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それは嘘に限りなく近い愛

作者: 空虎

イズは自分が美少女だと知っている。

周りがそう持て囃し、自分の見た目だけに惹かれてやってくる事を知っている。

イズは自分の性格が面倒くさい事を知っている。

性格が悪いとか、そういう程ではないけれど、いい性格はしていると、ただ漠然と思う。

そして、それがこの見た目に合っている事も、イズはちゃんと理解しているのだ。

中身が見た目を裏切らない。と言うよりも、中身が見た目の為にそうなったと、言うべきだろう。

イズは自分を手入れするのが好きだ。髪の毛なんかはとても大事にしているし、毎日パックも欠かさない。

けれど、イズはそれは自分の為にしかしていない。

誰か好きな人がいるから。とか、誰かに見せる為。とかそういう事ではなく、イズはただ純粋に、自分が美しいままでいるのだが好きなのだ。

だから日の光を恐れて日傘を常備し、毎日ボディークリームを風呂上がりに全身に塗りたくる。

それがイズ自身の為の行為ではあるけれど、それでもそうしたいと思う何かは確かにイズにはあったのだ。

今はもう自分の為でしかないけれど。

今はもう、他人の為に何かをしようとは思わないけれど。

それでも、きっかけは確かにあったのだ。



イズは自分が嘘吐きだと知っている。

自分の中で必要な情報と必要でない情報をより分ける事が得意なのだ。

イズは話をするのが好きだけれど、誰かといるのは嫌いだ。



イズは、傷付くのが嫌いなのだ。



だからこそ、思い出す。

嘘を吐く度思い出す。

あの時イズが抱いた、恋にも満たない感情を。

イズが気付く事も出来なかった、小さな小さな傷を。

思い出すのだ。



イズが好きになった人は。

好きになりたいと思った人は。

誰にでも優しい。

話すのが楽しい。

趣味が合う。

ただのつまらない男だった。

その頃から美少女だと持て囃されていたイズとは釣り合わないだろう容姿のその男と、イズは何かがあった訳ではないけれど。

それでも、確かにイズは惹かれていたのだ。

相武あいむという名前の彼に、惹かれていたのだ。



「イズさんと俺って名前がちょっと似てるよね。ほら、俺は相武。I AMとIS。似てない?」



それだけ。たったそれだけの言葉だけれど、確かにイズは楽しいと思った。

相武と話す事が、楽しいと思った。

相武といると、楽しいと思ったのだ。



「お互い変な名前だね」

「確かにね」



くすくす笑い合いながら、電車の中で話をした。

下らない話だし、共通の話題をする程度だけれど、それでも、楽しい。そう思った。

イズは内気と言うか、沢山の人の中にいるのは苦手な子供だったから。

だから、こうしてただ話をするだけというのはイズは好きだった。

周りに誰か沢山いるよりも、周りにいる誰かに意識が向かない、そんな時間が好きだった。

初めて男の子と帰りを一緒にした。

それは、もしかしたら、青春と言うやつなのかもしれない。

そんな風にイズは思って、帰りはずっと楽しそうに微笑んでいた。



そしてそんな事が何度か続き、イズは相武と話をしていた。



「イズさん。イズ。うん。覚えた」



それは小さな呟きだったけれど。

確かにあまり会う事もなかったけれど、こちらはちゃんと覚えていたのに。

相武の事を、覚えていたのに。

イズは少しだけ傷付いた。

その傷はとても小さかったからイズ本人も気付かなかったけれど、それでも確かに傷付いた。

イズは相武の名前を口にした。



「手相の相に、武将の武。それで相武。ちゃんと私は覚えてるよ」

「ああ、そっか。俺人の名前覚えるの苦手でさ」

「私もだね。でも、ほら。相武くんは時々一緒に帰ったし、最寄り駅が同じだから、覚えたよ。私もあんまり人と会わないから」

「うん。ちゃんと覚えとく。イズさん」



その言葉に、その時笑った顔にイズの傷は少し癒えたのかもしれない。

けれど、それでも、その日イズはそこまで上機嫌じゃなかった。

家路へ向かうその足取りは、決して軽いものではなかった。

