観客2人のお遊戯会
お父さんとお母さんがケンカします。
いつものことで、すっかりききあきました。どうしてお父さんとお母さんはケンカをするのでしょうか。
私のことが嫌いなのかな。
お父さんは言います。
「うるさい! 小春は普通の小学校に行かせる」
お母さんは言います。
「小春のことをしっかり考えてあげて。きちんとお受験させないと!」
どっちでもいいのです。お父さんとお母さんがケンカを止めてくれるのなら、私はどっちも行きます。
そう言っても、子どもは黙っていなさいときいてくれません。
もういやでした。
大好きなお父さんも、大好きなお母さんも、どっちもケンカをやめてくれない。好きな人が悪口を言われるのは、うれしくありません。私はとても悲しくて、思わず泣いてしまいました。だというのに、二人はケンカに一生懸命で、気がついてもくれません。
不貞腐れて、私はお部屋に戻りました。
お布団に入ると、ふとうとうとしてしまいます。そろそろケンカは終わったのかな。
私はてくてくとリビングに歩いていきます。すると、そこはリビングではありませんでした。
大きな舞台でした。
幼稚園を思い出します。お歌や先生の作ったダンスの発表などはこんな大きな舞台で発表します。
私はそんなところに立っていました。
「どこ?」
真っ暗です。私一人だけです。心細くて、私は泣いてしまいました。
えんえん泣いていると、舞台の右(お箸を持つ方)が光りました。
「どうして泣いているんだい?」
「一人ぼっちだったから」
「もう一人じゃないよ。ぼくたちがいるから」
私に話しかけてきたのは、大きな鉛筆でした。鉛筆はたくさんいます。
「ぼくたちはお歌の妖精さ。鉛筆の姿なのは……まあいいじゃないか」
「お歌の妖精?」
「信じてないの? じゃあ、聴かせてあげよう! ミュージック、スタート!」
鉛筆が大きなかけごえを出すと、急にかわいらしい音楽が鳴ります。らんらんらん、という可愛らしいリズムです。
『みんな笑顔になれば良い。かわいくみんなで笑えば良い。だってみんなが悲しいは、とってもとっても辛いもの』
綺麗な声でした。心に虹がかかるようで、身体がうずうずします。耳にすぅーと入っていって、出て行くときに幸せを置いていってくれるのです。
幸せは心の中で、私に笑いかけてくれます。つられて、私もにっこりでした。
「ね、ぼくらはお歌の妖精でしょう?」
「うん!」
「さあ、歌おうよ。歌ってみんな忘れよう。きみのお父さんもお母さんも、きみのことは見てくれないよ。でも、ぼくたちは一緒に歌ってあげる」
見てくれない。
そうでした。お父さんもお母さんも、私のことなんか見てくれません。
私はお人形さんじゃないのに。
お母さんは私に服を着せます。そんなことより、遊んで欲しいのに。
お父さんはいつもぬいぐるみをくれます。ぬいぐるみは一緒に笑ってくれないのに。
幸せは私の中から逃げてしまって、代わりに悲しさをおいていきました。悲しくて、私はわんわん泣きました。
「おやおや、どうして泣いているんだい?」
「お父さんもお母さんも、私を見てくれないから」
「もう大丈夫。俺たちがきみを見ているよ」
舞台の左から来たのは、大きな消しゴムでした。
「俺らはダンスの妖精さ。消しゴムなのは……あれだよ、察して」
「察する?」
「おや、信じてないのかい? じゃあ、見せてあげるよ。ミュージック、スタート!」
ちゃかちゃか、と。格好良い音楽が流れます。リズムに合わせて、消しゴムたちが踊ります。
『悲しいときは踊れば良い。踊って悲しくなる奴いないさ。踊ればみんなご機嫌さん。きみが笑えば、みんな笑うさ』
素敵なダンスでした。身体をゆらゆら揺らしては、時折ぴょんと跳ねるのです。腕を元気に振り上げて、足をだんだん鳴らします。
消しゴムがだんだんと床を踏むたびに、私には元気があふれてきました。足から頭に、たくさん力がわいてきます。
消しゴムたちのダンスを見ていると、泣くのも忘れてぼうーっとしてしまいました。目が離せないのです。
「な、俺らはダンスの妖精だろう?」
「うん!」
「さ、俺らと一緒に踊ろうぜ。きみのお父さんもお母さんも、一緒には何もしてくれないだろう? でも、俺らは一緒に踊ってあげる」
一緒に何も、してくれない。
そうでした。
私はいつも一人ぼっち。
お父さんもお母さんも忙しい。私と遊ぶお時間なんてないのです。
お母さんは料理中。私は一人で座っています。
お父さんは新聞を読みます。私は一人で座っています。
