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副会長と別れた後、幸運にも新しい寮室に着くまでは誰にも見つからなかった。副会長とすでに遭遇してしまっている状況では、マイナスが少しだけゼロに近付いたに過ぎないのだけれど。
新しいカードキーで開けた、他の寮室から離れた一部屋には、もう荷物が運び込まれていた。荷物をほどいて、一つ一つ室内を飾り立てていく。
玄関には茶色い熊のスリッパとアンティークな猫の置時計。玄関マットはレース柄の半円形。サイドにハートがあしらわれたシューズラックには新しいパンプスを並べる。
リボンモチーフのスパイスラックはキッチンに。香水瓶みたいな醤油さしと、ガラスの塩と胡椒のボトルを設置。隣には花模様のバスケットも用意。使うかどうかは分からないけれど、あると幸せになれる。ケトルや鍋はイチゴ模様。実用性よりデザイン重視で選んだのだが、使う前から少し後悔している。ピンクの大きな薔薇が描かれたキッチンマット。ハートがデザインされたフリルのエプロンは、可愛すぎて着るのが勿体ない。
バスマットは大きなピンクのリボン型。陶器製のソープボトルは白地にパステルカラーのストライプ。バスチェアと洗面器も淡いピンクで揃えた。白いバスケットチェストの内布もピンクの花柄だ。歯ブラシホルダーもピンクで、貝殻の形をしている。
トイレのふたカバー、ロールカバー、スリッパ、マットはリボンモチーフで、またピンク。陶器の小物収納は白に濃いピンクの薔薇が取っ手になっている。コーナーラックは白で、ウサギの親子の小物を載せた。
ここまで整えて、嘉一は自分の愚かしさに気付いた。単体で見ればどれも可愛らしいのだが、如何せん可愛らしすぎる。飽きるくらいの過剰な装飾に胸やけしそうだ。
なるほど、買い物のとき母親が呆れた顔をしていたのも納得。全て嘉一好みで統一した結果の悲劇を、母親は予測していただろうに。忠告しなかった母親の教育方針には特に文句はないが、あれこれ言いながら選ぶのが女の買い物の醍醐味ではないのか。今度から、母親の買い物には付き合ってやるものか、と心に決めた。
寝室やリビングは、前の部屋で使っていたシンプルな道具をそのまま残した。サーモンピンクの薔薇のクッション(薔薇柄がプリントされているのではなく、重ねたオーガンジーを花弁に見立てた薔薇型)が途轍もなく違和感を発しているが、無視。アイボリーの遮光カーテン、飾りの一切ない無地のベージュのベットカバー。カントリー調のチェックのソファーに格子柄のクリーム色のラグは以前から見慣れていたもので、ゴテゴテの可愛らしさに居心地悪さを感じていた嘉一を落ち着かせた。リボンのついたボイルカーテンと、フリルのベットカバー、薔薇柄のソファーカバーとレース模様のラグとはしばらく保留。クローゼットの奥に仕舞い込んだ。
いつか、ピンクのお姫様空間に気恥ずかしさを感じない程度の精神を手に入れたら、再びの日の目を見るだろう。
ふと、時計を見れば6時を指している。もう夕飯時だ。寮の食堂は一応開いているけれど、できるだけ人に会いたくない。
幸い実家からレトルトやカップ麺を宅配便で持ってきている。カレーのパウチを温めて、電子レンジでレトルトご飯をチン。可愛いイチゴの鍋の初めての使い方が、レトルトパウチを温めるだけとは、宝の持ち腐れもいいところだ。しかもやはり使い難い。
明日はちゃんと調理器具として鍋を使おう、と決意した。可愛いだけのインテリアで終わらせるのは、嘉一の自尊心が許さない。
『女性』として育てられなかったために、嘉一の女性観は男性の『理想の女性像』に近い。偽物は本物ぶれる分、本物よりも本物らしいと聞いたことがあるが、それに近いのだろう。
男性として育った嘉一が、男性の視点で培った『女性らしさ』に憧れて体現しようと苦心する。それは他の女性からすれば、わざとらしく作り物めいた姿かもしれない。
けれど、『それ』以外の生き方は、嘉一の精神の『女性』の否定だ。
『男性』である身体を否定してまで『女性』である精神を肯定したのに、それすらも否定してしまったら、一体『東雲嘉一』の何が残るのか。
明日は食材を買いに行こう。学園内の大型スーパーは24時間営業だ。早朝であれば、人目もないだろう。