第一話 勇者式典
随分時間が経ってしまい、申し訳ありません。
王都アレグリア。
全世界統計で最も個体数の多い《人間》がのさばる王国。
そして、元は《錬金術の民》が暮らしていた土地。
敢えて離れた土地で暮らしていたヴィノアだが、何とも、皮肉としか言い様がない。
行き交う人々を眺めては、ヴィノアは静かに怒りを募らせる。
「(……平然としている。冷静にしている。何故だ、何故誰も嫌悪や罪悪を感じない…? 今笑いながら話しているこの土地には、お前らを恨み祟る《錬金術の民》が埋葬されているのに)」
ヴィノアがあの大規模戦争に参戦した時、彼はまだ10歳であった。
既に八年前の出来事。風化した結果は、きっと情報統制によって美化されているに違いない。
下らない。実に下らない話だ。
優れていたが為に殺された《錬金術の民》を、歴史から抹消しようとしている。きっと《人間》にとってはそれが最も有益な選択なのだろう。しかし、末裔であるレスティアとヴィノアにとっては、死者の尊厳さえも奪う蛮行だとしか感じ得ない。
「(……何が勇者。何が魔王。狂ってやがる、こんな世界…)」
人を殺す事に躊躇いを感じない。
利益を求めるが為に血の代償を払う事を厭わない。
何故なら、犠牲になるのは自分達ではなく、いつも隣に居る誰かなのだから。
「レスティア。急ごう」
「…はい、兄様」
心なしか、レスティアの返事も重い。
それがヴィノアの発言によるものだとは、ヴィノア自身思っていなかったのだが。
忙しく群れる人の波を逆らうように、二人は王宮へと急ぐ。
◆ ◆ ◆
「何者だ。本日は王宮にて勇者式典が━━」
立ち塞がった門番に右手を掲げてみせた。
シンメトリーを描く天使の翼を見た門番は、慌てて頭を下げてヴィノアを王宮へ招いた。
豪華な王宮だ。しかし、何処となく《錬金術の民》が統治していた頃の造形と似通っているのは、きっと損壊した部分を補強しただけだからだろう。装飾や庭、そういったデコレーションに近いものには工夫を感じるが、基幹が変わらない以上、やはり見ていて不快な気分になる。
「……他の勇者は来てるのかな」
「兄様は寝坊助ですからね。きっと他の方々は一堂に会していらっしゃいますよ、きっと」
「そうか。好都合だ」
「…まさか王室で能力を振るう気ですか?」
「目の前にお前の仇が居るんだ。俺が理性を保っていられる自信がない」
ヴィノアは静かに目を伏せた。
レスティア・セルスタシオン。彼女はヴィノアが錬金の禁忌である業の技、《ホムンクルス》によって再構築された人ならざる者。失われた心臓を人工錬成された、不確定物資である《仮借臓器》と入れ替える事によって魔力の無限円環を可能とした。
レスティアは一度死んでいる。
死んだ彼女は当時8歳、ヴィノアと二つしか変わらなかった。
そして、彼女の死がヴィノアを最強の戦士へと駆り立てたのだ。
ヴィノア・セルスタシオン。八年前に起こった《錬金戦争》における第一級大罪人である。彼はその身一つで万を越える兵士を殺し、数十を越える名うての戦士・魔術師を葬った。当時12歳であった彼は将来の可能性を忌避されて、《神魔の悪童》と呼ばれている。
「…兄様、危険です。仮にも勇者が揃っている場ですよ?」
「勇者なんて大した事じゃない。俺が死線をくぐり抜けて来た時、俺は勇者なんて甘っちょろい奴らとは比べ物にならない相手と敵対した。両手剣・片手剣・長槍・鉄槌……色々な武具の使い手とな」
「ですが……」
レスティアの抗議の声は届かない。
ヴィノアは今にも燃え上がらんとする瞳で巨大な扉を見据えた。
目の前に、ヤツが居る。
ヴィノアの心が激しく胎動する。
久々の感覚だ、ヴィノアは歓喜するでも悲観するでもなく、ただ平然とその事実を認めた。
ギィィ……。
ゆっくりと開け放たれた扉。
溢れる眩い光がレスティアとヴィノアを照らし出す。
そして。
「━━━処刑、実行ッ!!」
ヴィノアは地を蹴って、その下へと向かう。
肥えてしまって今や見る影もない、歴戦の猛者。
レスティアを一刀の下に切り捨て、その場で惨殺した悪逆の王。
二刀流術の最高権威、ヨーグガンド・アレグリア。
「死に、晒せッ!!」
右手を地面に掠らせ、大理石を分解して剣へと変形させる。
乱れる事のない鋒がヨーグガンドを捉えた。
ギィン!!
