母の日に
ピロー型のボックスに赤いリボン。そこに添えられた赤いカーネーション。今日は五月十二日、母の日だ。この中にはプレゼントとカードが入っている。わたしにとって母の日はお母さんの誕生日くらい大切な日。いや、プレゼントの質を考えれば、母の日の方が大切にしているのかもしれない。わたしはそれだけお母さんに感謝しているから。
そっとそのプレゼントを抱きしめると、これを買った時のことを思い出す。今回はわたし一人で買ったのではない。その時のことを思い出すだけで頬が緩む。それだけ楽しかった。
待ち合わせはいつもの公園。何度目かになるデート。このデートと言う響きに未だに頬が緩む。未だに夢の中のようなふわふわ感がある。まだ、片手で足りるくらいしかデートをしていないからかもしれない。
先輩にバレンタインデーに告白をして、不思議なことにホワイトデーで告白された。それから付き合い始めて、でも、先輩は高校の剣道部が忙しくて、週末にあまり会えなかった。それが不満と言うことはない。剣道をしている先輩を見て好きになったのだから、剣道を大切にしてもらいたいから。それに諦めていた恋だったわけだし。――それは本当の気持ちだけれど、少しだけ淋しい。こんな事口にできないけれど。
五月の連休はお互いに家族と過ごしていたので会ってはいない。本当は今日も会えなかったはずだ。五月六日、まだゴールデンウイーク中だから。でも、買い物に付き合ってほしいとドキドキしながら思いきって告げると、先輩は悩むことなく頷いてくれた。それがどれだけ嬉しかった事か。
公園のベンチで待っていると、先輩が走って公園に入ってくる姿が眼に入った。今日も本当に素敵だ。シンプルな服装は先輩に合っている。ジーパンと黒のTシャツにグレーの薄手のパーカー姿だ。パーカーはフードと袖口部分が赤のチェックになっている。とてもかわいらしいデザインだ。
今日は曇り空で太陽の熱が遮られているので少し涼しい。だけれど、走ってきた先輩は熱いらしく、腕まくりをした。
「ごめんね、待たせちゃって」
肩を上下に揺らしながら、先輩は申し訳なさそうな笑みを浮かべて言った。相当おもいっきり走ってきたみたいだ。
「いいえ。そんなに待っていませんから、気にしないでください」
「もうちょっと待ってね。息を整えるから」
胸元に右手を当てて、深呼吸をするように息を整える先輩をじっと見つめた。少し身長が伸びたのではないだろうか。なんか顔との距離が広がったような気がする。
「何?」
笑みを浮かべて尋ねられて、思わず視線を逸らしてしまった。見つめていたことを知られてしまって恥ずかしい。
「いえ、なんでも」
「そう?じゃあ、駅に向かおうか」
「はい」
先輩はそっとわたしに手を差し出した。その手をじっと見つめた。よく見ると、微かに震えている。何かと思い、視線を手から上に上げ、先輩の顔を見上げる。驚いた。先輩の耳が真っ赤になっている。それだけではない。顔も真っ赤だ。逸れていた先輩の視線が戸惑うようにわたしに向けられた。わたしが首を傾げると、先輩は苦笑した。そして、溜め息を一つ零した。
「俺が勇気を出して手を出したのにそのきょとん顔は何?今日こそはって思っていたのに、その勇気が――いや、こういう時はきちんと言わないとなんだよね。手をつながない?」
あ!何と言う事を。こういう場合はそれを察して自然に手を差し出さないと先輩だって――顔を真っ赤にした先輩の姿。視線がすっと逸らされ、そして恥ずかしそうに耳をいじる手。わたしはそっと差し出された手を掴んだ。先輩はこちらを見ずにその手に力を入れた。なんか恥ずかしい。だけれど、嬉しい。先輩に触れた。先輩の手に手が触れた。ぎゅっと握られ包まれて、先輩と一緒に歩く。恥ずかしくて俯いてしまったけれど、何か本当に幸せだ。
それから、駅の改札で手は一度離れたものの、他はずっとつないでいた。再び手をつなぐ時、お互い照れてしまって笑みで誤魔化していたけれど、先輩がわたしと同じ思いでいるような気がして嬉しかった。
