながら、酒を呑む信孝に、老人が声をかける。
「今日は、北斗の星が良く見えますな。中天北極紫微大帝様」
「今は信孝だ。その名で呼ぶな有楽斎」
「これは、申し訳ありませぬ」
「上手くいっておるようだな」
「はい、油断なりませぬが・・・頼長が兵を連れて安土を出ました。お市の首取れずとも、今の織田の名声、地に落ちましょう。それにあの女子は魔王と成り、人の世に居場所など無くなるでしょう」
「まさか、この様な形で、お市様に弓引く事になろうとはな」
「幼き頃より、育てられた思いが、おありの様で御座いますが、前世の業にて・・・」
「そうだな、お主が有楽斎と成り代わった事は、息子の頼長すら分からないのだ、ましてお市様には、分かるはずもないか」
「いや、薄々感ずいておるやも知れませぬぞ。あの女子は、我ら神に対して対極・・・故に神の動き、本能で悟るやもしれませぬ」
「なに・・・」
信孝が有楽斎を睨みつける。
「その様に脅えずとも、わしが封神した者達の封印も、明の皇帝がおこなった禁呪にて解けておりますれば、信孝様が覚醒されたのもその為・・・」
「分かっておるが、それほどまでに、前世で、我が愛した国が、民が、危ないのか」
「はい、このままでは、消え行く定めとなりましょう」
「ならば、お主が言うとおり、織田の力・・・得るしかないな」
「それに明の皇帝が、我等を補佐するとの言葉もありますれば、早急に市を討ち、織田の力を得れば、敵はおりませぬ」
「しかし、正直に話せば、お市様ならば救ってくれたのではないのか・・・」
「信孝様は、わしの言葉よりも、魔王であるあの女子を信用すると?あの女子は九尾の子を庇っておるのですぞ?貴方を滅したあの・・・妲己の子を」
「・・・そうだったな」
「全ては、この石敢當姜子牙に、お任せあれ」
「んっ、ここは・・・何処?」
天子が目を覚まし、起き上がりながら、周りを見渡す。
「やっと目が覚めたか?まな板娘」
「・・・目覚めた直後に、そんなあだ名つけんじゃねぇ、、、グハッ」
鬼一の一言に対して、天子の拳は空を切り、代わりに鬼一の拳が、天子の顔面を撃ち抜ける。
「お主には、学習すると言う事は無いのか?」
「・・・クッ」
呆れた顔をして呟く鬼一に対して、睨みつける天子。
「まっよい、こんな場所に何しに来たのじゃ?崇徳の娘、天子」
「・・・父様があんたに会えって言ったのよ」
「ふむ、崇徳がのう・・・」
「それに、お市様の事が聞きたくて、来たって言うのもあるわ」
不貞腐れたような顔をして、鬼一に嫌々話す天子。
「お市様か、この様な時に来るとは・・・動けぬ崇徳が考えそうな事じゃな」
「えっ?父様が動けない?どういうことなの」
「何も知らぬのか?崇徳らしいといえば、らしいが・・・今、崇徳は大陸からの神に、対抗して結界を張っておるから、動けぬのだ」
「大陸の神?」
「うぬ、明の皇帝が禁呪を使って、封じた神を呼び出した・・・滅亡から逃れる為にな」
「えっ?」
「皇帝の狙いは、日の本の富と力・・・つまりは織田の力を欲した」
「織田の力・・・」
「織田はお市様の元、一枚岩になっておった。お市様亡き後もそうなるはずであった。しかし小市のお陰で、お市様は奴らに、付け入らせる隙を作らされてしまった」
「小市が・・・」
「お主ももう知っておろう。小市は半妖じゃ、それも九尾のな」
「えっ!」
「知らなかったのか?小市の母親は白面金毛九尾の狐・・・崇徳とも因縁浅からぬ者じゃ」
「それでか・・・」
