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箱庭に雛  作者: 安宅
夏休み中
9/26

 双子の違いを容易く言い当てた嘉一に、弟の帷は目を三角にした。兄の朔は泣きそうになっている。

 嘉一は罪悪感に苛まれながら、少し視線を下げた。


「……すみません」

「っ、何だよ!!髪が傷んでるとか肌が白いとかって!!意味わかんない!!」

 帷が声を荒げるが、嘉一にはその違いが分かってしまう。『帷が大抵先に発言する』というのは、外見で見分けた上での分析だ。


「……色彩感覚の違いでしょうか」

 女性と男性では物の見方が異なるというのは有名な話だ。女性は色彩感覚に、男性は動体視力に優れていると言われている。嘉一には、二人の肌色の微妙な違いを見分けられるし、帷の髪が傷んで毛先だけ色が異なることもわかる。

 尤も、これらはすぐに改善できる。朔が日焼けして、帷が髪の手入れをすれば、嘉一には今述べたポイントでは見分けられなくなるだろう。


「今まで誰も見分けられなかったのに!!」

 帷が嘉一を睨みつける。そう言っても、見分けろと言うから見分けたのに。理不尽さには慣れたけれど、納得できるかどうかは別問題だ。

 それに、庶務らは可愛らしい外見の美少年で、その片割れに涙目になられると心が痛む。今までされてきたことを踏まえても、悪者になった気分だ。



「……ねぇ、他は?」

 涙目になっていた朔が、嘉一に一歩近づいた。反射的に下がったが、また距離を詰められる。

 咄嗟に抱えたラグを顔の前まで持ち上げたが、朔はラグを奪って嘉一の手首を掴んだ。嘉一が両手でやっと抱えたにも関わらず、朔は片手で簡単に持っている。これが男女の差か。

「朔?!」

「逃がさないからね!」 

 片割れが呼ぶのも聞かず、朔は嘉一の手首を離さない。嘉一と庶務らの体格はそこまで変わらないが、流石男性だけあって、意外に大きな手を振りほどくことができない。


「は、なし、て……っ」

 何をされるのか。庶務たちには実際に手を下された回数こそ少ないが、ないわけではない。足をひっかけて転ばされたり、肩を小突かれたり、と小さいものだが。今度も同じくらい些細なものだと楽観できるほど、嘉一は気楽な性質ではないのだ。


「他は?!他はどこが違うの?!」

「ひっ……」

 鬼気迫る表情に、嘉一の中で恐怖心が増した。

「帷!メモ取って!!」

「えっ?」

「だからメモ!平凡に違うトコ見つけさせるの!」


 やっと意図が分かった嘉一は、納得だけはできた。しかし気は抜けず、掴まれた手首に神経を集中させる。いざとなったら、ラグは諦めて逃げられるように。


「ほら平凡!どこが違うのか言ってよ!」

「えっと……、お菓子先に食べるのはだいたい弟さんですね。話し方はお兄さんのほうが語尾が優しくて丸い感じがします。口調も弟さん変えてますよね、さっきもちょっと男っぽくなりました。瞬きは弟さんのほうが多いですよね、ドライアイでしょうか。使ってるリップ、同じでもお兄さんのほうが発色が良くて微妙に色に違いが、」

「ちょっと待って!多い!!」

「あっ、すみません……」

 言えだの待てだの、注文が多い。嘉一は黙って、帷が手を動かすのを眺めていた。

 数秒後、帷が手を休めたのを見遣った朔が、嘉一を促した。


「平凡、続き!」

「……はい。弟さんはたまにシャツの襟が乱れています。ハンカチの柄もお二方同じものですけど、お兄さんは2枚持ち歩いてますよね。それと弟さんの右手の薬指に内出血の跡があります。あと右耳のピアスの位置が弟さんのほうが高くて後頭部よりですね」

「そんな微妙な違い気付く?!」

 帷が驚きの声を上げたが、嘉一は気付いてしまうのだから仕方ない。


 元来、男性よりも女性のほうが、小さな違和感に気付きやすい。嘉一の認識能力は、一般女性のそれと同程度で、特別優れてはいないはず。ただ、男子校という環境では誰も違和感を認めなかっただけだ。


「平凡怖い!細かすぎるだろ!!」

「そうでしょうか……」

 帷の口調がまた男っぽくなっている。元々の口調がそれで、通常は朔に合わせているのだろう。

 嘉一としては、これだけ違うのに転入生しか初見で見分けられなかったことが怖い。男性はそこまで鈍いものなのか。だからこそ、女性の髪形の変化やメイクの違いに気付く男性はモテるのかもしれない。


 首を傾げつつ、思考の海に沈んでいた嘉一だが、耳元で大きな声。


「平凡!」

「っ!」

 視線をやると、少しだけ高い位置から朔がキッと目をむいている。思わず目を逸らした。

 朔は嘉一の手首を離して、ラグを押しつける。

「あっ……」

 両腕でしっかり抱える嘉一に、朔は可愛らしい顔を盛大に歪めて言い放った。



「次は気付かせないからね!」



 次なんて待っていない。

 

「行くよ帷!!」

「わ、わかった!じゃあな平凡!!」




 急ぎ足でランドリールームを後にする双子の背中を見送って、嘉一は眉を顰めた。




 ああ、余計なことをしてしまった。

誤字修正しました。

ご指摘ありがとうございます。

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