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三月三一日(日)一八時三二分


女が駆け出した。

父はその場でへたり込み、魂が抜けたようになっていた。姉は女の後を追いかけた。

女はキッチンにいた。手には包丁を持っていた。

「娘なんて!娘なんて居なければ!いいのよ!」

女の目は充血していた。女は父の様子をみて、父の中で何が起こったかを悟ったに違いなかった。今まで積み重ねてきた女としての自信が崩れた情けない姿だった。さっき姉が破いたテカテカの服のようなものが腰のあたりまでずり落ちて、赤くビラビラしていた。姉は女が包丁を右手に持って振っているのをみて少し怯んだ。

しかし、女は思いとどまった。女は足から崩れてへたり込み、包丁は姉ではなく、床に突き刺された。床下の板まで突き抜けた、ぼ、という音がした。

「紙をね…私紙を持っているのよ…あなたのお父さんが…私と二〇年したら一緒になるっていう紙をね…私とやりたいばっかりに…書いたのよ…あの男…馬鹿ね…」

女は姉のほうを向いて、しかし自分自身に向かって喋り始めた。

「いつも持っているの…。お守りだから…。」

姉は女を見た。よく見た。まじまじと見た。

「今も持っているの?」姉は聞いた。

女は口を歪めて「持っているわ」と言った。

姉はゆっくりと女に向かっていった。女は一瞬怯み、そして気が付いたがもう遅かった。姉は女に勢い良く抱きついた。


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