目的地はショッピングモールだ。一日中いても飽きないくらいの店舗数だが、お母さんくらいの年齢の人用の店は多くはない。だが、他に買いに行く店が思いつかなかった。
「で、何を買うの?」
「五千円以内で買えるものがいいんです」
「五千円か。――となると服はどうなのかな?ピンキリであるし、バッグとか財布よりかは選びやすい気がする」
電車の中で母の日のプレゼントを買いたいと言うと、先輩は「偉いなあ」と感心した感じで言ってくれた。別に偉いわけではない。お小遣いは母が働いたお金のものだし、そう考えるとプレゼントをあげる意味があるのかどうかも分からなくなる。そんな事を言うと、「お小遣いをもらった時点でそれは君のものだよ」と笑って言ってくれた。毎月最低でも五百円貯金する。それが一年分で六千円以上になる。父の日には買うものが決まっているので、それを差し引く形になると大体5千円以内で買えるもの、と言うことになる。
「洋服か……。そうですね。スーツの下に着るカットソーやブラウスでもいいですし、休日に着る薄手のカーディガンでもいいですよね」
母はスーツを着てバリバリと働いている人だから、そのための服、と言うのも悪くはない。だけれど、仕事から解放された休日に着るちょっとしたかわいらしいものと言うのもまた悪くはない気がする。母は働いているせいか、それとも元々なのか分からないけれど、実際の年齢よりも若く見られる傾向がある。結構苦労させているのに、そんなところ微塵も感じさせないような感じだ。だから、少し若い感じのデザインでも似合うし、スタイル的にも問題ない。
ショッピングモールは基本的に若い人向けの店が多く並ぶ。わたしより少し年齢が上の人から二十代くらいの人用が多いのかもしれない。そう思うと、お母さん用のものは少ないけれど、シンプルな服ならば問題ないだろう。母の日ギフトのところから選ぶよりも選択肢はありそうだ。
連休の最終日、思った以上に混んでいた。だけれど、先輩がきちんと手を握ってくれていたし、気を遣ってくれたこともあってあまり窮屈さは感じない。数歩後ろから見る先輩の姿はたくましい。やっぱり身長も伸びたみたいだ。全体的にも少し大きくなったような気もする。
「ほら、ここにいっぱい目的のものがある」
シンプルなデザインのものが並んでいる店は、二十代後半から三十代の女性を対象にしたような店だ。お母さんが好みそうな雰囲気がある。まだお母さんと会ったことのない先輩がこの店を選んだことに少し驚いた。なんでお母さんの趣味が分かるのだろうかと。
「ただ、君の未来の姿を想像しただけだよ」
先輩の口からこんな言葉が出てくるなんて思ってもみなかった。なんとなく恥ずかしいけれど、母みたいになりたいと思っているわたしにとっては最高の言葉ではある。先輩にとって未来のわたしの姿はどんなものなのだろう。先輩から見て魅力的な女性だったら嬉しい。
店内を二人で歩き、わたしが手に取った服を先輩が眺める。時折なぜかわたしにその服を合わせる。先輩の目には未来のわたしの姿が映っているのだろうか?今のわたしを見ているわけではないにしても、上から下までじっくり見られるのは恥ずかしいものだ。
「これなんかいいんじゃない?」
先輩が手にしたのは黒のポロシャツ型のワンピースだ。襟と袖口の白の生地がワンポイントだ。休日を過ごすには良いのではないだろうか。
「結構大人っぽいですね」
「君のお母さんは君と同じような身長?」
「わたしより少し高いです」
「体系は?って聞くのは失礼にあたるのかな?」
「悔しいですけど、母はスタイルいいですよ」
「ならこれを試着してみたらどう?イメージつくんじゃないかな」
先輩に差し出され、わたしは無意識にそれを受け取った。確かに体系的にはあまり変わらない。わたしが試着していいと思えばそれはお母さんにもぴったりだろう。だけれど、なんとなく恥ずかしい。似合っていればいいのだけれど、体型が合わなくて、みっともなくなったら先輩に見せられない。
