3-5 入佐会の秘密の部屋
咀嚼音と時計の秒針、そして廊下から壁から生徒の声がかすかに漏れるほど静かな明石会の教室。
花の女子高生の昼休みというのに、桐花と常陸は思案した顔を崩さず、向かい合って黙々と弁当を食べていた。
「それにしても何も思いつかないわ」
桐花が自虐的に笑うと常陸は無表情で冷たく言った。
「阿呆。諦めるな」
二人は考えていた。どうすれば男子以外を占えるか。
校内占い屋を始めて二日経つが、ソイラとの間接握手を求める男ばかりで女子の客は皆無だった。それに間接効果が日々薄れる中、もちろん客足も遠のいてく。収入があるのはいいが、元の作戦を見失ってはいけない。ということで、女子の客を増やす方法を昼休み中に考えていたのだった。
「諦めてませんー。考えてますよーだ。てかつくしはどうしたのよ? 集合メール送ったのに返信すらないとはなめられてるわね」
「噂によるとソイラちゃんとサボタージュらしい」
そう言って常陸はケータイでtwitterを表示し、画面を桐花に向けて生徒同士のやり取りを見せた。
そこにはつくしに対する嫉妬や、サボタージュを行うことへの怒りの言葉や二人が通学路を逆走する写真があげられていた。
「何よ青春ドブ色野郎にはふさわしくないイベント。まんまと恋に落ちてなきゃいいけど」
「落ちてる間違いなく。つくしの性欲はウサギ並」
「確かにあいつなら泣きわめいても腰振りそうなイメージある……ってつくしはいいから、女子の客を増やす方法考えなきゃ。衣はどうしてダメだと思う?」
「明石会は警戒されているから。と言ってしまえば終わりだけど、人目に付く場所で占われるのが嫌なんだと思う」
「なるほど、一理あるわね。占いといえば言わば相談のようなもの。それを大勢の前でされるのは気が引ける。だから大体路地裏とか仕切り作ってるのね、納得」
「確かにそれもあるけど、桐花に占われるのが嫌なんだってこと」
桐花はグーにした手で机をたたく。
「は? あたしに占われることが恥ずかしいことってこと?」
「それもあるけど、桐花は不真面目。だからそんな生徒に占われるのはプライドが許さないんだと思う」
「それもあるの!? じゃあどうすんのよ」
桐花はため息を吐いてから椅子にもたれ、首を秒針に合わせて左右に動かし大きな独り言を言う。
「人目につかない場所、それだとやってるって気づかれない、気づかせるためには宣伝、でも入佐会が生徒会を牛耳ってるのにそんな紙を貼らしてくれるわけない。ああ、どうすればいいの!」
発狂する桐花に常陸はさっきのTwitterの画面を見せた。
「何よ、Twitterがどうしたのよ」
「これでつぶやけばいい。例えば十七時から十七時半まで体育館裏で占いしますと。そうすれば人目につかない場所でもこのつぶやきを見てきてくれるかも」
桐花はやるじゃないとほくそ笑むも、とたんに落胆した。
「でもあたしTwitterなんて登録してるくらいでほとんどやったことないわ」
「大丈夫。衣のフォロワーは四百人を超えている。この学校のほとんどの生徒とつながっている」
「はあ? あんた友達いるの?」
「少なくとも桐花よりはいる」
「なんであたしと比べるのよ。あたしより友達少ないのはつくしくらいなものよ」
「それも今日で終わり。つくしはソイラちゃんと友達になるかもだから、桐花が一番少ない」
桐花は腕を組みふふんと笑ってみせた。
「何事も一番になるのは誇らしいわね」
強気な態度をとるも瞳が少し潤んでいた。
常陸が提案した移動式もしくは出張式占い屋で入佐会を釣ることに成功した。
昼休みに常陸は自分のTwitterのアカウントから「十七時半から明石桐花による能力診断もしくは恋愛診断を行います。場所は常陸までメールをください」とツイートした。