しかしながら、その剣がヨーグガンドを切り裂く事はなかった。
「随分なご挨拶だな、七番目の勇者様よ」
巨大な大剣がヴィノアの一撃を防いでいたのだ。
とはいえ、それはあくまで防いでいるに過ぎない。
たかだかその場で作り上げた剣一本を、名品と謳われる両手剣が防戦一方なのだ。否。防戦どころではない。気を抜けば両手剣を両断して、一撃が頭蓋に直接当たるかもしれない程の気迫と重みだ。
「避けろ。さもないとお前も死ぬぞ」
「我々を忘れてもらっては、困りますよ」
すっと視線をスライドする。
ヴィノアの目に映ったのは、残る五名の武器を構えた人間達だった。
弓、長槍、杖、拳、魔銃。
その全てがヴィノアに向かって攻撃の矛先を向けている。
「死ぬのは貴方だ。愚かな七番目の勇者」
弓と魔銃の使い手が弾丸と矢を放つ。
それを掻い潜るようにして長槍と拳の使い手が殴り込みをかける。
残された魔術師は、空中に《魔導文字》を描いている。
絶体絶命。幾ら歴戦の狂戦士とて、この数を相手には出来ない。
━━━だが。
横合いから飛び出したレスティアの一撃で、長槍と拳の使い手が吹き飛んだ。
殴り飛ばした右手は、ヴィノア同様に壁材である大理石で覆われていた。
「…そこまでです。兄様」
「レスティア…」
「他の方々も、攻撃をお止め下さい。この場は神聖なる勇者式典。幾ら勇者といえど、その血肉でこの場を汚すのは無礼千万と言えるのではないでしょうか」
ヴィノアは最後にグッと力を込めると、力の反動を利用して両手剣の使い手から距離を取る。
レスティアとヴィノア、残る六名の勇者、という対立構図が完成されていた。
腰を抜かしたヨーグガンドは、あわあわと口元を涎で濡らしながら呻く。
「き、貴様は……」
「よう、暫く見ない間に随分デブったな、人殺し」
「な、何故、何故その娘が……!?」
「レスティアを殺した事は覚えているようだな」
その言葉に一同に戦慄が走った。
一度死んだ少女、何故その少女が目の前で元気そのものといった感じで立ち塞がっているのか。
ヴィノアは中指を立てて鋭く言い放った。
「その罪、いずれその身を以て贖ってもらうぞ、クズめが」
その一言で、危うい空気は消し飛んだ。
レスティアは一人、冷や汗を伝わせながら、小さく嘆息した。
◆ ◆ ◆
国王を殺そうとする勇者の闖入、という波乱は収まった。
勇者式典は無事閉幕、残された勇者は旅立つ前のささやかな時間を王宮で過ごしている。
三日後、この王宮から、《魔王》が君臨する《世界の歪み》へと向かう。
ここから直線距離にして約五千万キロメートル。
紆余曲折したルートを取らざるを得ない為、実質はその倍程もある。
また、《世界の歪み》は、そこ自体が違う場所へのゲートとなっている。
つまり、《魔王》が君臨する真の頂きまでは、距離では示せない程遠いのである。
そして、現在ヴィノア達は残る六名との関係に、それ以上の遠さを感じていた。
三日という少ない時間、数少ない勇者同士の交流時間に当てるのが定例となっていた。
「……で、集まったはいいが、なんの真似だ」
全員武装して、レスティアとヴィノアを警戒、いやそれ以上に敵視していた。
なんの真似だ、などと聞いておきながら、その実真意を理解しているヴィノアはこめかみを抑える。
「皆様、私達に敵意は有りません。先程は兄様が無礼を働いたこと、お詫び申し上げます。後、私自身も攻撃に参入してしまいました事も、誠心誠意、この場を以て謝罪致します…」
