鶴の閃き
「お体は大事無いので御座いますか・・・」
「我らが腑甲斐無いばかりに、氏郷様をお呼び立てする事になり、申し訳ございませぬ」
三成と吉継が氏郷を前にして頭を下げて、謝罪する。
「良い、お市様は疎か、政宗様迄もいらっしゃらないのだ・・・お主達の苦労は分かるつもりだ。先程も感じたが、親族衆の動きが活発になったようだな」
氏郷が苦悶の表情を浮かべ、二人に話しかける。
「はっ、お市様や政宗様がいらっしゃった頃は、発言すらしてなかった親族衆がこの非常事態を逆手に取り、動いております」
「様々な部署にて、口を出されるようになりまして・・・」
苦痛の表情を浮かべる三成と吉継。
「その様な事、許すな。奴らは織田の血族なれど、能力など皆無、ただ血筋のみに縋る者達であろう。信長様とお市様が作られた権力構造を否定してはならぬ」
「ですが、各部署の人事が血筋に左右される事が、目に余るようになってきております」
「政宗様が病にて倒れられた頃から、酷くなって来ております」
氏郷の言葉に、二人が反論する。
「それを抑えるのが、お主達の役目であろう!泣き言など聞かぬぞ」
「「!・・・」」
「それで、お市様は何処に居られる」
「伊賀、大和を通られたのは分かっておりますが、紀伊にて消息が分からなくなりました」
氏郷の問いに吉継が答える。
「紀伊だと、伊賀と大和で何故、保護できなかったのだ!連絡は狼煙連絡で行われたのであろう?狼煙よりも、早く駆ける事など出来まい!」
「そっそれが・・・」
言い淀む吉継。
「伊賀市軍政長服部正就が保護に失敗し、逃走されたとの連絡があり、大和では、大和軍政長官織田信幸様直々の文にて、安土に連絡があり、お市様の意思を尊重されるとの事で、封鎖を拒否なさいました」
「何!信幸めが、いやお通様か・・・」
「信幸様の文にて、親族衆が過剰に反応し、信幸を罷免せよとの抗議が強くなっておりまして」
「三成、お主はどう考える」
「お市様保護は上様からの上意なれば、それに逆らう信幸様の罷免は、妥当かと」
「くっ、であろうな。しかし、おいそれと罷免に従う奴では無いだろう。まして、後ろにお通様が居る」
「はい、下手に動けば、大和から火の手が上がります」
「火の手など、上げてはならぬ・・・この世が終わるぞ」
「承知しております、なので氏郷様にお戻り頂きました。お通様に対抗出来るのは、お市様不在の今、氏郷様しか最早居りませぬ」
「儂も、お通様に勝てる気など起こらぬのだが、、、」
「「そこをなんとか、、、」」
肩を落とし、悲壮な表情を浮かべる氏郷に対して、二人が、縋る様に語りかける。
「それで、お市様は紀伊に居るのか?」
「それが、紀伊政長官浅野幸長が動こうとしたのですが、紀伊軍長官鈴木重朝が拒否しており、難航しております」
「なんじゃと!重朝が拒否じゃと」
三成の報告を聞き、頭を抱えて蹲る氏郷。
「十兵衛、大助が交渉にあたってはおるのですが、首を縦に振りませぬ」
「重朝が動かないのであれば、捜索は困難であろう。このままでは織田陸軍を動かす事になるぞ・・・不味いな、諜報参謀長の蜂須賀家政は、何をしておる!何故此処に居ない」
「現在、大陸の状況が不安定になっており、そちらに時間を割かれております」
「くっこのような時に、大陸もおかしいのか」
「はっ、明が朝鮮半島に対して介入しておるようで、清もまた動いております」
「最悪だな、裁判参謀長の本多正純は如何した」
「親族衆のお市様に対する抗議に応対しており、動けませぬ」
「・・・(このように、時期が重なるものなのか)」
三成と吉継の報告を聞き、目を瞑り、思案する氏郷。
おかしい、この様な動き・・・明らかにおかしいではないか。
お市様はこれ以上、殺戮が出来ない。殺戮すれば、魔王となる事が分かっていらっしゃるはず、ならば何処に行く?
伊賀から伊勢に向かい、船にて動くのが、最善で行方を眩ませれるはず、しかし大和の信幸の動き、紀伊の重朝の動きを考えれば・・・。
此処までお市様が動いて、小市様を犠牲にすることは無いだろう。
そして行方が分からなくなった場所は、紀伊・・・そうか読めた、高野山に逃げ込まれているな。
行方不明であれば、保たれる状態をお市様は作り上げようと考えておられるのであろう、しかし長くは持たぬ。
お市様が血を流す事を避ければ、避けるほどに取れる手段が少なくなる。
そこで、苦肉の策が高野山に身を隠す事か。
高野山には手を出すほどの人物が、織田家に居るとは、考えられないとの考えで、お市様が動いたとしたら、危うい。
今の親族衆は、政宗様の重石が取れて、危険だ。
暴発する危険性が強い。
お市様も、政宗様が病に倒れるのは想定外であろうが、政宗様の病も怪しい。
家政、正純は焦っておらぬから、知っておるな。
知らぬは三成と吉継だけだったか。
まさか、政宗様は織田の掃除を考えておられるのではないか・・・。
お市様と政宗様の考えは違う処にあるのではないか。
ならば、合点がいく。
政宗様は、親族衆の暴発が狙いか!
内部の粛清を政宗様が行うつもりか。
そうすれば、お市様が織田に戻れると考えたな!
粛清の余韻で、物の怪の事を打ち出し、印象も変えるつもりであろう。
人に善い者、悪い者が居る様に、物の怪も悪い者と善い者が居ると、政宗様のお子、政長様が伝えたかった事をされるおつもりか。
なれば、儂が動けば・・・不味い事になるな。
「三成、吉継・・・すまぬが、儂は病にて、倒れる事に致す」
「「えっ!」」
驚く二人に、氏郷は己の考えを二人に話す。
「お主達には、大変な事になろうが、良いか?お市様や政宗様は、お主達を巻き込む事を遠慮されたようじゃが、儂はお主らを使う」
真剣な眼差しで、二人を見つめる氏郷。
「その様な事情があった事すら、知りませんでした。お市様の考えや、政宗様の考えを、私は支持致します」
「我が命、如何様にも、お使いくだされ」
「良いな、これは織田の未来を創る大事な局面ぞ・・・後を頼む」
「はっ!」
「お任せを」
二人の決意を聞き、満足げに微笑むと、氏郷はその場を去る。
数日後、織田に二つの悲報が伝わる・・・織田政宗、蒲生氏郷共に、病にて死去。