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「副会長様……」
嘉一の進路上に悠然たる姿で立っていたのは、生徒会副会長、青ヶ島瑠璃彦だ。転入生に惚れ込み、嘉一を虐げている一人。
色白の肌に柔和な顔立ちの王子様風な美形だが、その内面は峻烈だ。形のよい唇が紡ぐのは耳を塞ぎたくなるような暴言で、嘉一の心を何度も抉った。名前と同じ色のブルーの瞳は美しいが、彼の視線は絶対零度の冷たさを宿している。
嘉一の会いたくなかった人間の、上位に属する人物だ。尤も、会いたい人物は皆無なのだけれど。
思わず、顔を逸らした。それが何の意味もないことは、嘉一自身がよくわかっている。案の定、副会長は秀麗な眉を顰めて、虫けらを見るような侮蔑の眼差しを嘉一に向けた。
「何ですかその服装は。この学園の品位が下がる。あなたも、曲がりなりにもこの学園の生徒だというのに、恥を知りなさい」
「すみません……」
一片たりとも嘉一に非はないのだが、反射的に謝ってしまう。嘉一の今の服装は、試作とはいえ学園の制服。スカートが短いこと以外は着崩したりもしていない。日傘の持ち手を両手で握り、心持ち副会長から視線を遮るように傾ける。マナーについては目を瞑って頂きたい。これだけ距離があれば、副会長の顔を刺す心配もないのだし。
「光は親友と言っていましたけれど、やはり私達に近寄るのが目的ですか。以前は必死に否定してたくせに。汚らわしい」
副会長が言っているのは、転入生の、虹ヶ丘光のことだ。副会長は彼を、純粋だ綺麗だ可愛い優しい素敵だ輝いている、とありとあらゆる形容詞で絶賛していた。反対に、嘉一に対しては『光に近付く邪魔な平凡』『自分たちへ下心を持ち、光を口実に擦り寄ってくる不届き者』と認識している。面と向かって暴言を吐かれるのもしばしばで、それを聞いた転入生が適当過ぎる言葉で咎めるのに『こんな平凡にも優しい』と頬を緩める、よく分からない人物だ。嗜好が人とずれているのだろう。それは転入生に魅了された他の学園の人気者達にも言えることだけれど。
「親衛隊ではあるまいし、女装で私達の気を引こうなんて考える時点で愚かとしか言えませんね」
「………」
「少しは光を見習って、その腐った性根をどうにかしようと努力したら如何ですか?あなたが光のようになるのは、到底無理でしょうけれど。ああ、もう取り返しがつかないんでしょうか」
どうやら副会長は、嘉一が共学化のテストケースだと知らないらしい。知っていれば嘉一の制服を『女装』とは表現するわけがない。
さて、どうしたものか。いつもは心にぐさりと刺さる副会長の罵倒だが、今回はダメージより困惑が先に立つ。気まずさと、刷り込まれた恐怖に身じろいだ。
それを見咎めた副会長は、眼差しをより鋭いものへと変える。
「醜い」
「………」
「容貌も中身も醜い。あなたのような人間が、光の親友を名乗ること自体間違っている」
自ら名乗ったことは、一度たりともないのだけれど、多分主張したところで聞き入れてはもらえないだろう。そんなことは夏休み前にとっくに学習済みだ。
「まったく……。ただでさえ忙しいのに、私達の手を煩わせないでもらいたいですね」
「……すみません」
話しかけたのは副会長なのに。理不尽には慣れた。
副会長は色素の薄い亜麻色の髪を揺らして、首を振る。そんなに呆れられても、嘉一にはどうしようもない。せいぜい違う試作制服を着用するくらいか。
嘉一はちらりと副会長の顔を見て、すぐ視線を逸らした。今着ている制服と、セーラーブラウスとサスペンダースカートの組み合わせと、Aラインワンピースと、どれがましかだなんて聞いたところで鼻で笑われるだけだ。
こうやって絡まれた時は、何もせずにすぎるのを待つのが最善だ。自分から立ち去ろうと試みたこともあるが、余計時間がかかるだけだった。
副会長の顔が見えないように、日傘をゆっくり傾けた。できるだけ面白いこと、できるだけ楽しいこと、と頭の中で唱える。
寮の部屋に先に送ったお菓子作りの道具、両親に買ってもらった可愛い洋服、男だった頃からこっそり集めた手芸用品。マカロンにケーキにクッキー、スカートとブラウスとワンピース、リボンとフリルとレース。手に持った可愛い日傘、カバンの中のパステルカラーのポーチ、魔法少女のコンパクトみたいなキラキラのミラー。
副会長の言葉を意識しないよう、嘉一は努めて空想に集中した。
転入生を讃える言葉のレパートリーがよくも尽きないと感心しつつも、毎回同じことしか言わないのだから続くのも道理だと納得。
一通り話し終えたのだろう、幾分スッキリした顔の副会長が、誰かしらを迎えに行くと言うのを見送ってから、嘉一はまた歩き出した。
寮の部屋には、梱包された色んなモノが、嘉一に開封されるのを待っているのだから。