私の中の元気はすっかりふっとんで、代わりに悲しさが入ってきました。悲しくて、私はぎゃんぎゃん泣きました。
「おい、どうしてくれる。この子が泣いてしまったぞ。お前らの下手なダンスの所為だ!」
「おい、どうしてくれる。この子が泣いてしまったぞ。お前らの下手なお歌の所為だ!」
鉛筆は怒りました。
消しゴムは怒りました。
鉛筆はお歌を歌います。
『ダンスは野蛮で茶番みたい。つまんない、やめてくれない? うるさいぞ』
消しゴムはダンスを踊ります。
『歌なんて、ダンスの後ろにいるだけで。正直いらない、偉そうに。お前らなんて消えればいい』
鉛筆も消しゴムも、ケンカします。
まるでお父さんとお母さんみたいに。
あんなに素敵だったお歌も、あんなに素敵だったダンスも、全部が全部悲しいのです。
お歌もダンスも悪口ばっかり。
「うるさああああああああい!」
「え?」
鉛筆も消しゴムも、口を揃えてポカンです。
「どうしてケンカなの!? どうして仲良くしないの! 素敵なお歌も、素敵なダンスも、みんなみんな台無しだよ! ねえ、もったいないよ。素敵なのに、どうしてそんなことしちゃうの。どうしてこわすの。だめだよ! こわしちゃやだよ。仲良くしてよ。仲良くしようよ。それだけでいいの! 上手なお歌じゃなくてもいいの。上手なダンスじゃなくていいの。みんなが笑ってくれれば、それだけで幸せなの。どうしてそんなこともわからないの!?」
鉛筆はぽかんとしました。
消しゴムはぽかんとしました。
そして、口をそろえて言うのです。怒ったように、言うのです。
「じゃあ、どうすればいいのさ! 子供がうるさいな! きみにお歌の何がわかるの?」
「じゃあ、どうすればいいんだよ! 子供がうるさいな! きみにダンスの何がわかるの?」
「わかんない!」
何もわかりません。私はその場で小さくなって、ボロボロと涙を流します。
「ふふふ。あはは、あはははは! 面白い! 楽しいね」
急に新しい声がきこえました。見てみると、それは消しゴムのついた鉛筆でした。
「やあやあ、我輩、ミュージカルの妖精さ。どうしてそんなに泣いているの?」
「みんながケンカするから」
「そうかそうか。それはかわいそうに。でもね、泣いているだけじゃあ、ケンカは止まらないよ?」
ミュージカルの妖精は、それだけいうとまた笑います。それから、手に持ったステッキで、鉛筆を指します。
「素敵なお歌! でも、どうしてそんなに怒ってるの? きみたちのお歌は、みんなを笑顔にするものでしょう?」
「でもーー」
「きみはもっと、素敵になれる!」
ミュージカルの妖精は、それだけいうとまた笑います。それから、手に持ったステッキで、消しゴムを指します。
「素敵なダンス! でも、どうしてそんなに怒ってるの? きみたちのダンスは、みんなを笑顔にするものでしょう?」
「だってーー」
「きみはもっと、素敵になれる!」
ミュージカルの妖精は堂々と全員の真ん中に立つと、えっへんと胸を張ります。
「さあーーミュージカルの始まりさ!」
「ミュージカル?」
「そう、ミュージカル。お歌が沢山あるんだよ」
「ミュージカル?」
「そう、きみのためのミュージカル! ダンスが沢山あるんだよ」
そんなものがあるのでしょうか。
「ないかもしれない。だったら作ればいいじゃない!」
ミュージカルの妖精が歌うように宣言します。
『悲しみはきっと払えるさ。そんなの簡単、笑顔でさ。歌えばきっと良いだけさ』
『ぼくらのお歌はきみの為、きみが笑えばぼくらは嬉しい』
鉛筆が歌うと、それに合わせて消しゴムが踊ります。
虹が心にかかります。その虹の上で、私の心が踊ります。耳から幸せが入ってきて、足から元気があふれてきて、二つがくっつき心が幸せに変わります。
「ねえ、どうして笑えてるんだい?」
お歌とダンスの中、ミュージカルの妖精が話しかけてきます。でも、お歌をきかないと。ダンスを見ないと。
「きみは登場人物。歌うも踊るも、きみの自由。泣くも笑うもきみの自由さ。ねえーーきみはどうして笑っているの?」
「私は……」
「さあ、手を取って。一緒に笑顔を作りに行こう」
私はミュージカルの妖精の手を取ります。彼は優しく微笑みました。
つられて私も笑います。
鉛筆も、消しゴムも、みんな笑います。
「どうして私は知らなかったのでしょうか!」
「何を知らなかったの?」
「私はここにいたんです」
「どこに?」
「ここに!」
私は歌うように喋ります。歩くように踊ります。お歌もダンスも、みんないい! 合わせれば、もっといい!
