三月二九日(金)夜九時五五分
JR東京駅の6号線には「サンライズ出雲」という寝台列車がとまっていた。一人部屋にそれぞれ窓がついて、中の人が何をやっているのか如実に見えた。縦斬りにされたアリの巣の標本のようだった。
「こっちこっち!」
男がずんずん列車の後ろの方へ進んでいくので、姉はついていくので精一杯だった。
姉は母から電話があってから、実家に帰ろうか否か思い悩んでいた。四月から大学もまた始まるし、第一、寝ている妹に自分が何かしてやれるとはあまり思えなかった。
翌朝、男が電話で出雲大社に行かないか、と誘ってきた。妹のために神に祈りに行くと男が言ったのを聞いて、姉は心底驚いた。妹が眠る直前に手紙に出雲大社に行って祈って欲しいと書いていたから行くのだという。こいつは妹のためならそんな非現実的なものにも頼るのか。
男は姉を、どうせお前も実家に帰るなら、ちょっと寄り道して、一緒に出雲まで祈りに行こう、と誘った。姉は、ああ自分はあいつにとってどうせの寄り道なのだな、と妙に納得した。姉はその電話で実家に帰ることを決めた。
この寝台列車は人気だそうで、出発当日の昼にみどりの窓口で席が埋まっているのは奇跡的なことだと、駅員は言った。姉達が入ろうとしているのは、二〇人くらいが一畳ほどの空間に上下にわかれて寝る仕様になっている「のびのびシート」という席だった。
席のある車両に入ると、鉄道を愛してやまない様子の大学生らしき男の集団や、デートに来ていると思しき男女の二人組などが既にカーペットの敷いてある横につながった二段ベッドのような形のシートにのびのびと座ったり、横たわったりしていた。
姉と男は隣同士の上の段の席になっていた。二人は荷物を整理すると、駅のコンビニで買ったおにぎりと、水と、マイクというポップコーンを食べた。
姉はこういうことは別れる前にするべきだったのではないかとふと思ったが、男がポップコーンの食べた後の袋もろくに捨てずに眠りはじめたのをみて、ため息を付いた。しかしその実この男の散らかした跡を片付けるのは、姉にとってそんなに嫌なことではないのだった。
こんなふうにポップコーンの食べた後を片付けても、と姉は男の寝顔をしみじみ見ながら一人呟いた。君は私のことちっとも好きになってくれないんでしょ?