微笑みながらは、はにかみながらは、先程の会話を思い出しながらは、歩いてはいなかった。



その後仲のいい、というかよく話す友達と遊びに行ったイズは、好きな異性のタイプについて話す事になった。



「ダンディーな人が好きかなぁ。それで紳士だったら凄く良い」

「じゃあ、相武とかかな?ダンディーって程じゃないけど、アイツ紳士だよね。歩道譲ってくれるし、ドア開けてくれるし」

「ああ。相武くん優しいよね。あの紳士っぷりは高校生にしてはヤバい」



そんな事を話しながら、イズはまた少し傷付いた。

そっか。自分だけに優しい訳ではないのか。

あまり人と話さないから、あまり人と接するのが得意じゃないから。イズはようやく気付いた。

誰にだって優しい人と仲良くなって浮かれてしまった事を。



「私年上じゃなきゃ嫌だから、相武くんがあと10歳上だったら付き合って。って言ったかも」

「お、年上好きなんだ」

「うん。オジサマとか、良いよね」



その後好きな海外俳優の話をして、イズは少し考えた。

誰にでも優しいって、良い事じゃないんだな。

イズは自分も誰かと接する時優しくあろうとしていたけれど。

そうする方が楽だし、自分としても楽しいし。

けれど、実際された側は、こんな気持ちになるのか。

イズは優しいって何なのか少しだけ考えた。



友達は、好きな人について話し始めた。

喧嘩友達みたいな相手を、会う度に口喧嘩をする相手を、好きだと言ったのだ。

イズはその彼についてよくは知らなかったけれど、それでも自分には好意的な相手だったから、良い人だよね。と話したのだ。



「ああ、アイツあんまり知らない相手には良い顔するからね。猫被ってるんだ」



それは別に傷付く程の事ではなかったけれど、確かに自分の言い方が良くなかったな。とイズは思った。

少し嫉妬されたのかも。とイズは思い直し、友達のフォローをしたのだ。



「心許されてるって感じで、良いね。猫被りされてるより良いじゃん」

「うん。だから、もうちょっと、かなぁ?」

「もうちょっとだよ。きっと」



当たり前だけれど、人って自分の都合の良い事しか言わないんだなぁ。とイズ思った。

イズは自分が良い子である事を自覚していた。

そして、それは誰に対しても優しいと言う位置づけがあるからだとも知っていた。

だからこそ、こうして誰かに嫉妬したり牽制したり。そんな感情が自分にはあるのかな。と少し考えて、よく分からない。という結論に達した。

多分きっと、それで正解だと思った。



「私お父さんに相武が好きだって言ったら、泣かれちゃった」



別の友達と家で話していると、その友達はそう言った。



「相武くんの事好きなの?」

「好きっていうか、優しくされて、良いなって思ったんだ」



それだけで家族に話すなんて、結構彼女は飛躍しすぎている所がある。

そうイズは思ったけれど、それでもイズは笑みを浮かべて友達に言った。



「相武くん誰にでも優しいからね。分かるよ。女の子がキュンってする事普通にするもんね」

「うん。でも、良いよね」

「でも誰にでも優しいってところでなしかなぁ?」

「そうだね。なしかも」



ああ。これが嫉妬で牽制か。イズは頭の隅で考えた。

別に好きではないけれど、そこまでの感情はないけれど、そこまで想う程の相手ではないけれど。

それでも、誰かが優しいって相武くんの事を言うのは嫌だなぁ。

イズは嫉妬と牽制を知って、そのままその友達に相武は誰にでも優しいよね。という話を沢山した。

それはとても自然な風を装って。

ああいう感じのオジサマがいたら付き合って。って言ったなぁ。

そんな感じの話をした。



その後イズは少しだけ傷付いていた。

自分が嫉妬をするという事や、牽制というものを無意識にしたという事も。

それに何より、好きになるに値しない相手にそこまでするという事を。

好きじゃない。

恋とはそういうものじゃない。

恋なんかした事ないイズは考えた。

恋はどういうものなのだろうか。

いくら考えても答えは出ないし、イズたちはそろそろ卒業する。



「イズさんってさ、好きな人いないの?」



