三月三一日(日)一八時二〇分
ばきん!と床板が外れた。姉が探し当てた板の端は両手で押すとあっけなく割れた。それは建物の端の縁側の部分だった。姉の手は木で切れてところどころ血が出ていた。
父に抱きついている女は床下から血まみれの腕が伸びてきたのをみて、目を大きく見開いた。
姉は渾身の力で板を剥いだ。バリバリと全身で木を破った。姉の体に腐ったような、土がついたような茶色い木の皮が降り注いだ。「石見銀山の銀貨」で立て続けにバンバンバン!と木を叩くと、木は裂けて床板には大きな穴が開いた。姉は背中で木の皮を押すようにしてゆっくりと立ち上がった。
女が悲鳴を上げた。時計の針が夕方六時を打った。一回目の時計の音を聞いて、父がゆっくりと振り返った。そして二回目の時計の音がなる間夕日を背に立つ娘を見つめていた。三回目の時計の音で娘はキーホルダーを投げ捨てた。床に落ちた「石見銀山の銀貨」は表面が削れて、ただの黒い塊になっていた。
母は慌てた。なぜ妹の面倒を見ている妹の面倒をみているはずの娘がここにいるの?
男が微笑むのを感じた。母はなにも動じないふりをして、目をつむり続けた。手に握る水晶に汗が滲んだ。
姉は女にまっすぐ向かって行くと、女の首をおもいっきり押して、父の背中にかじりついている女を床にたたき落とした。姉の手についた煤が女の首について、女の首は真っ黒だ。
頭から床に落ちた女はキャーと悲鳴をあげ、部屋の扉を開け隣の部屋に逃げようとした。姉は女の髪を掴んだ。掴んだまま、思い切り、ねじった。女が「止めて!」と叫ぶのが聴こえた。
姉は、ああもうこの女も四〇くらいだから抜け毛が気になるのね、と思い、そう思いながら髪をもっとねじった。
妹はなかなかに痛快だった。髪を引っ張って、思いっきりねじる、というのは姉妹で喧嘩をした時に良く姉妹が使う手だったのを思い出した。しかし、床下から出たからと言って、姉の吐き気が収まったわけではないことは妹のほうもとても良くわかっていた。めまいもひどかった。妹は水晶を抱き込んで必死に目を閉じて吐き気をこらえていた。姉がなぜあんなに立っていられるのか不思議だった。
父が止めに入ろうと、背後から姉の方に向かった。
姉は女の髪を握ったまま、父をまっすぐに見た。
父の目から娘を見て、母は、ああ可哀想に、と思わず口に出した。目には大きは木の欠片のようなゴミが入って、姉の目は真っ赤に充血していた。顔も、化粧が全部落ちた上に煤がついて、ひどく汚れていた。
目がやっぱりパパにそっくりなのよね。と母は呑気に思う。この気の強い所は全然パパには似ていないのだけど。
父は凄まじい形相の姉をみて怯んだ。キャー!とそのすきを見て女が叫んだ。姉の右手が驚いて少し緩み、女は姉を振りほどこうとして悶えた。姉の左手が女の髪をすかし、女の大きく肩の空いたワンピースにかかった。木片のついた姉の手は女のテカテカした生地を破り裂いた。
姉は破れた服の端を引き寄せ、女の前髪を右手で掴み直した。
「あんたは何なの?紙はどこ?」と聞いた。女は姉に向かって口の端を歪めた。
「こんなことをしたら暴行の罪で捕まるわよ?」
女は姉にしか聞こえないくらいの小声で吐き捨てた。その言葉を聞いて、姉は女の悲鳴や逃げ惑うさまが芝居だったことを悟った。
その時、後ろから父の声が聴こえた。
「かわいそうやろ。もうやめんか!」
母の手の中にある水晶に内側からピキッとヒビが入った。