「もし、変だったら試着室のカーテンを開けないで脱いでもいいですか?」
「へ?」
先輩はきょとんとしたまま、じっとわたしを見た。
「みっともなかったら見せたくないな、と思って」
「ああ、そう言う事か。うん、いいよ。俺としては見てみたいけれど」
わたしは服を抱えて、店員に許可をもらい、試着室に入った。なんか緊張する。多分、カーテンの向こう側には先輩がいる。わたしがカーテンを開けるのをじっと待っている。カーテンをじっと見つめて。そう思うと一層緊張する。だからと言ってずっとここに籠っているわけにもいかないわけで。胸元に両手を当てて何度か深呼吸をした。鏡に映るわたしはいつもと変わりない。
試着をすると一度後ろ姿を鏡で確認した。洋服の形は悪くはない。もちろんわたしが着ると大人過ぎて似合わないのだけれど、ぴっちりしているわけでもないし、普段着として着るにはちょうどいいのかもしれない。特には問題ないと思い、一度カーテンを少し開けて、外の様子を見た。カーテンが揺れたからかもしれない。見事に先輩と眼があった。仕方なく、そのままカーテンを開けると、先輩は身体を少し反らせて、上から下へと視線を動かす。そして、下から上へと移動させ、わたしに微笑んだ。
「いいね。これは候補の一つって感じかな」
わたしもそう思っていたので、頷いた。
「これでいいと思います」
「いやいや、あくまでも候補でしょう?」
「え?でも、これで充分です。お値段も」
「ここは広いんだから色々見ないと」
見たいのは山々だが、わたしの都合で先輩をいっぱい振り回すのも悪い。せっかくの休日なのだから。
「大丈夫ですよ、これで」
「まだまだ買い物は始まったばかりだから、俺にもう少し楽しませてほしいんだけど」
「楽しむんですか?」
「そう。そうと決まれば今度はこれを着て」
差し出されたのはベージュと紺のボーダーニットカーディガンだ。薄手のものでこの季節にはちょうどいいだろう。先輩は驚いているわたしの手にそれを無理やり持たせた。
「これはそれの上に着ればいいから」
いつの間にこんなものを見つけてきたのだろう。これもまたお母さんの好みに合っている。
わたしは言われるままその場でカーディガンに袖を通した。お尻が隠れるくらいの長さで、窮屈さもない。やはりわたしが着ると違和感があるけれど、お母さんなら似合うだろう。
「うん、想像をした通り」
満足げに先輩は頷くからおもわず笑ってしまった。
「先輩って買い物が好きなんですか?」
「そうかな。でもそれだけじゃないよ。君とこういう事をするのが楽しい」
わたしもそれは楽しい。わたしの買い物に付き合うことも楽しいと言うのであれば、わたしは遠慮する必要はないのかもしれない。
「着替えますね」
「ああ」
その後もいろいろと洋服を探した。きれいな水色のシャツや夏にぴったりのシャツワンピースなどだ。だが、わたしはすでにあのボーダーカーディガンに心惹かれていて、何を見てもあまりいいとは思えなかった。
「お昼すぎたね。昼食にしようか」
「その前に、最初の店に行ってもいいですか?やっぱりあのボーダーカーディガンにします。あれが一番いいから。早く買って落ち着きたい気持ちですし」
やっぱりあれがいい、そう思ってからそわそわして気持ちが落ち着かない。それを分かってくれたのか先輩は頷いてくれた。
「俺もあれはいいと思ったよ。今の季節から夏の冷房対策までいろいろと使い道がありそうだから」
機能までは考えていなかった。ただ、あのデザインのものをお母さんが着たら似合うだろうな、と考えていただけだ。
店に戻って購入の後、フードコートに向かった。
「そう言えばさ、包んでもらわなくて良かったの?」
「後でボックスとリボンを買います。包装くらいはわたしがやりたいので」
「なるほど」
フードコートに入ると、結構人がいっぱいいた。家族連れが多い。もう少し時間をすらした方がいいかとも思ったが、多分少し待ったところでこの混み具合は変わらないだろう。
