三月二九日(金)九時
翌朝、姉は男からの電話で目が覚める。
最初、スマートフォンの目覚まし時計がなっているのかと思い、三〇秒たっても止まらないことに不信感を覚え、画面を見ると、奴だった。
「まだ九時だけど」
昨夜深夜一時に電話を掛けたのは自分であることはひとまず棚に上げ、持ち前の寝起きの悪さで男に当たった。
「昨日さ、お前の話を聞いて、なんとなく俺も妹に電話したんだ。そしたら」
倒れたなんて言うんじゃないでしょうね、と姉が言う前に半分泣きそうな男の声が受話器から聞こえてきた。
「母さんが出て、妹は二日前から寝たまま目が覚めないっていうんだよ!」
姉は泣きそうになっているこの男の声を耳に聞けたことが心地よかった。朝起きて、布団に入ったままで、誰かと話せる。寂しくない。
自分が悲しい時、相手に話せば悲しみが半分になるなどと言うのは、嘘だ。彼の悲しみは彼の悲しみのままで、彼の言葉の内容ではなく、声だけが意味をもって相手に大切にされることだってあるのだ。今のように。同情しろなんて無理だ。私と同じ境遇じゃないか。と姉は考えた。つまり馬鹿が一人から二人になっただけだ。
男はまだ何か喋りつづけていた。姉はその音の心地よさに耳を傾け再びベッドに横になった。
妹が目を閉じて姉と一緒に心地よさに身を預けていると、誰かに肩を叩かれた。水晶を持ったあの男かとおもいきや、違った。知らない少女が立っていた。真っ直ぐな髪が色白な細い二の腕にかかっている。鼻筋がすっと通って、切れ長の目がまっすぐ妹を見つめていた。妹は誰かに似ていると思ったが、思い出せなかった。
妹が口を開けるより前に、少女が口を開いた。
「お兄ちゃんの彼女の妹さんね?おとなり、おじゃましてもいいかしら。」
少女はお腹のあたりに両手で重そうにピンク色の水晶を抱えていた。とても見覚えのある水晶だった。




