政宗の試策
お市不在の為、織田政宗が居座り、采配する事になった岐阜城。
その一角にある、お市が使用していた特別室で、二人の男が苦しげな表情を浮かべ、話し合っていた。
「不味いぞ家政、母上の居場所が発覚した」
「知っております」
「それはそうであろうな、諜報参謀長であるお主が、分からぬ訳はないな。どうして隠滅出来なかった・・・」
「柳生三厳、武藤幸昌が、安土に直接報告してしまい、軍部と行政が動きました」
「何っ!十兵衛と大助か・・・要らぬ事を」
「職務を全うしただけでございますれば、致し方ありますまい。詳しき事情を知らぬのですから・・・それよりも三成と吉継が動けば、お市様の確保は、時間の問題かと」
「今、母上はどちらにいらっしゃるのだ」
「どうやら、伊賀を通過されたようで・・・」
口を濁す家政。
「なっ、あっ姉、姉上の元に向かったのか、、、」
脳裏に、姉通の微笑む顔が浮かび、即座に顔色を青くして、体を震わせる政宗。
「恐らく」
非情にも、肯定した答えを出す家政。
「ああっ、、、」
「事情を知れば、あのお通様の事でございますれば・・・お覚悟を」
家政が同情した顔で、政宗を見つめる。
「家政、一蓮托生ぞ」
「出来ますれば、ご勘弁を」
大きく肩を落す政宗。
「・・・して、織田本家はその情報を知っておるのか?」
「いえ、今は情報を隠蔽しておりますが、早い内に露見しましょう」
「出来るだけ延ばせ、上様の周りが焦れて動くまでな」
「難しゅう御座いますな」
「・・・・・・」
目を瞑り、頭を下げる家政を見つめながら、考える政宗。
伊賀を抜けるという事は、大和に居る姉上の所に、母上が逃げ込む。
しかし、母上の性格上、姉上に迷惑をかける事を嫌うな、姉上は頼って欲しかろうが・・・無いな。
伊勢に向かい、海に出て、船で動く・・・小市が居る故、これも無いな。
そうか!小市の事を考えれば、答えは一つか。
大和を通過し、高野山に向かうつもりか!
女人禁制ではあるが、昔、母上は伯父上様と共に、一度高野山に入った事がある。
唯一、前例を破った方・・・有り得る。
これならば、時間が稼げる。
ならば、我も急いで仕掛けるしかないな。
「家政、我はこれより、病に倒れ、消える事に致す」
「はっ?」
「忠宗、小十郎、成実は居るか?」
首を傾げ、思わず声を上げる家政を相手にせず、襖に向かい声をかける政宗。
「はっ父上」
「これに」
「はっ」
伊達忠宗、片倉景綱、伊達成実の三人が姿を現す。
「これから申すことは、織田の将来に関わる大事じゃ・・・儂は、これより病となり、消える。そして母上にも、消えてもらう。そうなれば、上様の近くにいる奸臣が動くはずじゃ。その際、お主らは、捨て駒となり・・・時間を稼げ」
「「「!・・・」」」
「折角、伊達の再興を成して直ぐに、この様な事をさせてしまう事を心苦しく思うが、織田本家、市家の為、いや、母上の目指す物の為に・・・伊達は犠牲になる覚悟を致せ」
「「「はっ!」」」
深々と頭を政宗に下げる三人。
「聞いたな、家政、裁判幕僚長の本多正純とも連絡を取り、悟られるな良いな」
「御意!」
「柳原戸兵衛、世瀬蔵人居るか」
「「はっ」」
「お主ら、黒脛巾組は儂の大事な者を守ってくれ・・・頼む」
政宗が二人に向かって、泣きながら、深く頭を下げる。
「言われずとも、政宗様のお心のままに」
「やはり、親子なのですな・・・お市様も野に下る際、同じような行為を我らにされて、政宗様をお守りするようにと、言われました故」
「母上がか・・・」
市がいつも座っていた場所を見ながら、涙を流す政宗。
織田政宗、病に倒れる・・・織田に衝撃が走るのであった。
安土城、大広間・・・上座に一人、肩を落とし、項垂れる男がいた。
「市大叔母上様も行方が分からず、政宗叔父上まで病に倒れるとは・・・儂はどうしたら良いのじゃ」
項垂れ呟く織田三代将軍、織田秀信。
「そう悲観するな信秀、この有楽斎がおる。それに我ら親族衆が、お主には居るではないか」
下座の端に座っていた有楽斎が微笑みながら、秀信に話しかける。
「大叔父上・・・」
「そうですぞ、上様!この頼長に全てお任せを!」
秀信が有楽斎に声をかけようとした際、声を遮るように、声を被せる織田頼長。
「出しゃばるでない!頼長、下がっておれ」
「父上、お言葉ですが、上様のお心を思っての発言!何が悪う御座いますか。市伯母上も物の怪に取り付かれ、行方を晦まし、政宗も倒れた今、我らが率先せねば、織田は傾きますぞ!」
「おっおぬ、、、」
立ち上がり、父である有楽斎に叫ぶ頼長。
「控えよ、頼長。お主の役職は陸軍部三尉であろう、この評議の間に入る資格すらないじゃろう?下がれ・・・秀信様、遅れて申し訳御座いません」
大広間の入口から、静かに秀信に向かって、歩きながら、頼長を睨み、冷淡に話すと、秀信の直ぐ横の下座に座る。
「何!氏郷、お主は退役したであろうが、それに何故、その場所に座る!」
「何故?お主如きに、説明せねばならぬ?まあ良い、復職したのだ。今回は軍政部元帥ではあるが、この様な非常事態では、致し方ないと思いな」
「なっ、元帥だと・・・」
肩を落とし、下を向き、震える頼長。
「わかったのなら、この場から去れ頼長」
「氏郷、そのくらいで勘弁してやれ、頼長も我を力づけようと、思うての言葉じゃ、今回は下がれ頼長」
「・・・上様がそう仰るのであれば」
「はっ、、、」
深く頭を下げる氏郷と、唇を血が出るほど、噛み締めて退席する頼長。
安土の空には、果てしなく続く、暗雲が立ち込め始めていた。