三月二八日(木)
妹のいる空間では時間が分からない。ずっと落ち続けていたようでもあるし、一瞬で動きが止まったようにも思えた。
妹は「底」に着いたような感覚を覚えた。そっと目を開けると、あまりの眩しさに、目が焼けそうだった。カッと白い光が差し込み、妹は目を開いていられるようになるまでに、時間がかかった。壁も床も天井も発光しているかのように真っ白な正方形の部屋だ。正面に知らない男が立っていた。
男はとても端正な形をしていた。非の打ち所がない顔だ。西洋人のようで、アジア人のようで、中東やエジプトの人のようでもある。背も高い。痩せている。
ただ服も髪も目も真っ黒だった。妹はなぜか不気味に感じた。
「賭けをしませんか。」
男は言った。男が日本語を喋ったことに妹はすこし驚きつつも、なぜかそれが当然のことであるように感じられもした。
「何の賭け?」
男がなぜ不自然なのか分かった。瞬きを全くしていないのだ。そして喋っているのに、唇以外が全く動かない。
「あなたはあなたのお姉さんが本当に汚くなったとお思いですか?」
「そうね。最近、ちょっとね。」
男は少しうなずいたように見えた。
「それに関する賭けです。」