3-3 占いリベンジ
「いらっしゃーい。初日セールで半額だよ」
桐花は校門の近くで下校する生徒に向かってメガホン片手に声を張り上げていた。まるで商店街の八百屋のような感じだが、ジャージ姿に魔女チックな黒マントに黒い帽子をかぶっているのでかなりアンバランスだ。
常陸はというと『占い五百円』と書いた札が置いている机に座ってわれ関せずと仏頂面で文庫本を読んでいる。
生徒たちは桐花を避けるようにそそくさと一瞥して早歩き、もしくは何も見ていないと目を合わせず校門をくぐって学校から解放されていく。
「五百円を二百円にするからやりなさいよ」
桐花はイライラしながら女子のグループに声をかけるも、恐喝をされているような怯えた目をして「ごめんなさい」と駆け足で逃げていく。
三十分間声を張り上げても結果が出ない桐花のイライラは募っていく。当然そのイライラは常陸に向く。
「ちょっとあんたも手伝いなさいよ。本なんて読んでないで。そもそも入佐会を内部分裂させるための情報収集ってあんたが考えた作戦じゃない」
右手で本を持って読んだまま左手を開く。そこには銀色の小銭があった。
「何よこれ?」
「数えればわかる」
数えると七百五十円ある。ジュースを買いに行けという意味ではないことはわかる。
「七百五十円だけどそれがどうしたの?」
「時給で七百五十円ならまあまあか」
「もしかしてあんた占いで?」
常陸はこくりとうなずいた。桐花の顔が見る見るうちに赤くなる。一時間も呼び込みをしていたのに誰も寄ってこないし、気づかないうちに客は取られているし、何のための喉の痛みなのか。
「あたしを呼んでくれればよかったじゃない。お客さん来たって」
「衣の顔を見てきてくれたお客さんだからあえて呼ばなかった。それに占いの目的は金銭を稼ぐためじゃなく入佐会の情報収集のため。だから衣が占っても問題ないはず」
「あー言えばこー言う」
「口を動かしたついでだから言わせてもらう。占いに呼び込みはやめた方がいい。それも売り文句が半額なんて尚更。占いが半額だからやってみようなんて思わない。それなら元より二百円で占うべき。というか情報収集だけなら無料でいいはず。お金を取る意味が分からない」
「タダであたしが動くわけないってみんなわかってるからあえてお金取ってるのよ!」
「なるほど」
「そこだけ納得するな!」
声を張りすぎて疲れた桐花は大きく深呼吸して息を落ち着かせる。頭の中がリフレッシュされ、客寄せをしないでも人が来るならボーっと待つことにした。
常陸の横に座って空を眺めながる。半紙に墨汁をまいたような暗い雲が広がっていて雨が降りそうな気配がする。
「ところでさ、入佐会の情報は何か取れた?」
「まったく。一般生徒だから何も知らない様子だった」
「じゃあ頼みの綱はつくししかいないわけか」
「どうしてそこで不知火が出てくる?」
疑問を口にしている常陸だが文庫本から目を離さず相変わらず興味はなさそうだ。
「どうせつくしのことだから大津に惚れてんでしょ。まんまと心を奪われてからあたしの恋愛魔法で心を戻して大津から得た入佐会の情報を奪うってわけ」
「それは中々下種な考えだけど理に適っている。問題はソイラちゃんに入佐会が有益な情報を流しているかもってこと」
「確かにその不安はあるけど、無駄に惚れて振られるよりましでしょ。っと言ってると姿を現すものね。これも恋愛魔法の効果かしら」
「約束の時間通りに来ただけの話」
桐花は常陸の言葉に舌打ちをする。
常陸の言う通り、桐花はつくしに大津を連れて十七時に中庭にこいとメールを打ち約束をし、魔法も何もなく、ただつくしが約束を守っただけだ。
つくしはソイラと仲良さげに談笑しながら中庭に現れた。自然と桐花は奥歯をギリリと鳴らす。それを聞いて常陸は嫌らしい笑みを浮かべる。
「もしかして嫉妬?」
「バカ言ってんじゃないわよ。ただあたしという超級の恋愛魔法使いよりも一般人に恋してるってのがムカつくだけよ」
桐花はいつもより声を荒げ、頬を赤く染める。
「あれだけの美貌を持っていれば永久機関者として優秀に違いないはず」
「永久機関ねぇ。本気出せばしょぼい恋愛魔法使いでも勝てるんじゃない?」
「衣は恋愛魔法使いよりも優れた永久機関者はいると思う。現に衣の隣にいる人間は永久機関に近い魔力回復力を持っている。半分そっち側と思う」
「これはあたしの努力の賜物よ」
「努力でどうにかできる次元じゃない」
「じゃ才能よ」
「その才能が永久機関と言っている」
話は平行線をたどり、睨み合う視線は火花を散らす。そんな二人の空気を読まず、浮かれたつくしは上ずった声で呼びかけた。
「二人ともどうしたんですか。なんか白熱しちゃってますね」
すぐに桐花はつくしをにらみつける。
「ああ? うっさい発情期。いいから大津を占わせろ」
「ひどい態度ですね。そんな態度なら大津さんを占わせませんよ」
「お前は大津のなんだっていうんだよ。権限はおめーにねーんだよ。調子のるな」
「あっ、言ったな。大津さん。こんな態度の悪い占い師ロクなもんじゃありませんよ。帰りましょ」
