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1.魔王

3/21 後半部分加筆修正

 魔王とは、全ての魔物、魔族の頂点に君臨する存在だ。

 魔王はある日、突然生まれる。

 生まれた時から魔王である者もいれば、ある日を境に魔王となる者もいる。

 魔王とは、“歴代魔王”の記憶と魔力を受け継いだ存在だ。

 魔王が死ぬと、その時の魔王が持っていた魔力と記憶が次の魔王に引き継がれる。

 魔王になるのに、種族の壁は存在しない。

 魔族のみならず、精霊族、龍族――人族だって、魔王になる可能性がある。

 『生き物』であれば、誰でもなる可能性はある。

 極論で言えば、人より小さい犬や猫のような愛玩動物でも、コオロギやバッタのような昆虫でも、川を泳ぐ小魚でも。

 可能性はある。

 まぁ、その場合は器が小さすぎて受け継ぐ記憶量と膨大すぎる魔力に耐えきれず、魔王になった瞬間に体が弾け飛び、すぐに次の魔王へと存在の引き継ぎがされることになるようだが。

 器が小さい者が魔王になったとしても、次の瞬間には世代交代だ。

 生物にはそれぞれの器――魔力を内包出来るキャパシティがあり、いくら魔王になる可能性があるとはいえ、魔王の膨大な魔力をその器の中に収めきれる存在となると、実のところ限られてくる。

 とにかく小さな生物よりも、大型の生物の方が魔力を内包出来る器が大きい、と考えて、まぁ間違いはない。

 実際には、個々でその器の大きさもかなり変動するが、ここでは割愛しておこう。

 ちなみに、今まで魔王は1567人いた。

 それを多いと取るか、少ないと取るかは、人それぞれだろうが、とにかくそれだけの間、魔王という存在は引き継がれてきたということだ。

 そして一番重要なのは、魔王は世襲制ではないということである。

 指名制でも、実力制でもない。

 魔王の決め方は完全なランダムだ。

 先ほども言ったように、魔王はある日突然生まれるのだ。

 突然、それまで魔王と何の関係もなかった者が次の魔王となったりもする。

 まぁつまり、何が言いたいのかと言うと――…。


「ま……、マジかよ……」


 彼、トール=デルトは、たった今、第1568代目魔王になった、ということだ。


◇◇◇◇◇


 彼、トール=デルトは、冒険者だ。

 幼い頃、親から聞かされた勇者の物語に憧れて、いつの日か勇者になることを夢見て冒険者になった。

 まぁ、夢見たからといって、勇者というものはそうそうなれるモノではない。

 自分の夢の無謀さを理解しつつも、一縷(いちる)の望みを賭けて冒険者となり、まぁ現実の厳しさに挫折したわけだが。

 それでもトールは夢と現実の見切りを付け、凡人は凡人なりに一冒険者(いちぼうけんしゃ)として、それなりに折り合いをつけて生活していた。

 家族は妹が一人。

 両親は、父親が幼い頃に、母親が二年ほど前に、流行り病で亡くなっている。

 恋人はいないが、気の合う友人はそこそこにいて、それなりに楽しい毎日を謳歌している普通の人間。

 ――それが、十分ほど前までのトール=デルトという存在だった。

 生まれ持った才能があるわけでも、優秀な師がいるわけでもないトールは、ごく普通の冒険者としてその時その時で募集しているパーティーに入ったり入らなかったりと気ままに行動していた。

 だが、そんな日常はついさっき、あまりにも唐突に終わりを迎えた。

 勿論、終わりを迎えた理由は、トールが魔王となったからである。


(ど、どどどどーするよ、俺!?)


 そんな彼は今、彼が現在宿泊している中級冒険者御用達の安宿の一室で、混乱の真っ只中にいた。

 突然、魔王となったのだ。

 当然だろう。

 とても信じられないような出来事だ。

 たった今、自分が魔王となっただなんて。

 だが、彼の中にある歴代魔王の記憶が、彼が“魔王”になった事実を否応なく突きつけてくる。

 そして彼自身も、自分が魔王であることを自覚していた。

 嘘だろう? とか。

 冗談だろう? とか。

 そんなこと、思いたくても思えない。


 トール=デルトは“魔王”になった。


 まだこの世界の誰もそのことを知らないが。

 それは覆しようもない、十全たる事実だった。

 いつまでも混乱は続かない。

 一通り混乱した後は、少しだけ冷静な思考が戻ってくる。

 無慈悲なまでに事実を突きつけてくる“歴代魔王の記憶”を、どうにかこうにか受け入れて。

 そして、彼がまず思ったのは、


(――夢は(つい)えた……)


 だった。

 別に、今でも本気で自分が勇者になれる、だなんて夢を持っていたわけではない。

 自分のような冒険者の端くれでしかない人間が勇者になるなんて夢のまた夢。

 そう、現実を見て、夢に見切りをつけていたはずだった。

 だけど今こうして、現実にもう絶対に勇者にはなれない立場になって――、トールは酷くショックを受けた。

 見切りをつけたつもりで、実は諦めることなど出来てなかったのだ。

 そんなことに自身が魔王となって、ようやく気付いた。


(どうしたらいいんだ……)


 諦めの悪い自分を笑うことも出来ないくらいに、トールは落ち込んだ。

 夢を諦めきれていなかったことに今更気付いたところで、勇者の敵である魔王となってしまった彼に、勇者となる道はもはやない。


(……俺は魔王だ)


 魔王に、なってしまった。

 魔王は勇者にはなれない。

 自分はもう、勇者にはなれない。

 なれないけど、ずっと持ってた夢を簡単には捨てたくない。

 なら、どうしたらいいのか。

 落ち込んだまま、トールは必死で考える。

 考えて考えて――。

 チュンチュン、と窓の外で小鳥が囀っていた。

 カーテンの隙間からは、部屋の中に朝日が差し込んでいる。

 いつの間にか、夜が明けていた。

 ベッドの縁に腰掛け俯いていたトールが、小鳥の声に反応して顔を上げる。

 昨夜のように動揺してる様子はない。

 その目には、力強い光があった。

 一晩中悩み抜いた。

 勇者にはなれない。

 でも、夢も捨てたくない。

 なら、どうにか別の方法を考えるしかない。

 別の、夢を捨てずに、勇者になりたかったという自分の夢を叶える方法を――。

 そして。

 徹夜でナチュラルハイになっているトールの脳は、だいたいそんな思考の流れで一つの結論に行き着いた。


(それなら、勇者を作ろう!)


 と。

 勇者となる道はない。

 だが、勇者となりうる者を導く道は――ある。

 そう、自分自身が最大の敵として立ちはだかり、最高の勇者を作り上げるのだ。

 自分が勇者になることは、もう無理だ。

 ならせめて、勇者の誕生する瞬間を見てみたい。

 自分の理想を具現する、最高の勇者を――自分の手で作りたい。

 幸い――なのかどうなのかは知らないが――トールは魔王。

 こうなったらもう、最大の敵として立ちはだかり、史上最強にして最高の勇者を作り上げてやろう。

 トールは決意する。

 ベッドの上に置いている手を、グッと握り締める。

 魔王、トール=デルトのこれからの目標が定まった瞬間だった。


徹夜明けでナチュラルハイな脳みその時って、ちょっと可笑しな結論が出たりするよねってことで。

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