「父親は、お市様のお孫様で織田政長様と言ってな。織田政宗様と浅井茶々様との間に生まれた嫡子でな、あの信長やお市様すら認めた逸材であった・・・生きておられれば、秀信ではなく、政長様が織田の頂点となっておられただろう。それほど優れた方であったが・・・元服し、織田本家当主を継ぐ準備が、進んでおる最中に、気晴らしで、山を散策した際、山中で傷ついた女子を助けてな、二人は恋に落ち、愛を実らせてしまった」
「・・・・・・」
「その女子の正体が、崇徳に出会い、滅せられそうになって、この世に逃げ込んだ九尾じゃった。教えたのは、わしじゃ」
「!っ・・・」
「この世では、物の怪は悪しき者として、考えられておる。それに相手は九尾じゃから政宗様は、政長様が九尾に騙されたと思い込み、二人を別れさせようとした。別れぬのならば、追放するとまで、政長様に言い放った」
「なっなによそれ!」
「仕方なき事なのじゃ、九尾はこれまでに散々悪さをした。政宗様の考えも分からぬでは無い、現にわしも政宗様に合力したのじゃ」
「えっ!」
下を向き、力無く頭を下げる鬼一に対して、驚きの声を上げる天子。
「九尾は、崇徳から受けた傷が深く、弱くなっておった。だから、政長様を誑かしたとわし等は考えていた。力を戻すまでとな」
「でも違ったのね」
「そうじゃ、政宗様の言葉に対して、政長様は躊躇いもせず、全てを捨てて野に下った。そんな政長様と九尾の間に子が出来た・・・それは二人に愛が無ければ、不可能な事なのじゃ」
「九尾も政長様を、心から愛していたと言う事ね」
「うぬ、その事を知ったわしは、政宗様に伝えた。二人の愛は本物じゃと・・・でも理解しては、頂けなかった」
「それで、政宗が動いたのね」
天子の呟きに、力なく頭を縦に振る鬼一。
「この世では、わし等、物の怪は、力が制限される故、数十人の織田手錬に対抗する事は、いくらわしとはいえ、難しい・・・だから、お市様に相談した、二人を助けて欲しいと」
「・・・・・・」
「お市様は、話を聞いてすぐに自ら、動かれたが・・・間に合わなかった」
「そんな・・・」
「政宗様が放った刺客は、赤子を出産し、動けない九尾を狙った」
「なっ卑怯だわ!ひきょうよ!」
「政長様は、そんな九尾と赤子を守る為に、刺客と対峙し、数十人の刺客を斬り捨てた」
「凄い・・・」
「しかし、代償は大きかった、致命傷となる斬撃を、何度も受けていた政長様は、満身創痍の姿を九尾に見せないように、着替えてから、九尾の元に行き、九尾に我が子を産んでくれた事に、労いと感謝の言葉を伝えて、亡くなった」
「そんなっ」
「そして、九尾は怒り狂った。この世のありとあらゆるものを破壊尽くす為に、自らの命すら捨てても良いという思いで、力が増加され、誰も御出来無いほどに強くなった」
「分かるわ。九尾の気持ちが、、、」
「それを抑えたのが、お市様であり、赤子に名を与え、手元で育てのもお市様じゃ」
「九尾に対して、お市様は泣きながら、土下座して謝罪した。政宗様の所業と、自分が間に合わなかった事を悔やんでな」
「・・・・・・」
「そして今、表面的には、九尾と小市に危機が迫っている」
「表面的・・・」
「奴らの狙いは、織田の力。それを得るには、お市様が作った制度を壊すしかない。壊す為に、お市様の現状を利用した。それをお市様は分かっておられるが、小市が居る限り、奴らの思惑に乗るしかなくなった。これが一枚岩の織田を壊した元凶じゃ」
「鬼一、奴らって・・・誰なのさ」
真剣な顔をして、鬼一を睨む天子。
「道教の神達だ」