そのツイートにはふざけるな、インチキ等の桐花に対する誹謗中傷が二十件ほどあったが、占いを依頼するメールも十件ほどあった。
常陸は依頼人の名前、クラス、生年月日を聞き出し、恋愛魔法使い以外からの依頼は「予約がいっぱいになりました。ごめんね」と返し、恋愛魔法使いからの依頼のみを受けることにした。すると入佐会が二件入っていた。
桐花をおびき寄せる罠という危険もあったが、今は迷っている余裕なんてなかった。罠なら罠で逃げればいいだけのこと、二人はそう割り切っていた。
最初の依頼人との待ち合わせ場所である理科準備室に着くと、まず桐花は周囲に恋愛魔法使いがいないか感知魔法で調べた。教室の中や周囲にたくさんの入佐会がいれば明らかに異常だ。
調べた結果、中にいる依頼者のみだったので胸をなでおろす。
桐花が扉に手をかけると常陸が声をかけてきた。
「占いの結果よりも信頼感を得ることが大事」
「わかってるわよ」
「高倉が合宿から帰ってくる一週間までに入佐会を潰さなくてはいけない。三日間で入佐会の情報を入手し、そして二日間で入佐会の穴をねらう」
「そんなにうまく話が進むのかわかんないけどね」
「依頼者の名前はまこと。一年生。頑張って」
常陸はそう言うと教室を離れていった。桐花が占っている間に襲撃されないように護衛として周囲を見回るために。
「久しぶりだな」
桐花は声を弾ませてはいるが内心緊張していた。昨日までの間接握手会で男子にやった占いとは違う本気の占いはつくしに行った一年以上前のこと。それに今回は入佐会の情報を聞き出さなければいけない。自分にそこまでできるだろうかと一瞬不安になるが、自分には感知魔法があると言い聞かせて気持ちを落ち着ける。
そして何よりもやっと入佐会を潰す段階に入ったのだ。桐花はニヤリと笑った。
教室に入ると丸椅子に座った短い茶髪の少女の姿が見えた。快活で運動部っぽい雰囲気がある。
「よろしく。まことさん。まーちゃんでいい? あたしのことは知ってる?」
茶髪少女と目が合い桐花はそう言うと茶髪少女は何回もうなずいた。
「もちろんっす。先輩たちから話は聞いてますから」
「ちなみにどう聞いてるのかしら?」
「ええっとすね。能力の無駄、逃げ足だけは速い、コネのAランクとか」
「いい方で頼むわ」
「いい方っすか? うーん」
と首をひねった後、あからさまに思いついた顔をして茶髪少女は言った。
「ただで占いしてくれる」
絶対自分で今考えただろと突っ込みそうになるが、初対面なので気持ちを抑える。
「あっそう、ありがとう。じゃ、早速占いはじめようか。でもまずはまーちゃんの恋愛魔法鑑定しようか。自分がどの恋愛魔法が得意か知りたくない?」
「もちろんっす。むしろそこが気になっていました。明石さんは感知能力だけは一流と聞きましたし」
一言余計だが、まことは素直そうでかなり人懐っこく桐花に対する懐疑心もないように思える。これは案外簡単に信頼感を得られるかもしれない。桐花は楽勝と心の中で笑う。
まことの利き手である左手を見てから全身を舐めるように見る。二分間そうした後に桐花は大きく息を吐いて「終わり」とつぶやいた。
「どうでした? どうでした?」
まことは身を乗り出して聞いてくる。よほど自分の能力について知りたいのだろう。
「まーちゃんは今内面魔法の学科で勉強しているでしょ」
「すごいっすね。どうしてわかったんですか」
「センスのない能力なのにそこそこ完成度が高いから。でも内面魔法に伸びしろはあまりない。どうして内面ばかり伸ばそうとしたの?」
「全部平均的にして、そっから好きなのにしてみようかなって」
「まーちゃん、それは無駄なこと。あたしたちが恋愛魔法を使える期間は限られてる。ま、セックスしないっていうなら別だけれど、可能性としては今すぐにでも失うこともあるだろうし、大学進学のためなら三年までには完成させないといけない。そんな短時間で苦手な能力を鍛えても無駄」