「みんながケンカをしてるなら、私が笑顔で止めるんです」
「そうさ!」
私たちはそれからずっと遊びました。何度も笑って、歌って踊って喋りました。
「もういいね。きみは楽しい女の子。どうして泣いていたんだい?」
「もうーー泣かないために」
目を開くと、朝でした。
リビングでは、お母さんとお父さんがケンカをしています。私は歩いていきました。
「もうお前とは離婚だ!」
「それは私の方よ!」
「小春は俺が引き取る」
「小春は私が引き取ります」
私は二人の間に立ちました。
「小春は俺がいいよな」
「小春は私がいいでしょう」
「うるさい!」
二人が動きを止めました。
「どっちもがいい!」
「そんなことを言ったって」
二人はまた、私をおいてケンカを始めました。どうすればいいのでしょうか。
私はどうすれば良いのでしょうか。
『ほら、笑って?』
『悲しいときは歌えばいい』
『苦しいときは踊ればいい』
「ケンカしないで。笑ってよ!」
私は小さくからだを揺らします。お父さんもお母さんも、私を見ます。
『私はみんなが笑えばいい。だってそれが楽しいもん。ケンカばっかりつまんない。怒ってばっかで怖いもん』
音がありませんから、手を叩きます。床を踏んで、笑います。
『二人は私が嫌いなの? 私は人形じゃないんだよ? 子どもだよ。笑いたいよ、泣きたくない』
私は小さく歌って、踊ります。
「ねえ、お母さん。お母さんはどうして怒るのかな?」
「え……それは」
「笑顔じゃないから怒るんだ。さあ、小さく一緒に笑いましょ?」
お母さんは笑いません。
「ねえ、お父さん。お父さんはどうして怒るのかな?」
「いや……その」
「怒ってるから怒るんだ。さあ、にっこり一緒に笑いましょ」
お父さんは笑いません。
それでも私は歌います。踊ります。それなのに、どれだけやっても二人は笑いません。
「嘘つき」
ミュージカルの妖精は嘘つきでした。私がいくら笑っても、二人はまったく笑いません。からだが悲しさにつかまります。
手拍子も止まって、足も止まって、最後に笑顔もなくなりした。
「……あれ、おかしいな。父さんは小春を……どうしてそんな」
「そうよね。おかしいわ。母さんは小春を幸せに……なのに、こんなに悲しそうに」
私は無表情で二人を見ます。もうだめなのでしょうか。
『そんなことないさ。きみはミュージカルをやっているんだよ?』
『でも、誰も笑ってくれない』
『それはそうさ。ねえ、ミュージカルは一人でするものじゃないよ』
ーーそうでした。
私はいつも一人ぼっちで寂しくて。悲しくて。
一人が嫌で。それはきっと二人も同じなのです。今までずっと一人だったから……
私はお父さんとお母さんの手を取りました。そして、踊ります。歌います。そして、話しかけます。
どうしてでしょうか。水が頬を濡らします。それでも私は踊りました。
どうしてでしょうか。声がぷるぷる震えます。それでも私は歌いました。
やがて、
「ごめんね、小春。ごめんね、母さん。泣かせるつもりはなかったんだ。本当はーー」
「私もごめんなさい。二人とも。私は何も見えてなかった」
二人は泣きます。私をひしりと抱き締めて、おいおいと泣きました。
「どうして二人は泣いているの?」
お父さんは答えます。
「申し訳ないからさ」
「違うよ! 笑ってないからだよ」
お母さんは答えます。
「ちゃんと見てあげられなかったから」
「違うよ! 笑ってないからだよ」
私は優しく微笑みました。
お父さんもお母さんも、目に涙をいっぱいためて、それでもにっこり笑いました。
「お父さん、お母さん。ありがとう。私はね、二人が笑ってくれるだけで幸せなの。だからね、ありがとう」
「ありがとう、小春」
私たちはその日たくさん泣いて、そしてたくさん笑いあいました。こんな小さなことで、幸せを感じられました。
仲良く笑う。それだけで、私はもう何にもいりません。
素敵な笑顔をありがとう。
一ヶ月後、両親は離婚した。
嘘です。
本当はバッドエンドだったり、ホラーだったり、小春ちゃんが感情をうしなったりと、酷い話にしようと思っていたのですが、止めておきました。
たった一つ変わるだけで、この物語はハッピーエンドにもバッドエンドにもなります。
たった一文加えるだけで、容易く家族も子どもの頑張りも壊れてしまいます。
小さなことだから、と。甘くみてはいけません。誰だって、たった一つの小さなことで、小春の頑張りを水泡に帰すことができるのだから。
では、ありがとうございました。