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三月三〇日(土) 


二人の妹は目を閉じて姉と兄の様子を見守る。

少女は兄が姉のハンカチを受け取った場面を見るとチェッと舌打ちをして目を開けた。妹は目を閉じたまま、自分と姉が一緒に太宰府天満宮に行った時、ハンカチを貸してもらったことを思い出した。姉も私も制服を着ていたから、おそらく三年前だ。あの時、私はなんの疑いもなく、姉のハンカチを濡らして、そしてまだ手を拭いていない姉に突き返した。今もまだ姉は変わっていないのだ、と思った。

ハンカチはあったほうがいいよね。と妹は社に向かって歩く姉の中で考えた。びちゃびちゃした手で祈る人のお願いなんて神様も聞きたくないよね。私みたいにそんなこと思わないから神様なのかもしれないけれど。


 姉と男は大きなしめ縄の下に立った。

「何を祈るの?」と姉は聞いた。

「大事なことだから言えない。」と男は言うと目を閉じた。


二礼。四拍。

「幸せになりますように。妹と仲良くできますように。妹が元に戻りますように。寝てなんかいないで、大学に行けますように。」


 妹は姉がもっと自分のことを祈ると思っていたのでびっくりした。姉は妹の事しか祈らなかった。

突然、ばきん!と大きな音がした。妹は驚いて、目を開けた。男の持ってきた盆に乗っている妹の黒い水晶が、真ん中に大きくヒビを入れていた。

妹が隣の少女の方に目をやると、さっきまで少女がいた場所に少女は居なかった。くるくると見回すと、少女は男に肩を抱えられて、壁の方にある白い扉にむかって進んでいた。

「どこへ行くの?」

妹は早足で立ち去ろうとする少女の後ろ姿に声をかけた。

「帰るのよ。」

少女は振り返りもせず言った。

「負けたら目覚めないんじゃないの?」

妹はほとんど叫ぶように声を上げた。空間は思った以上に広く、白い床はどこまでが壁でどこまでか床か全くわからなかった。少女はすごい速さでその先の先まで歩いってしまい、まるで灰色の線のように見えた。

「私はこんなふうに賭けたの。私の手紙なんてほっぽり出して、私の枕元で泣いてくれるなら、ピンクの石。その他のことをするなら、黒の石。そして賭けに勝ったら、このまま私は綺麗にこの世から消えるの。兄の思い出に大きく爪で跡を残してやるのよ。賭けに負けたら…」

少女の声はもう蚊のなくようにしか聞こえなかったが、少女が言葉の合間にすすり泣いているのが聴こえた。

「もとの場所に帰るの。お兄ちゃんの妹として。一生生きていくの。ずっと、ずっ…」

少女の声はいつの間にか聞こえなくなった。

妹は姉の様子を見るのもわすれてしばらく少女がいなくなった方向を見つめていた。そして少女が言っていた言葉を思い出し、その意味を立ったまましばらく考えた。


つまり、死ぬほど愛されるあの男は幸せな奴だ、と思った。


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