「無駄なんすか?」
明るかったまことの表情に影が入る。
「残念だけどね。でもその遅れを取り戻すために今までよりも頑張ればいいだけの話。まーちゃんには戦闘魔法が向いてる。しかも可能性としてはAランクに届くかもしれない」
桐花の鑑定ではまことに恋愛魔法の才能はさほどなかった。現在の能力がオールEとするなら、あと三年でオールDになれば及第点といったところだ。しかし戦闘魔法だけはそこそこの才能を持っていて、Bの上くらいは備えている。少し多めに言って自信を付けさせようとしたのは桐花のちょっとした優しさだ。
「Aってことは入佐姉様たちより上?」
「そう」
「噂では入佐姉様たちと戦闘魔法で太刀打ちできるのは、三年の宇治さんと敷島さんだけときいたことがあるんすけど、この二人よりも上っすか?」
「敷島さんよりは上だけど宇治さんには勝てないわ。あの人は能力以上に戦いが上手だし」
「なるほど。参考になるっす」
「まーちゃんの場合、考えすぎるとダメになるから何でも感覚で捉えればいいわ。誰に言われても無視しなさい。じゃないとAランクにはなれないから」
「直感っすね。大好きっすそういうの」
まことの笑顔につられつい桐花も笑ってしまうが、心の中では早くも占いに飽きていた。すごい才能の持ち主ならテンションが上がるのだけれど、モブキャラの能力なんか見ても興奮しないし、そんな相手にアドバイスしたところで時間の無駄にしか感じられないからだ。
さっさと入佐会について聞きたいな、と心の中で思いつつも、桐花はまことの相談に乗ってあげた。そして三十分後、信頼関係がそこそこ築けてきたという自負のもと、桐花はやっとアクセルを入れた。
「まーちゃんはどうして入佐会に入ったの?」
「別にって感じっす。能力ある子たちはなんか理由あるみたいなこと言ってますけど、うちらみたいな下っ端はなんとなく、中学の頃の先輩がいる会だからって感じっすね。でも入佐姉様たちはいい人で平和主義なんで大好きっす」
「そうなんだ。あたしも入佐会に興味あってさ。なんか面白い話知らない?」
「ああ、あるっすよ。開かずの扉ってのが三階の、入佐姉様から一番離れた部屋にあるんす。誰かいる気配はめっちゃあるんすけど、入佐姉様から近寄っちゃダメっていわれてるんすよね。噂じゃお化けを飼ってるんじゃないかって」
「お化け? いつからよ」
そんなものいるわけないじゃない、と内心鼻で笑っていたが、表面上は興味ありそうな顔を作る。
「確か五月くらいだったはずっす。いきなり空き部屋を作ったのを覚えてますから」
お化けではないだろうが、何か意味ありそうなその部屋は少し興味深い。もっと詳細を聞きたいけれど次の依頼人の時間に迫っていたので、桐花は話を切り上げることにした。
「もっと話聞きたいんだけどね。詳細な占いもしてあげたいだけど、今日はあんまり調子よくないんだ実は」
「マジっすか? 今日でもかなりいい話聞けたっすよ?」
飛び上がって驚くまこと。急に立ち上がった勢いで丸椅子がカランカランと揺れる。
「明日はもっと調子でそうなんだけどどう? 空いてる時間あったらまたやらない?」
「大歓迎っす!」
というわけで、案外簡単に入佐会の下っ端一年を虜にしてしまった。
もしかすると入佐会の結束はガバガバで内部破壊はすんなりいくかも、などと浮ついた気持ちで二組目の入佐会に会ったが、面識がない一年生の彼女はかなり警戒心が強く、恋愛魔法鑑定のあとにプライベートな話しを少し、入佐会の探りを入れた瞬間に警戒した猫のような眼になってすぐに帰って行った。
同じ一年なのにこの警戒心と忠誠心の違い。
入佐会とは一言でくくれない大きなものなのだと、桐花は改めて感じた。




