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恋愛魔法はじめました。  作者: 奈屋一郎
入佐ツインズ
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2-1 恋愛魔法にご用心

 つくしが名札に表示する恋愛魔法使い名を入佐由実の一票と高倉美香紗の二票から、高倉美香紗と明石桐花と常陸衣に変えてから次の日。早速変化が訪れた。

 すれ違う生徒はどことなく不安げで、不快そうにその名札を見る者もいた。

 教室に入って席に着くとすぐクラスメイトが声をかけてきた。友人の少ないつくしにはこんなことが初めてなので寄ってきた理由がなんにせようれしくヘラヘラとしていたが、すぐにつくしに対する好奇心で寄ってきたのではなく、自らの保身の為であることがわかった。

「どうして入佐由実さんの名前を外した?」

 少し怒ったような口調でクラスメイトの男子三人組が聞いてきた。

「なんでって、そりゃ桐花さんと常陸さんのほうが魅力的だから」

 思ってはいないがつくしはこれ以外にまともな答えは思いつかなかった。

「バカかお前? そんな名前の知れない練馬入れてどうすんだ?」

「ネリマ? ネリマって東京の?」

「違うって、略語だよ、略語。ったくいつも一人だからこんなことも知らないんだ」

 恋愛魔法使いを略して恋魔にし、それをレンマと呼ぶよりもネリマの方が響きがよく呼びやすく、隠語っぽいので生徒は恋愛魔法使いのことを練馬と呼ぶことが多かった。

「これは忠告だ。変更時間がきたら入佐由実さんに一票でも入れろ。じゃないと痛い目に会う。それにクラスメイトも巻き込まれるんだからその辺わかっとけよ」

 静かに威嚇するように睨み付けてそう言うとクラスメイト達は席に戻っていった。

 忠告と言いつつしっかりと脅している。クラスメイトに被害が起こるなんて連帯責任を強要されているようなものだ。

 クラスメイト達に気付かれないくらいに浅い溜め息をつくしはついた。

 心に渦巻くのは桐花への疑念だ。名前を入れ替えても問題はないと言っていたのに早速突っかかられてしまった。自信を持って言い切った発言をする人には注意が必要なのかもしれない。

 今日一日は最悪になるだろう。そんな予感が早々にする。

 もし入佐由実に変えれば明石会から仲間外れにされて恋愛魔法仲間を失う。桐花と常陸に変えればクラスメイトから嫌がらせを受けてしまう。だからといって八方美人のようにクラスにいるときは入佐由実、いないときは明石会にすることはできない。変更出来るのは四十八時間後だからだ。

「不知火くん。おはよう」

 高校に入って初めて朝の挨拶がつくしに向かって飛んできた。しかしつくしの体は強張る。その声がクラス唯一の恋愛魔法使いで、つくしと同じ中学で、昨日振られた敏馬玉藻のものだからだ。

「お、おはよう」

 どもりながらも挨拶を返すつくしは、敏馬の顔を見て驚いた。

 瞳が紫に染まっていたからだ。

 敏馬は恋愛魔法使いなのだから魔法を使えば瞳が紫に変わるのは当然のこと。

 しかしその魔法がつくしに向いていることが驚きだった。

 恋愛魔法は相手に好意を抱かせる為の魔法。

 今まで恋愛魔法しか頭になく、三百六十五回失恋というドブ色の青春を送ってきたつくしは、恋愛魔法を使われることなんて敵対視された高倉以外になかった。

 入佐由実に票を入れたときは、彼女や彼女が属する会の恋愛魔法使いから魔法を使われた訳ではなく、ただ隣の席の女子に入佐由実に一票入れておけば学園生活は穏便に過ごせると言われたからだった。

 その子に好意を抱かれていると勘違いし告白して振られたのは言うまでもない。

 昨日振られたというのに、自分に向けられた紫の瞳に自然と胸がときめくつくし。

 敏馬が使うのは内面魔法なのか外見魔法なのかそれとも感知魔法なのか。つくしは脳内でカシャカシャと計算音を立てて相手を落とすプロセスを組み立てる。落とされる側なのに。ここまでくると職業病に近い。