それは久しぶりに相武と帰っていた時に相武から発せられた言葉だった。



「んー、何で?」

「いや、普通にイズさんってそういう風なのなさそうだなって思ったから」

「なさそうだったら何で聞くの?」

「んー、いないんだったら、メアド聞いても平気かなって」



メアド。それはつまり如何いう意味なのだろうか。

イズは考えた。



「あ、でもメールしないんだっけ?」

「私とメールしてまで話したい事ってあるの?」

「だって、ほら、もうすぐ卒業だからさ、会えなくなるの寂しいなって思って」



それはイズの心を少しだけ温める言葉だった。

好きまで行かない。

好きになる程の人じゃない。

誰にでも優しい人なんか、好きになっても意味ないのだ。

けれど、それは嬉しい言葉だから。



イズは相武とメアドを教え合って何時でもメールしてね。と言った。



「あ、でもあんまりメール多いと料金上がっちゃうから、そんなに多くしないでね」

「しないよ。イズさんが困る事はしない」

「お、出た。紳士相武」

「なにそれ」

「皆言ってるよ。相武くん紳士だって。それってさ、女の子にだけ?それとも男の子にも優しいの?」

「男に優しくしても意味ないよ」

「あ、じゃあ女ったらしだ」

「なにそれ」



イズはくすくす笑いながら、家に帰った。

これは、小さな恋だと思った。

小さく少しずつ積み上げていく、そんな恋だと。

だから、相武からメールが来るのを待ったし、学校で見かけたら手を振るのを忘れなかった。

それでもやっぱりこれは恋なんかじゃなかった。



「あ、そういえばこの前相武くん私に好きな人いるのかって聞いたでしょ?」

「うん」

「相武くんはいないの?好きな人」

「いるよ」

「お、誰?私の知ってる人?」



ここは私になる所だろう。イズはそう思った。

ここが私の恋の一番盛り上がる時だ。

イズはそう思って楽しそうに。何も期待してない様に、そんな顔で相武を見ていた。



「イズさん」



その時、イズは自分が相武に抱き着こうとしている衝動を必死で抑え込んでいた。

人が沢山いる電車の中でそんな真似出来ない。

そんな葛藤に、相武は気付く事もなく、そのまま言葉を続けた。



「は、知ってる人」



だから、その言葉でイズは自分が自覚できる程度に落胆し、傷付いた。

でも、その自覚したタイミングは、相武と別れて家に帰った後だったし、何より、それを簡単に流せた自分にもイズは幻滅したのだ。



「そっか。相武くんは大人だねぇ。私は誰かを好きになった事なんてないよ」

「イズさん可愛い方なのに?」

「ありがと。でもそれとこれとは別だよ。心の問題だからね」



自分が降りる駅に着いた時、イズはにっこりと笑いながら相武に手を振った。



「じゃあね」

「うん。じゃあね」



その時、イズの恋は、恋にもなっていない恋は、終わったのだ。

傷付いている事にも自覚できないまま。

イズはそのまま自分の恋を自分の心の奥底に仕舞いこんだ。

それで良いと、そう判断したから。



それがイズの初恋の、イズのきっかけだった。



それからイズは自分を磨き始めた。

元々美容には興味があったけれど、そこまで過剰にしていた訳ではなかったから。

爪先を綺麗にして。けれどもネイルとかそういう段階までは行かないで。

嘘を吐く事が得意だと、イズは自分を自覚した。

仮面を付ける、とまでなると大げさだけれど、誰もが日常生活で行う行為を、簡単に行える。

息をする様に。

瞬きをする様に。

イズは嘘とは言えない嘘を吐ける。



そんなきっかけとも言えないきっかけは、イズを確かに傷付けた。



だからイズは自分を磨いて、鎧を纏う。

自分は美少女だから、いい性格をしていても良いのだ。

誰にでも優しくても良いのだ。



だからつまらない男はやって来るな。

近付くな。

誰にでも優しかったり、自分の外見に騙されない男は寄るなと。

ただ言葉を交わすだけで楽しいと、そう思えるだけの男はいらないのだと。



イズは無言で言っている。



