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箱庭に雛  作者: 安宅
夏休み中
3/26

八月二十九日のこと

 夏休みを三日残した昼時、残暑と言うには眩しすぎる太陽の下で、嘉一は歩いていた。暦の上では立秋をとっくに過ぎているにも関わらず秋の気配は感じられず、時間帯も相まって殺人的な環境だ。

 学園の門から校舎群へ続く道は長く、歩くと1時間近くかかる。通常車で行き来する生徒が多いのだが、嘉一は徒歩だ。理由としては単純明快で、術後の運動不足解消を両親に指示されたためだ。新学期から体育もあるのだから少しでも身体を慣らしておくように、というお達しだったが、筋肉痛で逆に授業に支障が出そうだ。だからこそ、三日余裕をもって学園に戻されたのかもしれない。


 嘉一の今の服装は、女子制服の試作1号だ。半袖のブラウスはパフスリーブ。白を基調とし、セーラーカラーやプリーツスカートの裾に入ったラインとベストは茶色。大きな胸元のリボンは赤色で、これは高等部2年男子のネクタイと同じ色だ。

 有名なデザイナーが監修しただけあって、非常に可愛らしいデザイン。女性らしく華やかではあるが、学生らしく華美過ぎない。シンプルでありながら洗練された雰囲気。

 着用した感想としては概ね満足であるが、唯一温度調整が難しいところが欠点だ。靴下を、薄いとはいえニーソックスにしたのは失敗だった。おしゃれは気合いと言うが、嘉一の女子力はまだまだ足りないらしい。


 日差しは日傘で防げているが、気温と湿気はどうにもならない。ベストを脱ごうか迷ったが、透ける背中や胸元を人前に晒す気はなかった。ぱたぱたと掌で顔を扇ぐが、ただの気休めだ。薄ら額に滲む汗をハンカチで拭う。日焼け止めはもう流れてしまっているだろう。日傘を握り直し、溜息。

 レースの真っ白の日傘は、少女趣味が過ぎるかもしれない。UVカットには黒のほうが効果的だと聞いたけれど、嘉一が母親に強請ったのはレトロな白いレースの日傘だ。幼い頃に憧れた『可愛らしさ』を具現化したアイテムを欲する嘉一は、プラモデルを買い漁る大人に似ている。十代半ばならば、少女趣味は許容範囲だろうか。


 取り留めも無いことが、レースに透ける日差しを楽しみながら頭に浮かんでは消える。

 既に学園に戻っている生徒はまだ少ないけれど、いないわけではない。学園中から敵意を向けられている嘉一が人目がないところでふらふらしているところを見たら、彼らはどうするか。想像に難くない。

 学園の生徒で信用できる者は誰もいない。親友と豪語していた転入生さえも。ただ、彼らの山よりも高いプライドと、どうしようもないくらい見栄を張りたがる姿勢は、ある意味信用している。

 共学化のテストケースである嘉一を下手な目に遭わせれば、外部から白眼視されることは明白だ。


 結局は、嘉一自身がどうこうして、何とかなるものでもない。


 相手の何かに縋るしかない。最大公約数で考えたような希望的観測しか、拠り所がないのだ。








 自身の無力さに、嘉一は唇を噛み締める。数秒して、朝に鏡の前でリップクリームを塗ったことを思い出した。無力なうえに間抜けとは、どうしようもない。

 人がいないのをいいことに、道の真ん中に立ち止まる。肩に掛けたカバンの中からポーチを出し、片手でファスナーを開けた。コンパクトミラーで顔を映して確認。少し汗で流れていたが、まだ許容範囲だろう。ミラーをポーチへ戻してカバンを閉じる。


 嘉一はこの一連の動作を片手でやってのけた自身の器用さを、自画自賛する。動いている電車の中でフルメイクできる女性は都市伝説ではなく、この進化系かもしれない。マナーがなっていないとは思いつつも、実際見かけたらアイラインやマスカラをはみ出さずにきっちり引く姿を観察してしまうだろう。嘉一はそんな器用な女性には、未だお目にかかったことはないのだが。


 そんな仕様もないことに、自分も傍から見れば立派に女性としてカテゴリーされると確認して、気分は上昇。指先で日傘をゆったりとくるくる回しながら、長い長い道を再び歩き始めた。





「……あなた、なんて格好してるんですか」






 10メートル進まないうちに、再び止まってしまったけれど。

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