 さてどうくる! と爛々とした目で敏馬を見つめた。

 敏馬は期待を寄せるその表情に少し引きつつも魔法を繰り出した。

「不知火くんって普段何してるの? バカみたいに本ばっか読んでるの」

「はい。狂ったように本読んでます。今度貸しましょうか?」

「バカの読む本を読むとバカになっちゃうでしょ」

 上から目線の言葉と笑いを次々と繰り出す敏馬だが、つくしは不思議と悪い気はしなかった。むしろ罵られるごとに好感が増していく。

「そうだよね、ごめん敏馬さん」

「いや、その呼び方何だか遠くに感じるから」

「じゃ、じゃあどうお呼びすれば?」

「敏馬サマって読んで頂戴」

「わかりました。敏馬サマ」

 つくしのその言葉を聞くと気を良くした敏馬は机を強く蹴って自分の席に戻っていった。蔑む笑みを去り際に見せて。

 外から見ればただのいじめられっこ、もしくはいじられているだけなのだが、当のつくしは違った。

 敏馬の言葉が鼓膜を震わせるごとに、敏馬と視線が合うごとに、敏馬の体が少しでも動くごとに胸が締め付けられるように痛んだ。

 つまりは恋。

 その前兆にあるとつくしは感じた。

 昨日終わったはずの恋なのに再燃し始めている。

 たったの数分、数回の言葉のキャッチボールでつくしは恋の岸壁にいた。その原因は敏馬の恋愛魔法にある。

 まずつくしの好きな女性のタイプについて感知する。中学からの知り合いということで大体の傾向はわかっていたので確認する程度の少量の魔力で感知。つくしの周りにはぼんやりと青いモヤがかかっている。青いモヤを発している場合、攻撃的な発言をすればよい傾向にあるので、敏馬はキツい言葉使いと態度で接する。

 そしてコミュニケーションを取っているときに内面魔法を使い、キツい言葉使いは好意の裏返しというデレ要素を含める。

 相手の弱点を感知魔法で知り、内面魔法もしくは外見魔法でそこをつくというのが王道パターンを敏馬は実践した。今回の場合、つくしの弱点が強気な女子で、さらに一年間毎日失恋するという異常な惚れやすさ、そして昨日告白されたことで好意を持っているのは知っていたので、魔力を抑える為に言葉で恋愛の弱点を突いて内面魔法で少し穴埋めをするという方法を取った。

 つくしがとろんとした表情で立ち去る敏馬の姿を視線で追っていることをしっかりと確認した敏馬は、心の中で超チョロイと大笑いした。敏馬の多くはない魔力量の半分も使っていないのに、これほど引き付けることが出来ることは初めてだった。あとは休み時間ごとに一声かけ続ければ恋に落ちるだろうと確信した。

 しかしそれを実践したものの、つくしは恋の岸壁で粘り続けていた。

 ほぼつま先が崖から出ている状態のつくしをつなぎ止めていたものは、桐花からのメールだった。


『あんたに色目を使う奴らが出てくるだろうけど気をつけるように。冷静に考えればあんたを好きになる奴なんかいないしそれは一年間振られてわかってるでしょ。そんな男にこのタイミングで仕掛けてくる奴は間違いなく入佐会の奴らよ。あんたのクラスには入佐会の一年がいるんだから特に気をつけること』


 つくし自身、そんな事実は理解していたけれど惚れやすい性質と恋愛魔法に耐性がないせいで恋に落ちそうになっていた。

 恋に落ちる寸前にスパムメールの如く送られてくる桐花のメールを読んでなんとか敏馬を好きにならずに放課後を迎えることが出来た。

 帰りのホームルームで敏馬の眼に涙が溜まっていたのは、ギリギリのところで粘られた悔しさからだろうか、それともつくしを落とせなかった失態で責められるからだろうか。

 今日の出来事の中でつくしは気になることが数点あった。

 休み時間毎に恋愛魔法を使い落としにくるほど入佐由実に票を入れろと迫る入佐会員とはどういった存在なのか、学校生活を穏便でなくなることを出来る力を持つ入佐由実とはどういった人で、どれほどの力を持っているのか。

 それはつくしが敏馬にかけられる恋愛魔法の質が上がるほどに興味深くなっていった。

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