三月二七日(水)午後三時
姉は一人で東京のワンルームの部屋にいた。ちくわを咥えながら考えていた。どうして私は今日こんなにお金がないのに、あの一万円もするワンピースを買ったのだっけ?
そうだ、明日はデートなのだった。だから服がないと思って服を買ったのだ。服は衣装だ。それがないと、恋愛どころか「女としての扱いを受ける」というステージに立つことさえ困難になる。デートと言っても好きな男と会うわけではなく、自分を気に入った男に会うのだ。それがいわば「新しい彼氏」。
姉が好きだった男は、一年間姉の家に住んだように暮らし、そして上手くいかなくなった。姉はしびれを切らしてわかれようと言った。男はそれ以来「ともだち」に戻った。まるで姉が言い出すのを待っていたかのようにすぐに全く連絡をくれなくなった。あっという間だった。姉はそれまでその男にかけた時間のことを考えると悔しさで泣きそうになり、夜寝るときに誰も隣に居ないことに気づくと叫びそうになった。そんな日がもう既に半年くらい続いている。
時計を見るとまだ昼の三時だった。日が暮れるにはまだまだ長い時間がある。突然、姉はこの白い壁の部屋に一人でいることが悲しくなってきた。
ついこの間まで誰かが座っていたはずの場所に、誰も、居ない。ただでさえ寒い部屋で背筋が余計冷たくなる。動きたい。床に髪の毛が落ちている。部屋に掃除機をかけなくてはならない。だが足が動かない。机の上には飲みかけたジュースと、少しこぼれたお菓子のビニールと、刑法の本がある。刑法の本を読まなくては。刑事訴訟法の本も。ティッシュで机を拭かなくちゃ。あ、ティッシュはないからまずスーパーに行って買ってこなくちゃ。そういえばトイレットペーパーも切れていたから、買ってこなきゃ。
生活に追われる。勉強だけして生きて行けていた高校生の時には考え得なかった悩みだ。お腹がすいた。冷蔵庫にはもうちくわしかない。自業自得。汚れた馬鹿な私。妹が言い放った言葉が耳に反響して涙が出そうだった。もうこれ以上考えたくない。
ちょっと休憩しよう。
床に横になって、姉は妹が四日後に入学式を迎えることを思い出した。そのことを考える事自体がとても憂鬱だった。でも妹は入学式に「おめでとう」と書いてあるメールを見たらきっと笑ってくれる。
姉は横になったまま、手を伸ばして床に転がっているスマートフォンを手にとった。入学式前夜に妹に送るメールをさくさくと作り、スマートフォンのアプリを使って三月三一日の五時に予約送信されるように設定する。返信は来ないだろうけれど、期待はしていない。送って、妹が笑うことに意味があるのだ。
姉はちょっと休憩するつもりでそのまま冷たい床に横になった。




