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箱庭に雛  作者: 安宅
夏休み中
8/26

 この学園は、『親元を離れて自立した精神を養い、仲間との絆を深める』という名目で、中等部からは全寮制だ。思春期に親の目を免れ、権力と金に屈して強く言えない教師(大人)に囲まれ、自立した精神を養えるかは正直嘉一は賛同しかねる。少なくとも自立した生活は送れていない。

 料理は食堂任せ、洗濯はランドリールームが寮内にあるものの、クリーニング業者に頼む生徒が大半。室内の清潔さはハウスクリーニング業者によって保たれているのが現状だ。


 もちろん、趣味や節約のため自立した生活を送る者もいる。嘉一は料理だけではなく、掃除も洗濯も趣味でこなす、非常に稀有な生徒の一人である。家事自体が好きなのではなく、『家事している自分』が好き、女の子らしいことをしているのが好き、という変わり種だが。




 前述の通り、基本的にランドリールームは人気がない。しかも嘉一の部屋からランドリールームへは他の寮室はない絶好の配置だ。新学期まで部屋に引きこもる気満々の嘉一だが、運悪くラグに昼食のコーンスープを盛大に零してしまった。嘉一の部屋にある洗濯機は一人暮らし用の小型のもので、ラグは到底入らない。仕方なく、時間帯を見計らいつつ、ランドリールームを利用することに決めた。

 早朝に書記に遭遇してしまったわけだから、普段の時間帯で考えるべきではないのかもしれない。夏休みだから生活リズムが崩れているのだろう。書記なんかは、昼夜逆転してしまっている可能性もある。

 あえて明るいうちに行くほうがいいかもしれない。利用者は朝や夜に集中しやすいし、いたとしても嘉一に積極的には関わらないだろう。生徒会や親衛隊は自分で洗濯なんてしない。


 もし誰かと遭遇しても、きっと無視されるだけだ。






 トップスを白と緑のボーダーのポロシャツに着替え、ラグを丸めて身体の前で抱えて、首からパスケースだけ下げて部屋を出る。

 足早に廊下を進む嘉一だったが、幸いにも誰にも出会うことはなかった。ほっと息を吐いたが、世の中はそんなに上手くいくわけもなく。ランドリールームの入口で予想外の人物()と出くわした。


「あっれー、平凡じゃん!」

「なぁんだ、今日は光と一緒じゃないのぉ?」


 この明るい声が、言葉の刃を発することを、嘉一は知っている。




「……庶務様方」


 生徒会庶務の黒牟田(くろむた)(さく)(とばり)。やんちゃな雰囲気の、双子の美少年だ。朔が兄で帷が弟。

 他の生徒会役員たちと同様に転入生、虹ヶ丘光に心酔しており、嘉一を苦しめる者。気に入った理由は、『誰も見分けられない二人を見分けた』とのこと。彼らは顔は勿論、髪型や話し方、服装や持ち物に至るまで鏡映しのようにそっくりで、誰にも見分けられないらしい。

 見分けてほしいなら、髪型なり服装なり話し方なり、違いを付ければいいのに、と嘉一は思う。


「最悪ー!ランドリールーム廃止案があったから、調査しに来ただけなのに!」

「こぉんなところで平凡に会っちゃうなんてねぇ」

「………」

 副会長の冷たい視線で一刀両断するような嫌味とは異なり、双子の言葉は明るい声で身体を少しずつ切り刻むような、愉快犯的な言葉の暴力だ。


「光が親友って言うから、光の傍にいるの許してあげてるんだよー?」

「そうそう!光に釣り合わない平凡のくせに!」

 庶務らは嘉一を『平凡』と呼ぶ。嘉一自身、この上流階級の子息らが集う学園で抜きん出た部分がないため、まあ呼ばれても仕方ないかな、と考えている。平凡ということは埋もれているだけで、劣っているわけではないのだから。


「ねえ平凡!僕らを見分けられたら光の親友って認めてあげるよぉ!」

「えっ」

 転入生にはゴールデンウイーク明けから連れまわされていたが、彼らが嘉一に見分けを要求したのは初めてだ。噂では出会った人物には一通り見分けをさせるそうだが、嘉一の傍には転入生がいたため、先に転入生が答えてしまっていたせいだろう。


「まあ無理だろうけどねー、親ですら間違えるんだもん!光にしか見分けられないよ!」

 自信満々に双子の片割れは言ったが、嘉一は二人を交互に見て、


「……右がお兄さん、左が弟さんですよね?」

「そーゆう言い方するズルいの、初めてじゃないんだよー?」

 嘉一から見て左側に立つ片割れが鼻で笑った。『相手から見て』と『双子から見て』で答えが変わってしまう回答で、見分けられないのに気に入られようとした者がいたのだろう。右側に立つ片割れも後に続く。

「平凡なだけじゃなくて僕ら騙そうとするなんて、最悪っ!」




「……今、先に話したのは弟さん、後で話したのがお兄さん、ですよね?」




 直後、二人の顔が強張った。


「て、テキトーに言っただけじゃないの?!」

「僕らのどこが違うの?!言ってみろよ!」

 嘉一は指を折って数えようと右手を動かしかけたが、持っていたラグを落としかけた。慌ててラグを抱えなおして、頭の中で一つ一つ違いを思い浮かべた。


「えっと、まず弟さんのほうが髪が少し痛んでます。お兄さんのほうが肌が白い。あと、大抵弟さんが先に話し始めますよね?」


 左側に立つ片割れ―――帷が目を見開いた。朔はわなわなと唇を震わせる。


「……あの、すみません。見分けられたくなかったですよね?」

「は?」




「だって、お二方。わざとお互いに似せてたのに」










 見分けてほしいなら、髪型なり服装なり話し方なり、違いを付ければいいのに。



 それをしないのは、本当は見分けられたくないからだ。

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