「レスティアさんは気になさらないで下さい。問題は彼です」
弓の使い手━━ギルバート・アンデルセンが鋭い眼光を向けた。
既に自己紹介を終えた面々であったが、お互いの意思疎通が図れず、結果先程の乱闘まがいの件に対する早急な追及へと話の矛先が帰結してしまったのだ。無論、この場で洗い浚い全てを話してもいいが、美化されたイメージをそう簡単に崩す一打とは成り得ない。
ヴィノアは敢えて言葉を選んで言葉を紡いだ。
「さっきは悪かった。お前達に迷惑を掛けた事は本当に済まないと思っている。ただ、目の前にレスティアの仇が居るって事は、滅多にないチャンスだった。お前達に何かしようって気は、さっきも今も無い。……まぁ、取り敢えず、本当、済まなかった」
彼らにとっては華やかな晴れ舞台となるべきはずのあの場所。
事情が事情とは言え、公私混同した行動に対しての責任を少なからずヴィノアは感じていた。
ヴィノアの謝罪に対して、敵意の視線を向けた面々も冷めてしまったのか、静かに腰を下ろした。
両手剣の使い手━━グレアデス・フォードレックが豪快な溜息を吐き出す。
そして、無遠慮にもレスティアを睨みつける。
「……ってか、俺は色々聞きたい事が山積みなんだけど…その辺のトコ、お前らはどうよ?」
「確かに。レスティアちゃんが、死んだのに生きてるってのは不可思議な事よね」
長槍の使い手━━フィオナ・エーレンデルトが口を挟む。
あざとい表情を作り、少しポーズを決めて、ヴィノアを見つめる。
他の面々も同意しているのか、うんうん、と軽く頷きあっている。
ヴィノアとレスティアは顔を見合わせ、お互いの了承を得て、話し始めた。
「レスティアが死んだ時、心臓は確かに止まっていた。四肢は傷を負っていたけど胴体にはしっかりくっついていたし、首も折れたりしていなかった。まさに心臓を一突き、って感じだったんだ」
「その時の事は覚えていませんが、兄様の《人体再生術》は、《仮借臓器》と呼ばれる人工的に錬成された、不確定物資で構成される《本来と同じ働きを及ぼす器官》を本来の臓器と入れ替える事でその働きを損なう事なく死の淵から蘇らせる技術です」
ヴィノアの言葉の先を継いで、レスティアが比較的わかり易いように言葉を繋げた。
しかし、勇者と言えどその本業を幾多数多の人や動物を殺す事にある。
オツムの弱い人間が大半を占めていても、不思議ではない。
しかし、杖の使い手━━エイレア・クロードネスが真剣そのものの表情で質問を投げた。
「質問があるのだけれど、一ついいかしら」
「ああ、別にいいぞ」
「その術、リスクは当然あるのでしょう?」
「……まぁな。リスクは使用者の能力の衰退。一度心機能を停止した人間は謂わば、空の状態になったと思ってくれればいい。全てを失った人間を蘇らせる為には、死ぬ直前と遜色ない能力を分け与える必要性がある。レスティアと俺は《錬金術の民》でも屈指の実力だった。俺の能力の半分近くをレスティアは保有している。質量保存の法則、って言ってな。少し意味合いは違うが」
「…錬金術。成る程、貴方達はあの忌々しい種族の末裔なのね」
「忌々しい、か。まぁ、お前にとっちゃそうかもな、エイレア」
魔術と錬金術は方向性こそ違えど、極致に至る道筋で幾度かすれ違う事がある。
基本的に0から1を生み出すのが錬金術であり、1から100を生み出すのが魔術である。似た者同士と言えるかも知れないが、前者である錬金術の方が魔術の数倍は難しい技術だ。
