三月二八日(木)朝十時
妹は四月一日から佐賀大学医学部医学科の大学生になることについて思いを馳せる。
マンションの下のフロアにあるケーキ屋さんのケーキを買ってきて、家で紅茶を入れて、飲む。妹は来週から大学生だ。それも医学生。家族は誉めそやしてくれた。鼻が高い。窓の外には桜が満開に咲き誇り、小学生がかけてゆく声が聞こえる。希望に満ち溢れえている。幸せとはこういうことを言うのかもしれない。
紅茶が出来上がったので、妹はティーバックを捨て、ケーキを一口かじる。佐賀産のいちごの酸味と独特の香りが舌から鼻に立ち上った。大まか期待通りの味がした。
たった一人でLDKの部屋のソファーに座っているのはなんだか不思議な気がした。妹はふーっと紅茶を吹いてみた。フーという音はKからLに向かって吹き抜けていった。姉に電話したいな、と思い、しかし思いとどまった。
それが一人暮らしってことよ。慣れよ。
姉の言葉が目に見えた。そして少し悲しくなった。私も姉のように寂しさに慣れれば彼氏を一年に一回交換したりしてもなにも思わなくなるのだろうか、と妹は思った。
まだ時計は午後三時を指していた。しかし残念なことに大学は来週からで、妹にはまだ家の近くに気軽に話せるような友達は居ない。引越しもまだ完全に終わっていなかった。部屋にはまだ、ベッドと机しかなかった。明日母が来て、引越しを手伝ってくれるらしい。
妹はソファーに向かうと、その上にかかっていたソファーのカバーを丁寧に外し、ソファーに寝て、自分の体の上にカバーを掛けた。そしてソファーの手すりを枕にして、目を閉じた。
昔姉と一緒にお風呂に入った時、それは確か、一昨年だ。姉が上京したばかりの時、妹はふと、聞きたいことを聞いてみたことがある。
「一人のお部屋でやることがない時、どうするの?」
姉はちょっと考えてから、一言、
「寝る。」
と言った。当時はかなり姉を馬鹿にしたものだが、今その気持は良く分かった。