だから同窓会で再会した友達に、変わらないね。と言われながらも、自分は確かに変わったと心の中で呟いた。



「そうかな?イズさん結構変わったよね」



だから、その言葉にイズは振り返る。



「えー?どこが?イズ昔のままじゃん」

「あ、でも可愛さには磨きがかかったかも」

「イズ美少女だもんね」



友達の言葉はイズの耳をすり抜けた。



だって、自分が言った通り。

かつての、少女だった。何も知らない少女だった頃の自分が言った理想の男性像のままの恰好をした、成長した。いや、年を取った相武がそこにはいたのだ。



髪はオールバックで髭は格好良く。

ストライプのスーツを着て、ダンディーな俳優の様な出で立ちで、相武はそこにいた。



「昔の方が、可愛かったよ。イズさんは」



その言葉に全てが凝縮されている様な気分にイズはなった。

自分の全てが、凝縮されているのだと。

今の嘘吐きの自分の全てが、その言葉に。



「でも、やっぱりまだ好きなんだけど、駄目かな?」

「・・・好き?」



やっと絞り出せた言葉にイズは首を傾げた。

そして、その仕草に相武は頬を緩めた。



「ああ、そういう所は変わりないか。あのね、イズさん。俺、イズさんの事ずっと好きだったんだよ」

「ずっとって?」

「電車で一緒に帰って、話が案外弾んだ時とか、イズさんがにこにこ笑ってる時とか、本当に、色々とタイミングはあったんだけど、ずっとずっと好きだった。てか、今も好き。だからこんな格好してきたんだけど、今も好みは変わりない?」



ああ。これは、夢なんじゃないだろうか。

それは、嘘なのではないだろうか。

あの時の様に、誰にでも優しかった頃の様に、そう、ただ期待を持たせているだけなんじゃないだろうか。



「まだ、ダンディーなオジサマは好きだよ」



そんな言葉しか返せなかったけれど。

それでも、相武は笑っていた。



「年齢はどうしようもないけどさ、とりあえずそろそろ俺もオジサンになってくから、素敵なオジサマ目指すから、だからさ、俺と付き合ってくれませんか?」



そう言って、昔戯れでイズが言った様に、跪いて、どこからか出した薔薇を一本差し出して。



周りもイズと相武の状況を覗っていた。

イズがどう返事するのか見ていた。

ああ。これは嘘ではないのだと。

確かに時分に好きだと言っているのだと。イズはようやく気付いた。



「昔、何で言わなかったの?」

「いや、だって年上好きだって言ってたし」

「同い年なんだから何時まで経っても年上にはなれないよ」

「高校生はガキだから嫌って言ってたし」

「・・・本当に?」

「え?」

「本当にずっと好きだったの?ずっと」



これは意地悪な質問だ。

相武だって男なんだから、誰かと付き合った事もあっただろう。

けれど、イズは誰とも付き合わなかった。

ただの少女のままでい続けた。



「本当だよ。だから未だ童貞野郎です」

「それはいらない告白だなぁ」



相武の正直な言葉にイズは笑った。

ああ、昔に戻ったみたいだ。

あの頃、電車に乗りながらくだらない話をしていた時みたいだ。



「あ、ようやく笑った。それは、昔と同じだね」



その言葉に、イズの気持ちも決まったのだ。



「私もね、実はずっと好きだったんだよ。それこそ、電車で一緒に帰った時から。くだらない話が楽しかった時から。あの日、メアド効かれた時も、ずっとずっと好きだった。だから、メールくれなかったの寂しかった」



イズの言葉に相武は目を見開いていた。

そして、少し気まずそうに、イズに言ったのだ。



「ごめん。携帯没収されてて、返してもらった時には何か、気まずくて送れなかった」

「馬鹿だね」

「はい。俺は馬鹿です」



それにイズはまた笑いながらも、相武が持っていた薔薇を受け取った。



「私も好きだよ」



それは嘘に限りなく近い恋が真実の愛に変わった瞬間だった。




書きたかった事を全て入れられたと思える作品です。

この話に誰かが感情移入してくれたら、嬉しいです。

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