4.出会いⅡ
(……さて)
目の前には、思いのほか勢いよくすっ転んだ男たちが地面に倒れ込んでいる。
(取り敢えず割り込んでみたが、どうするか)
フードを目深に被ったマントの男――トールは心の中で呟いた。
宿を出て、真っ直ぐに魔王城を目指したトールは、魔族領土へと足を踏み入れていた。
魔王城までは、もう目と鼻の先だ。
魔族領土内のとある町に訪れたトールは、小腹を満たすために屋台を物色していた。
時間帯はちょうどお昼時。
辺りには美味しそうな食べ物の匂いが充満していた。
沢山ある屋台の中で、一番トールの目を引いたのは串焼きの屋台だ。
大きくぶつ切りにされた肉が豪快に串に刺され、屋台の鉄板で焼かれている。
「すみません、串一本ください」
迷わず店主に声をかけた。
そして。
屋台の店主から肉の刺さった串を受け取ろうとした時、遠くの方で悲鳴のような叫びが聞こえた。
首を巡らせてみれば、通りの向こうに道行く人の間を必死に走っている少女が見える。
その後方には、少女を追いかけるように怒声を上げて走る三人の男たち。
男たちの顔半分は爬虫類のような鱗に覆われ、開けた口から鋭い牙を覗かせている。
魔族だ。
手前を走る少女は一見、人間のようだが、走る少女の髪から覗く耳が鋭く尖っており、それが彼女が魔族であることを示している。
追いかけっこを繰り広げる一人の少女と三人の男たち。
どちらも魔族のようだが、どう見たって、ただ事ではない。
トールは追いかけっこをしている集団を眺め、次いで手元の串を見る。
(……よし)
一つ頷いて、トールは決断した。
「何すんだ、テメェ!」
トールに足を引っ掛けられた男が、体を起こし怒鳴ってくる。
それに意識を戻し、どうするか、とトールは先ほどの問いを心の中で繰り返した。
あまり時間はかけたくない。
(手早くすますか)
「聞いてんのか!」
「黙ってんじゃねぇぞ、コラァ!」
起き上がり詰め寄ってくる男たちを、トールは見返した。
三人とも、トールよりも体格のいい男たちだ。
憤怒の形相の男たちに、囲まれるように見下ろされている。
だが、トールに恐怖はなかった。
「……女一人を寄ってたかって追いかけるのは、感心しないな」
言いながら、ゆっくりと片腕を前に突き出し、頭の中で術式を構築する。
そして、音と共に魔力を乗せて――、
「《ウインド・ハンマー》」
発動。
ゴォッという唸りを上げて、風の槌が放たれる。
「で、大丈夫だったか?」
後頭部に衝撃を受け、地面に昏倒した三人の男たちから視線を外し、少し離れた位置から呆然とした表情でこちらを見つめる少女を見返す。
「え、あ、はい」
「そうか」
少女の方にゆっくりと歩み寄りながら、トールは少女の様子を確認する。
突然の事態に意識が上手くついて来ていないようだが、肩で息をしている以外、特に外傷を負っているような様子はない。
追いかけまわされてはいたが、暴行を受けてはいなかったようだ。
それに一つ頷いて、トールは少女の目の前に立ち止まり手を出す。
「てことで、はい」
「えっと、これは……?」
手のひらを上にして差し出すと、少女は困惑したような顔になった。
地面に転んだわけでもないし、握手するような状況でもない。
この手は何なんだろう?
そう疑問に思っているのだろう。
困惑した表情に、ありありと浮かんでいる。
そんな少女に向かって、トールはにっこりと笑顔を見せた。
「ちょっと金ちょーだい」
「は!?」
「いやー、勢いで出てきたはいいけど、そういや、魔族領って他のとこと通貨が違うんだよな。失念してた」
ははは、と差し出した手を動かしてトールは自分の頭を軽く叩く。
ギルド発足以降、人間領の通貨はどの国でも使える共通通貨が主流になっている。
そのためトールは失念していた。
場所が変われば通貨も変わる。
魔王領で使用されている通貨は、魔貨と呼ばれる硬貨である。
しかし、トールが持っているのは人間領の共通通貨のみだ。
魔族領で使える通貨を持っていなかった。
「へ?」
「取り敢えずは、この串代、よろしく」
片手にさっきからずっと持ったままだった串を、軽く少女の目の高さまで持ち上げる。
「は、え、お金!?」
まだ今いち言われたことを理解しきれていない少女に、トールは至極真面目に言った。
「俺はお前を助けた。お前は俺に助けられた。世の中ギブアンドテイク。当然だろ?」
何が可笑しいことがある? と首を傾げるトールに、少女は目を白黒させる。
助けて貰ったのだからお金を払う?
でも頼んでないし。
いや、それでも助けて貰ったのは本当だし。
てか、これは当然なの?
いやでも、今までこんなこと――。
などと小さく呟きながら軽くパニックに陥っているらしい少女に、トールはもう一度手のひらを上にして手を突き出した。
「ほら、早くしろよ」
「は、はい!こ、これを……!」
慌てて少女は手の中に握っていた財布を、突き出された手のひらの上に乗せた。
その素直な態度に満足して、トールは渡された財布を開く。
中を見て、トールは僅かに眉を寄せる。
「あ、あの……、何か?」
ビクビクと少女が問いかけてくる。
「いや、何でもない」
トールは軽く首を振って、さっき串を手渡してくれた店主のいる屋台に足を向けた。