「あそこに席がある」
ちょうど、わたしたちくらいの年齢の四人組が席を立った。運が良かったかもしれない。急いでそこに行き、荷物を置く。一度落ち着くめに座った。周りを見る。
「何がいいかな」
目移りするくらい店はある。何が食べたいかを悩むより先に何だったら食べられるかを悩んだ。ラーメン、ハンバーガー、お好み焼き。好きなものはいっぱいあるけれど、先輩の眼の前で食べる勇気はない。きれいに食べられる自信がない。ラーメンをズルズル食べる姿、大きな口を開けてハンバーガーを食べる姿、笑った時に青海苔がついている可能性があるお好み焼き。そう考えると本当に何を食べていいのか分からなくなる。先輩はすぐに決まったようだ。わたしもふと石焼ビビンバの看板を見つけた。スプーンで食べるし、良いかもしれないと思ったが、キムチが乗っていることを知って諦めた。手をつないで歩いている以上、それなりの近い距離で会話をしている。キムチを食べて匂いが気になるのは避けたい。なんだろう。本当に困ったものだ。
「決まった?」
「先輩は何にするんですか?」
「俺はステーキにする。肉が大好きだから」
男の人は食べたいものを選べて羨ましい。豪快に食べてもそれはそれで好ましい姿だし。ふと、先輩から眼を逸らしたところに看板が飛び込んできた。丼ぶり屋さんだ。色々ある中に海鮮丼があった。これなら何とかなるかもしれない。
「わたし、海鮮丼にしようと思います」
「じゃあ、決まりだね」
「あ、あの」
「ん?」
「わたしがご馳走します。先輩の分?」
「え?なんで?」
先輩は立ちあがろうと浮かした腰をまた椅子に戻し、わたしに向き直った。
「今日、わたしの買い物に付き合ってくれたお礼です」
「ああ、そういうことか。ならお断りする」
「え?」
「そんな事言っていたら、今度また買い物に付き合って下さい、って言われた時、素直に頷けないよ。俺は君に電話で買い物に誘ってもらえた事が嬉しかったんだ。だからこれは一つのデートでしょう?これから俺だって買い物に付き合って、って頼むつもりだけどその都度お礼に、と言って何かをご馳走していたら二人してそれぞれ遠慮し合うようになるだろう?それだけはごめんだよ。これはデートなんだから」
「でも……」
「こういうこと、俺は初めてだから、みんながどうなのかは知らないけれど、俺はそうしたいんだ。毎回こんな提案されたら俺も本当に困るからさ。きっと君だって困ると思うよ」
先輩ににっこりと微笑まれどう反応していいのか分からなくなった。先輩が言いたいことはなんとなく分かった。確かにそうかもしれないとも思った。でも、わたしの気が済まないのも確かで。
「なら、俺も買い物する。ご飯食べたら俺の買い物に付き合って。これでお互い様だから」
なんか気を遣わせてしまったようだ。申し訳ないような気がして俯いてしまったわたしを見て先輩はクスクスと笑った。
「引くに引けなくなったみたいだね。意外と頑固だったりする?」
引くに引けないと言うよりも少し恥ずかしいと言った感じに近いかもしれない。言われたことは理解できるし、言われてみて分かったこともある。近い言葉とすれば「意地を張っている」と言うことなのかもしれない。そうか。それが引くに引けない、なのか。頑固は認めたくないけれど。
「分かりました。なら、そう言うことで」
顔をあげてにっこりと微笑んで見せると、先輩は安心したように微笑んだ。
海鮮丼を食べるときになってふと気になったことがある。ワサビを醤油に溶くまではいいとしよう。その後、どうするのが正しいのだろうか?わたしは海鮮丼にそのワサビ醤油をかけて食べる。でも、母ではない知り合いは刺身を醤油に付けて食べていた。ご飯に色がつくのが嫌だという理由だったけれど。刺身とワサビ醤油と酢飯の組み合わせがベストなのではないだろうか?そのための丼ぶりのような気もするのだがどうだろう。ならば海鮮ちらしならその人はどう食べるのか?そんな疑問まで今になって浮かんできた。わたしの食べ方を見て先輩が変だと思わなければいいのだけれど。はて、どちらが正しいのだろう?考えても考えても答えは見つからない。当然だけれど。きれいに食べられるのは知り合いの食べた方なのだろう。でも、おいしく頂けるのはやはりわたしの食べ方のような気がする。わざわざ丼ぶりにしたのだから、刺身とご飯は一緒に食べたい。