そう言ってつくしは立ち去ろうとしたが、ソイラは即席占い屋の前から離れなかった。
「わたくしでよければ占っていただけますか? 気になります。第二の春日あさひと呼ばれた感知能力」
「ふん。金さえ払えばだれだって占う。それがあたしのポリシーよ」
「お金ですか? でも……」
「金が払えないなら帰れば。あたしの能力に無価値という輩にゃ占われる資格はない」
ふんぞり返って不機嫌な態度を示す桐花。ソイラは申し訳なさそうな顔でちょんちょんと値札表を指さす。桐花は不機嫌な顔のまま値札表を見てため息をついてからすぐに常陸をにらみつけた。
「あんたいつのまにタダにしたの?」
「桐花が気づかないうちに」
「それはわかってるわよ」
「二百円くらいで。みっともない」
「そういうことじゃない……んだけど。まいっか。座りなさいよ占うわ」
確かに事情を知らないソイラからすればたかが二百円で騒ぐのは変だと思われてしまうかもしれない。桐花はコホンと咳払いをする。
「ありがとうございます。占いとはタロットですか? 手相ですか?」
「道具はあくまでお客さんの気分を盛り上げるモノ。あんたは恋愛魔法好きみたいだから必要ないわ。だからジッとあたしの目を見てればいい」
桐花にそう言われソイラは素直に瞳を見つめる。どうして目を見つめる必要があるのだろう、その瞳に何か秘密があるのかもしれない、そんな好奇心で瞳が輝く。
「視線がうるさい。やっぱ見ないで。集中途切れるから適当にしといて」
「適当でしょうか? はい」
そう言われては瞳を見ることができないので手を見ることにした。桐花は何か気を送るように両手を広げソイラに向けていた。その手つきが春日あさひのものとよく似ていた。
「その手つき。春日さんとよく似ています。師弟関係にあったことがわかります」
「あんな人師匠でも先生でもないわ。てか話しかけないで、ちゃんと占ってほしいなら」
ついつい口を滑らせてしまったと、ソイラは軽く頭を下げた。
それから無言でソイラの方の手を形を確かめるような感じで丁寧に全体を触れた。
触れ終わると大きく息を吐いて「終わり」とつぶやいた。
「結果はいかがだったでしょうか?」
「ちょっと待って。言葉にまとめてるから」
机に体を乗り出す勢いを見せるソイラに片手を向けてタイムをかける。そんな姿勢のまま一分後、やっと桐花は口を開いた。
「ストレートに言うわ、だから我慢できなくなったら逃げていいわ」
凄む桐花の表情に息をのむソイラは神妙に頷いた。その高い感知魔法で何を見たのかという好奇心よりも恐怖心が少し上回る。
「あなたには何も感じない。こちら側とは違う人間と言わせてもらうわ。だからなろうとするのは諦めなさい。他に方法があるってことは大津も気づいているでしょ」
「ワワッワワワワカッテましゅよ」
明らかな動揺を見せるソイラ。体が口が思うように動かないのか、寒さでうまくしゃべれないような感じになってしまっている。残念ながら今日は震えるほどの寒さではない。
「あたしたちは来年受験なんだしさ、いつまでも変わらないわけにもいかない」
「明石さんは推薦で大学に行かれるのでは?」
「は? 一生使えるわけない能力で推薦もらってそれからどうするのよ。研究に役立てる? 先生になる? どっちにしろ普通の勉強が大事なのよ」
「そんな夢のないことを言わないでください。……悲しいこと言わないでください。……宇治さんと同じこと言わないでください」
涙をためたソイラは唇をかみしめながら尖らせた視線で桐花を見て、鼻をすすると校門の方に駆けていった。突然泣き出し立ち去るソイラに対し、どうすればいいかわからないつくしはその場で挙動不審に辺りを見渡す。
情けないつくしに頭を抱えつつ「追いかけろ! 追いつけなくてもいいから!」と怒声を浴びせた。
「桐花さんたちは?」
「これから稼ぎどころなのよ。さっさと行け」
シッシと駄犬を逃がすような仕草でつくしを追い払う。つくしは顔をかしげながらもソイラの後を追っていった。
「さあこれから間接握手会の始まりね」
桐花は自虐的な笑みを浮かべて、校舎からこちらにむかって歩いてくる男子を見つめた。
素早く値段を五百円に書き変えて「いらっしゃい」と営業スマイルを振りまく。
三人組が机の前を陣取ると左右の二人が中央の一人に半ば強制される勢いでおどおどとして声を震わせながら「占ってもらえますか」といった。
もちろん断るわけがない。入佐会の情報が入る可能性、そして五百円が手に入るのだから。
軽く一人を占い終わると、辺りは数十人の男子が囲んでいた。桐花は男子の人数を数え微笑する常陸に耳打ちした。
「にしても女子が全くいないわね」
「当然。あいつらはソイラちゃんの触れた手に触れたいだけ」
「気色悪いやつばっかね。ったく占う価値もないわ」
「五百円もらえるんだからぶつぶつ言わない」
「へいへい」
桐花は手を叩いて空いた席に座るように男子どもを促す。
「はい、そこのたれ目の人。次あんただから手を出して」
このあと大津ソイラの間接握手会は一時間に及んだが、女子の参加者はおろか入佐会の情報すら得られなかった。ただ得られた収入は少なくはなかった。




