鬼一
高野山、山門の前で、旅支度をした幼い子供と男が、一人の女子が会話を交わしていた。
「小市を頼みましたよ、蔵人」
「はっ、我が命に代えましても、お守りいたします」
「大袈裟ね、危なくなるような事には・・・させないから」
「・・・お市様、御身を大切にしてくだされ」
蔵人が市の顔を見れずに、下を向き答える。
「もう十分、生きたわ」
「おおばばさま、、、」
市は小市の前で、しゃがみ込むと優しく頭を撫でる。
「もう行きなさい。もう時は、それほど残されていないのだから・・・」
素早く立ち上がると、二人に背を向ける市。
「では、お市様・・・御武運を」
「、、、おおばばさま・・・、こいちはおりこうにしてるから、、、しなないで、、、ぜったい!むかえにきてね!」
「・・・(小市っ元気で暮らすのですよ)」
市が蔵人に声をかけて、蔵人が答えた後、涙を浮かべながら、それでも気丈に振舞おうとする幼い子供の手をひいて、去っていく二人に背を向け、心で別れの言葉を思い浮かべる市。
「お市様の進まれる道は、常に辛い道ですな」
その場に立ち竦み、涙を静かに流していた市に、声をかける僧侶。
「・・・覗き見ですか?応其」
涙を止め、応其に対して、冷酷な顔をする市。
「見守っておっただけですよ・・・して如何なさるおつもりで?」
すました顔で、市に対面する応其。
「どうするも、こうするも無いわ。民の動きに対して、考え行動するだけよ」
「民の動きですか」
「今の織田に逆らってまで、自立しようとするか?昔の時代に逆行するのか?それによって考えるだけよ」
「どちらにせよ、遅かれ早かれ、多くの血が流れる事になりましょうな」
「・・・そうね」
悲しげな顔を浮かべる市。
「そして、お市様は魔王となりましょうな」
「仕方ないわ・・・定めなのだから」
「・・・・・・」
市の言葉に、沈黙してしまう応其。
そこに忍びが現れ、市の前に跪くと口を開く。
「お市様、織田本家が織田頼長を大将に掲げて、兵をこちらに差し向けました」
「そう、意外と早かったわね。ところで佐助、織田本家はどの位の兵力を動かしたのかしら?」
「はっ、総勢1万弱」
「1万なら、織田正規陸軍全軍の数ね。ならば民は、支配される事を望むのか・・・」
落胆した顔を浮かべて、呟く市。
「いえ、織田正規兵は極僅か、殆どが織田親族衆に、臨時で雇われた者達のようです」
佐助の言葉を聞き、応其が微笑みながら、話し出す。
「どうやら、お市様のお心を分かっておられる方が、織田には多く居られるようですな」
「・・・拙いわ」
顔色を悪くして、呟く市。
「へっ?何故で御座いますか?」
「織田の正規兵ならば、規律を重視するから、民に被害があまり出ないわ。でもね、臨時で雇われるような兵など・・・規律なんて無い、織田の威光を背にして、悪事を働くわ」
「それならば、織田治安部の面々が動きましょう」
「動けないわよ、秀信の命で動いている軍なんだから・・・織田に属した軍は機能しない。やってくれるわね・・・姜子牙」
「「!っ」」
驚きと共に、市を凝視する佐助、応其の二人に対して、市は静かに微笑むのであった。
小市達と別れ、急ぎ鞍馬山に向かう為、鳥に変化した天子達は、人々が賑わいを見せる町に寄り、体を休めながら、情報を集めていた。
(天子様、これはかなり拙い状況の様で、御座いますな。それに小市様が半妖とは・・・)
(拙いなんてもんじゃないわよ迦楼羅!お市様が物の怪(小市)に取り付かれたって言って、大騒ぎだし・・・そんな事無いのに!人の噂なんて、面白おかしく騒ぎ立てるんだから!あいつら!もう疾風で吹き飛ばしそうだったわ)
((それはお止めください!!!))
(でも、あのお市様を見たら、真だと思えるかも・・・凄い力だったし)
(確かにな、風子は漏らしておったしな)
(なっ、なっ、、、漏らしてないし、モラシテ)
(いいのよ風子、気にする事じゃないわ、、、あたしも同じよ)
(天子様ぁ・・・)
二羽の鴉が、お互いの羽に顔を埋め、その傍に居た片目の鴉が、空に向かい
「かぁ~っ!」
と鳴くのであった。
その後、色んな町に寄り、情報を仕入れようとするが、詳しい情報は得られなかった。
こうして、時を費やして、鬼一が居るであろう鞍馬山に到着すると、三羽の鴉は変化を解き、人の姿を変わる。
「ふぅ、やっぱこの姿が楽だわ」
「我らは、ちとなれませぬが・・・特に風子は、、、」
「・・・・・・」
迦楼羅はなんとか、30代後半の渋い男に変化出来ていたが、風子は見た目は5~6歳の幼児で有りながら・・・胸が恐ろしく膨らんだ巨乳幼女になっていた。
「何?風子、それはあたしに喧嘩売ってるの?・・・売ってるのよね!ええっ買ってあげるわよ!来なさいよ!ホラホラッ!!!」
「お止めください!天子様ぁ!山中で御座る!山中でぇ~」
「ああっ、、、ごめんなさい、ごめぇ」
真っ赤な顔をして、叫び、風子に飛び掛ろうとする天子と、それを止めようと天子に羽交い絞めをする迦楼羅。
逃げ惑い、蹲り、謝罪の言葉を口にする風子。
「お主ら、わしの山で、何をしておるのじゃ・・・騒々しい」
一人の翁が現れ、三人に冷たい視線と言葉をかける。
「何だ?爺・・・殺すぞっ」
「・・・なんじゃと?」
怒りに身を任せていた天子は、いきなり現れた翁に暴言を吐くと、翁の顔が段々と赤くなる。
「そっその声・・・げっ!きっ、鬼一様!」
天子を押さえていた迦楼羅は、翁の声を聞き、翁の顔を確認すると、恐怖の余り、天子の羽交い絞めを解除してしまう。
解き放たれた天子の怒りは、鬼一に向かう。
「しねぇ!じじぃ・・・・グハッ、、、」
天子が放つ右ストレートを掻い潜り、鬼一のクロスカウンターが、天子の顔面を直撃する。
「甘いわ・・・小娘」
天子は薄れる意識の中で、自分を見下し、蔑みながら微笑む鬼一の顔を、脳内に焼き付けてしまうのであった。