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箱庭に雛  作者: 安宅
新学期
19/26

九月一日のこと、教室

 嘉一は渡されたごみ、元々はラッピング材だったものを見下ろす。『好きな人がいるふり』に過ぎなくても、動機は嘘でも。

 本当に好きな人に渡すものなら、どんなものにするべきなのか。本気で悩んで、ラッピングにこだわって、メッセージカードまで書いて。

 ただの思い付きから発展した計画で、渡す宛てのないプレゼントにメッセージまで付けるなんて恥ずかしいと理解しているけれど。それでも。



 一袋だけ残ったマカロンを出して、ごみ(・・)を紙袋へ。マカロンはどうしようか迷って、片手で持つことにした。これから食べるものと食べ終えた包装を一緒に紙袋に入れるのは、何となく嫌だ。衛生面ではなく、嘉一の感覚的な問題だ。 鞄には、袋に包まれているとはいえ靴も入ってる。普通に不潔。


 仕方なく手持ち、という措置だ。何日かは大丈夫だから、と桃津郷あたりに渡してしまおうか。もしくは自分で食べてしまうか。

 会長らは書記から渡されたのを口にしたけれど、あれは転入生の前だったから。通常時なら、嘉一が作ったものなんて食べるわけがない。転入生が見てないところで捨てられるのがオチだ。



 軽くはないダメージを負ったが、収穫はあった。嘉一に『本命』がいることを印象付けられたし、特に誰も疑ってはいない様子。

 しかも、この作戦は繰り返せる。次はタルトでも作ろうか。


 嘉一が理不尽な待遇なのは今に始まったことじゃないし、踏み潰されなかっただけマシだ。そう自分を納得させていると、誰かの視線が手元に注がれている。


「僕らにはないのかな?」

「……副委員長様、」


 あることはある。一袋だけ、嘉一の手作りという、副委員長が欲しがるわけがない代物が。

 副委員長はこれを要求しているのだろうか。いや、まさか。

 嘉一のことを心底邪魔だと思っていて、事あるごとに痛め付けようとする副委員長が、嘉一の手作りの品を食べたがるなんて。

 そんなの、あるはずない。



 少し悩んでから、嘉一は頭を下げた。

「……すみません、買ってきます」

「それは護衛の僕も動けと?」

「いえっ、副委員長様のお手を煩わすつもりは……」

 ぶんぶんと首を横に振る嘉一は、副委員長を動かさずに食べ物を用意する手段を考えた。恐らく嘉一が用意する義理なぞないはずだが、大人しく従っていたほうが得策だ。夏休み前の経験から学習済みである。


「……寮に帰ってからコンビニで買って、明日お渡しします」

「……顔が平凡なんだから、せめて頭も平凡だったらよかったのに」


 副委員長は嘉一の手からマカロンの袋を奪った。

「あっ」

 一つ取り出して齧る。

「……光に食べさせるには及第点かな。平凡にも一つくらい特技があったってコトだね」


 なるほど、転入生と同じものを食べたかっただけか。何とも可愛らしい動機だ。副委員長の言動は可愛らしさのカケラもないが。


 次は余ってもいいから多めに用意しておこう。また書記に食べられることも考慮して、『本命用』も。




 ぞろぞろと転入生たちは教室に入る。間もなく担任の金井戸が来て、ホームルーム中取り巻きたちと転入生を取り合うだろう。必要な連絡事項などは最後に早口で通達。酷い時は一枚プリントを渡すだけ。

 どうせ今日も、そんな風にホームルームが行われる。夏休み前が毎日そうだったように。


 プリントで渡されるのは困る。クラスメイトにも嫌われている嘉一の手前で、情報が止まるのだ。

 幸い転入生には金井戸から直接連絡を受けるので、それを横で聞いて前の学期はやり過ごした。だが、今まで可能だったからと言って、次も通用するとは限らない。

 転入生は嘉一の『ボディーガード』として纏わり付くつもりのようだが、風紀以外の取り巻きたちが許容するとは思えない。『異性愛者』を自称する転入生から『異性』を離したがるのは自明の理。

 何かしらの策を講じなければ。




 転入生らに続いて嘉一が入室すると、注がれていた嫌悪や憎悪の眼差しが驚愕に早変わり。夏休みを境にクラスメイトが『女装』してきたら、きっと嘉一も同じく驚くだろう。クラスメイトたちは風紀委員長らに遠慮してか、ちらちらこちらを窺うだけで何も言わない。居心地悪さに、視線が下がる。



 転入生を中心に取り巻きたちが騒いでいる。嘉一は窓際から2列目、後ろから2番目の自分の席に座って、何をするでもなくじぃっと机の木目を数え始めた。

 明らかな現実逃避だった。

「……―――でさぁ!○×△は$%#&で◎□▽∽だろ!!なあ嘉一!!」

「………………え?」


 いきなり話を振られた。転入生の声は嘉一には聞き取りにくく、気をつけなくては聞き漏らしてしまう。多分周波数の問題だろう。

 嘉一は曖昧に笑って見せる。

「……そうだね、」

 頷くだけで明確な返答をしていないはずだが、転入生は自分に都合よく解釈したようだ。

「だろ!」

 嘉一は笑ったまま続ける。

「……ごめん、やっぱりよくわかんない」


 明確な意思表示は危険だ。オブラートに包んで曖昧に。

 転入生は不満げな様子を隠そうともしない。


「なんでだよ!!嘉一はホントに∽▽@>◎&#―――!!」


 聞き取る努力を早々に放棄した嘉一は少し首を傾げて、ぼんやりと転入生を眺める。

 全く理解できないが、転入生は意外と未来に生きているのかもしれない。

 これは未来語、うん、あんまり不快じゃない。


 新たな処世術を生み出した嘉一だが、話し掛けてくるのは転入生だけではなかった。



「平凡!どっちがどっちかわかる?」

「光は言っちゃだめだよ!」

 庶務らは嘉一の机の前に二人並んで立つ。先程まではそれぞれの口調で話していたのに、今度は語尾を伸ばさず癖を隠している。よく見れば傷んだ髪の毛は切っていて、内出血があった右手の薬指や位置のズレたピアス穴には絆創膏。リップクリームは以前と色が違うし、肌はファンデーションでカバー。涙ぐましい努力だ。


 嘉一は困ったら笑う日本人らしさを遺憾無く発揮した。

「……すみません、わかりません」

 双子の片方が得意げに口元を緩め、もう片方が言った。



「残念、僕が帷だよ!」

「「えっ?」」



 双子の片方と嘉一の声が重なった。続いて転入生の声が鼓膜を貫いた。


「朔!嘘はだめだろ!?」

「うん、ごめんね!……嘘はだめだよねぇ、平凡?」

 双子の片方―――兄の朔が嫌な笑みを浮かべる。嘉一が肩を震わせたのと同時に、弟の帷もそっくりな表情を作る。

「……で、どこが違うのー?」



 机の木目を数える作業に戻りたい。



「……いえ、お二人とも瓜二つで、」

「で?どこなのぉ?」

 嘉一は言い訳すら、最後まで言わせてもらえないのだ。


「違うのはー?」

「……瞬き、です」


 観念した嘉一が発した一言で、朔が帷に向き直る。

「帷、我慢しなきゃダメじゃん」

「無理だよー!朔がわざと瞬きしたらいいだけじゃない?」


 二人が責めるというには和やかな言い合いをしている。別にそれは構わない。ただ、嘉一とは離れたところでしてほしい。




 木目を数える作業に没頭していますというポーズで、嘉一はこっそり身を縮こませた。

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