「どうしたの?食べないの?」
ここはひとまず聞くべきか?いや、こんな事聞いても仕方ないよね。個人の自由だと言われそうだし。わたしは勇気を出してワサビ醤油を丼ぶりにかけた。先輩の様子を見ると、そんなわたしなど気にもせず、ステーキを大きな口を開けて食べていた。ライスも大盛りにしたと言っていた。「サービスだから」なんて幼いかわいらしい笑みを浮かべて。ステーキを食べてすぐにそのライスを口に運んでいる姿を見て、小さなことで悩んでいたわたしが馬鹿らしく感じた。先輩はそんなことで気にするほど小さい男ではない。そう思えたら吹っ切れた。本当は食べたいものを食べればいいだけだったのだ。変な事を毎回気にすることはない。多分、わたしが大きな口を開けてハンバーガーを食べていようと、歯に青海苔をつけて笑っていようと音を立てて麺類を食べていようと別に関係ないのだ。普通に楽しげに「歯に海苔がついているよ」くらいは指摘しそうだけれど。
食事を終えて向かったのは先輩に似合いそうな服が飾られている店だった。メンズショップを覗くのはこれが初めてのことだ。女性用のショップと比べて彩りはおとなしい。もちろんにぎやかなところもあるのだろうけれど、先輩が選んだ店はシンプルなものが多い店だった。そこで先輩が手に取ったのはきれいな青色の半袖パーカーTシャツだ。胸元にブランドのロゴが入っていて両腕に白のラインが入っているシンプルなものだ。それをじっと見つめている眼は真剣そのもの。次に手に取ったのはそれの鮮やかな赤色。先輩が赤を取るとは思わなかったので驚いた。
「ジーパンやチノパン、それらに合わせるのならこういう色を冒険で選んでも大丈夫なんだ。ただ、俺の顔と合うかが問題だけど」
「なら、試着ですよ。着てみれば一目瞭然です」
被りものは試着が駄目なところも時折あるけれど、駄目と言われたら諦めればいいだけの話だ。先輩は店員に言って二着試着した。だけれど結局買わずに終わった。何かが違うと呟いていた。
そっと息を吐き出した。六日の事を思い出すたびに全身が熱くなる。久しぶりに会った先輩の姿。ずっとつないでいた手。ずっと感じていた先輩の温もり。大人っぽくなった姿といつもと変わらない優しさ。夢のような時間。そして最後の言葉。
「二人で選んだあのカーディガン、気に入ってもらえるといいね」
胸に抱えていたプレゼントを見つめる。身体の熱が落ち着くまで待った。きっとお母さんがこの服を着るたびに思い出すのだろう。初めて手をつないだその日の事を。
自室を出て、違う部屋に行く。すでにそこにはお母さんがいて、朝食をテーブルに並べていた。
「あ、おはよう」
「おはよう」
テーブルにはバターロールパンとスクランブルエッグ、ハム、レタスの乗った皿とわたし用の野菜ジュースとお母さん用のコーヒーがある。
「お母さん、これ」
ピロー型のボックスを差し出すと、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
「いつもありがとう」
「こちらこそいつもありがとうね。そして、プレゼントもありがとう」
このプレゼントの他は変わらない休日。だけれど、朝食を食べたらお母さんが行きたいと言っていた場所に行く。それもまた母の日に毎回していることだった。
母の日の話は書きたかったので、間に合ってよかったと言う感じです。後輩の家庭環境を書きたかったのです。できれば、初めて手をつなぐシーンは先輩視点で書きたかった……という後悔はあるのですが。先輩のドキドキ感とか初心さとか。
ありがとうございました。