表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭に雛  作者: 安宅
夏休み中
14/26

 午後5時、ベッドに臥せていたらいつの間にか時間が経っていた。そろそろ夕飯の支度に取り掛からなくては。

 のそりと起き上がって伸びをする。背骨がぽきっと小気味よい音を立てた。


 視界の隅に入り込んだ皺くちゃのストラップスカートとブラウスを、努めて意識から排除する。




 嘉一に可愛らしい制服が似合わないのくらい、分かっていたことじゃないか。髪留めの色を合わせたり、馬鹿みたいだ。

 制服に合わせたカチューシャもヘアピンもクリップもバレッタも、収納ボックスから出して、制服の上に投げた。コツン、コツンと布越しのフローリングが音を立てる。

 それらをぐちゃぐちゃに丸めてごみ箱へ、……放り込もうとしてできなくて、結局クローゼットに投げ込んだ。


 全部可愛くて、昔からずっと憧れていた『女の子』の装い。

 未練がましい嘉一は、潔く捨てることができない。


 ヘアアクセを全て除いた収納ボックスを片付ける。空っぽのボックスが鎮座する半端な風景に耐えられなかった。

 小さなボックスをどうするか少しだけ考えて、ベッドの下の隙間に放置。見えないように、奥へ奥へ。手を伸ばして、小さなボックスがもう二度と嘉一の眼前に現れないように。無理だろうけれど、完全に忘れ去るまで出て来ないように。




 ぷるるるる、ぷるるるる、




 内線電話が嘉一を呼び立てる。嘉一の部屋の内線電話を鳴らすのは、いつも歓迎できない人物だ。

 嘉一は平伏のような姿勢からのろのろと身体を起こし、受話器を手に取る。


「……はい、東雲です」

『金井戸だ』

「……はい」




 ほら、やっぱり。






『風紀委員会室には行ったか?』

 金井戸が切り出した。行ったことは行った。入室はしていないが。

「はい……、委員長様方とお会いしました」

 指示されたことは、きちんと果たした。嘉一が金井戸に内線電話で言い付けられたのは、風紀委員会室へ向かうことのみ。本題を話す前に嘉一を帰したのは風紀委員長、副委員長で、嘉一自身に非はないはずだ。

 ただの言い訳だけれど。


『……風紀委員長から、お前が来なかったって苦情がきてんだよ』

「……そうですか」

 風紀委員長の嫌がらせか。彼の嗜虐趣味の片鱗を見せられた身としては、正直杜撰で規模が小さいと感じざるを得ない。


 この嘘ももっと広範囲であれば、嘉一の胸を抉っただろう。

 こんなしょうもない嘘でも、嘉一を信じてくれる人はきっといないだろうから。



『それはともかく、明日の始業式で全校生徒に共学化のテストケースについて説明がある』

「……はい」

『始業式には出席してもいいし、しなくてもいい』

「……はい」

『風紀からはもう一度連絡があるかもしれねーから注意しておけ』

「……はい」

『体育の授業カリキュラムについては明日の放課後、体育科の妹尾先生に直接相談しに行け』

「……はい」

『更衣室についても風紀と体育科とで相談しろ』

「……はい」

『それと、……あー、問題があったら、担任の俺に言え。『テストケース』に何かあったら俺の評価に関わるんだ』

「………………はい、」



 最後は、たっぷり間が空いてしまった。


 ホスト染みた服装に、教職者に相応しいとは言い難い言動、転入生への贔屓を隠さず臆面もなく『光は自分のモノ』と公言しておいて、今更評価も何もないと思う。転入生が来る以前から問題のある教師だったけれど、一生徒を誘惑するのは倫理上どうなのだろう。


 それにしても、金井戸は自身も嘉一にとっての『問題』だとは考えなかったのか。

 あるいは、『共学化のテストケース』への仕打ちとして表に出たらまずいから、今のうちに機嫌を取っておこうという魂胆か。……邪推すれば、『テストケース』からのの不満を自分のところで握り潰し、遠回しに嘉一を虐げるつもりかもしれない。




 多分嘉一は、何か問題が起きたときに金井戸を頼ることはない。



 期待を裏切られるくらいなら、最初から一人きりのほうが、まだ耐えられる。




『……おい、お前聞いてんのか?さっきから同じ返事しかしてねーだろ』

「……すみません」

『俺が今言ったこと復唱してみろ』

「……『始業式の出席は自由』と『風紀からの連絡に注意』と『体育の授業カリキュラムについて、明日の放課後に妹尾先生に相談しに行く』と『更衣室については風紀と体育科とで相談』です」


 『問題があったら金井戸に言う』は意図的に除外。




『……ちっ』


 金井戸があからさまに舌打ちした。



 それから、小言めいた説教をされて、電話は一方的に切られた。時計を見れば、かれこれ30分は話していたようだ。




 金井戸からの連絡の半分以上は、以前から知らされていたことだ。


 単に嘉一の記憶力を信用していないのか、難癖を付けたいだけか。

 きっと両方だろう。

 これにて夏休み編終了。

 次話より新学期編です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