九月一日のこと、計画
勝手に結論を出して勝手に納得したらしい転入生を、どう諦めさせるか。嘉一は脳をフル回転させたが何も出てこない。
仕方なく、転入生を追ってこない取り巻きたちに助けを求めることにした。
廊下の向こうにちらりと視線をやると、取り巻きたちがこちらを見ている。
桃津郷と灰田川は呆けた顔で突っ立っていた。嘉一が女子だと知らなかったのだろう。顔立ちの整った者の隙だらけの姿は、少しおかしい。
他の面々はと言えば、副会長は俯いて目を逸らし、双子庶務は揃ってキッと嘉一を睨んでいる。生徒会長の赤生原椿は値踏みするような視線を、風紀委員長は射殺さんばかりの殺気をそれぞれ向けてくる。唯一様子が変わらないのは書記だけで、ゆっくりこちらに歩いてきた。それをきっかけに、他の者がばらばらと後に続く。
因みに生徒会長は俺様な雰囲気と言動の美形で、軽い被虐趣味のある親衛隊員に人気らしい。人気投票堂々一位たる風格の持ち主。
灰田川は髪を名前の通り灰色(色が薄くて銀色にも見える)に染めたピアスじゃらじゃらの一匹狼な不良系美形。不良らしく喧嘩も強いとか。
会計は合流してないようで、姿が見えない。
すぐ側に立つ副委員長を見上げるも、いつもの笑みを浮かべているだけ。嘉一の護衛をしなければならない風紀としては、転入生が嘉一の傍にいるのは、一緒に守れる、転入生の傍にいられる、と良いこと尽くめ。邪魔な嘉一の存在さえ除けばプラスしかないのだから、大歓迎だろう。嘉一にはマイナスしかないけれど。
嘉一は今こそ、『学園の人気者(取り巻き)たちは恋愛対象ではない』とアピールすべき時だと感じた。幸い人目は少なくない。口の軽い者がいれば、今日中にでも学園中に噂は広がる。
桃津郷が書記の後ろから歩いてくるのを確認して、嘉一は学生鞄とは別に用意してきた紙袋から、ラッピングしたマカロンを取り出した。
「桃津郷くん、おはよう。これ、昨日の……」
「え、あっ、うん、」
桃津郷は嘉一のことについての疑問があるようだが、それに言及されるより先にマカロンを渡す。
「……その、あんまり美味しくないかもだけど、」
「いやっ、美味そうだって!」
流石共学校出身者、女子へのフォローを忘れない。と、ここで当然出しゃばるのが転入生で。
「何だよそれ!何で春ノ介にはあって親友の俺には無いんだよ!サイテーだぞ嘉一!!」
一体いつ、嘉一が転入生の親友になった。自称・親友ならば、できれば一生『赤の他人以上顔見知り未満』でいたかった嘉一の心情を察してくれればいいものを。
しかしゴールデンウイーク明けから夏休みまで嫌々ながら転入生の様子を見ざるを得なかった嘉一は、当然こうなるのも予想していた。
「あのね、マカロン作ったんだけど……。その、僕の手作りだから、美味しくないかも、」
嘉一はそう言って、紙袋から同じようにラッピングしたマカロンを取り出した。転入生はそれを奪い取り、
「嘉一はホントとろいな!仕方ないから、どーしてもって言うなら食べてやるよ!!」
何も言ってない。嘉一は曖昧に笑った。
あと最低でも二名、口を出してくる者がいるはずだ。嘉一は豪快にマカロンを頬張る転入生を横目に、件の人物が声をかけてくるのを待つ。
「……平凡、僕らにもあるんでしょー?」
「平凡がどぉしてもって言うなら、食べてあげないこともないんだから!」
転入生といい、どうして彼らは嘉一に『あっても渡さない』という選択肢があることを考慮しないのだろう。しかしこれを双子庶務に渡すことが計画の第二段階なのだ。
嘉一はラッピングしたマカロンを二人分出す。
「えっと、お二人もよろしければ……」
「仕方ないね!」
「食べてあげる!」
甘いもの好きの二人がマカロンを欲しがるのは予想通り。最後の一つになるか、転入生が紙袋の中の一つだけ違うラッピングに気付いたときが勝負。
「……なあ、東雲。もらっといて言うのもどうかって思うんだけど、こんなに沢山よかったのか?」
桃津郷が小さく声をかけてくる。沢山、とは双子庶務らの分も含めてだろう。嘉一は内心歓喜した。思っていたよりも早くチャンスが巡ってきた。
「……うん、一人じゃ食べられなかったし、それに」
嘉一は紙袋から違うラッピングを出して。
「ちゃ、ちゃんと本命のは残してるから……!」
大きめの声で言った。
「……え、うわっ、すげー落差!」
桃津郷が言うのも無理はない。新たに袋から出したマカロンは全てハート型。ラッピングは透けるレース柄に赤いリボン、ハートのメッセージカード付き。ただの丸いマカロンを透明な袋に詰めて金色のワイヤータイを捩っただけとは凄まじい差だ。
「……あっ、あの、不純異性交遊じゃないです!ただ渡せたらって……」
嘉一が傍にいた副委員長に弁解する。
そもそも嘉一には本命なんていないけど。
あくまでも、本命がいるというポーズが大事なのだ。
昨日ふと思い付いて、桃津郷宛てにラッピングしたものをわざわざ解いて、新しくハートのマカロンを焼いた。我ながら杜撰な策だが、誰にも迷惑をかけず誤解を解く、嘉一が考えられる中で最良の計画だ。
本命が誰か、適当に見繕うつもりもない。マカロンは渡せなかったと言って、後々自分で処理してしまえば終了。
「ほっ、本命って誰なんだ!親友の俺にも内緒だなんてサイテーだぞっ!!」
「だめ、恥ずかしいよ……」
嘉一は元々、意中の人物の名前を公の場で声高に話せるほど、オープンな気質ではない。それ以前に、存在しない者に名前なんぞない。
「内緒、ね?渡せたら、相談に乗ってほしいな。……頼りにしていい?」
転入生は能力が足りなくても、恩着せがましく何かしら行動したがる。自立心はあるらしい。
「おう!任しとけ!!」
何とかごまかせたようで、嘉一は胸を撫で下ろす。
そこに、視界の外から長い腕が伸びてきた。
「え?」
長い腕は、いとも容易く嘉一の手から『本命用』のマカロンを奪う。
「あー!!!何してんだよ雪之丞!!」
「不純、異性こ、ゆうは、禁止だ……」
咄嗟に反応できない嘉一の前で、書記はリボンを乱暴に解いてマカロンを齧る。
「銀松台!」
「おい、」
「は?」
副会長、会長、灰田川に一つずつ渡し、残りは全て書記の胃に収まった。書記はラッピングとメッセージカードを丸めて、嘉一に放り投げた。
「……捨てて、おけ」
「……はい、」
渡す宛てのないモノだったけれど、今のやり取りで、これはない。理不尽さに胸がつかえた。
本命がいるとわかっても、嘉一を転入生から遠ざけたいのか。それとも単純に嘉一を虐げたいのか。
可愛いハート型のマカロン。
どうしてこの人たちは、嘉一から色んなものを奪うのだろう。
「雪之丞も食いたいなら言えよ!!嘉一も許してやれよな、友達だろ!!」
転入生がお得意の友達理論で片付けて、他の面々が勝手に納得して。
嘉一だけがおいてきぼり。