剣呑な雰囲気が二人を包む中、ちょんちょん、とレスティアの肩を誰かが啄いた。
レスティアが振り向くと、魔銃の使い手━━リーザ・アレグロッタが耳元に口を寄せていた。
「質量保存の法則って、何?」
「それはですね……えー、簡単に言いますと、ビンの中で一定量の水の何割かを蒸発させても、ビンの中に含まれる物質自体の質量は変化しない、って事を記した法則ですね。先程の場合は、私というビンの中にある能力という物資が全て抜けてしまった為、兄様が強引に能力を注ぎ直して、質量保存の法則に反する事なく、無事私を蘇生する事に成功した、って意味になります」
「へー……難しいんだね」
「そうですね。ややこしいと言えば、そうかもしれません」
「その点、私を含めた戦闘職って、頭使わなくて良いから楽だね」
「━━んなこたねえだろ」
リーザの一言に何か気が触ったのか、先程から瞑目していた男が片目を開いた。
拳の使い手━━ルイン・ギーズヘルグ。
切れ長の瞳が、出で立ちの野性味を増長させており、如何にもワイルド丸出し、といった感じだ。
「近距離、中距離、遠距離。立ち位置以外にも、型、組み合わせ、機転。戦闘職は戦闘職なりに頭を使うこたぁ多いだろ。陰気な錬金術野郎や、後ろで文字描いてるだけの魔術師野郎ばっかがインテリってワケじゃねえさ。現に、ギルバートってのは話を理解してるみてえだしよ」
「へえ、それは私への当てつけ、もしくは挑戦と受け取っていいのかしら」
「別にいいさ。殴り合うのは嫌いじゃねえからな」
「…二人共、今はそんな事してる場合じゃないでしょう」
ギルバートが溜息混じりに二人を諌める。
ひょろっとしたインドア派っぽいギルバートだが、彼の統率力には舌を巻かれる。
言葉の端々に自身がこの場を支配している、という気配を感じるのだ。
しかしながら、公にその意思を示されてない以上、ムキになっては発言力の低下に繋がる。
勇者同士と言えど、今日出会ったばかりの赤の他人。
今後の話をスムーズに進める上での統率役というのは、やはり必要である。
ギルバートは上手く、誰にも気付かれない侵食速度でその地位を得たのだった。
「レスティアさんの話も片が付いたのですから、今後の成り行きについて討論を」
「今後の成り行きっても、俺らは散り散りになって各自パーティメンバーを集めながら、《世界の歪み》に最も近いとされる《死都エインヘリャル》での集結ってのがテンプレートだろ。今ここで話をするにも、未来予想なんてのは案外アテにならんぜ」
グレアデスは退屈そうにそう言ってのける。
その通りだ。定例通り進めるのならば、この場で散開してしまうのがベストと言える。
「ええ。ですが、今回ばかりはそうも行きません」
ギルバートの一言に面々の表情が真剣味を帯びる。
「《魔王》による侵攻で、エインヘリャルは沈みましたから」
事も無げに告げられた事実に、その場の全員が驚愕の表情を示す。
エインヘリャルは《死者の生きる街》と呼ばれる都市だ。
他の都市との外交はなく、その都市の住民は全て死者なのである。
魔術構造学的には、エインヘリャルを囲う分厚い結界が事象を変改させていると言われている。
だが、その都市が潰れた。
集結する場所は消え失せ、予定通りの進捗状況を形成出来ない。
苦渋の表情を呈する面々、ギルバートは一つ咳払いをして、こう告げた。
「━━では皆さん。どう致しますか?」