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箱庭に雛  作者: 安宅
夏休み中
13/26

 予想外にも、風紀委員長と副委員長は室外にいた。室内で明日の始業式の打ち合わせでもしていると思っていたのだが。『学園の警察』たる風紀委員会、上層部といえどもデスクワークばかりはしていられないということか。



 風紀委員長の紫明園(しめいえん)藤緒(ふじお)はノンフレームの眼鏡が似合うインテリ系の美形だ。染めたことがないだろう綺麗な黒髪の清潔感のある青年だが、これで生徒会長に張り合う豪胆な性質なのだから恐れ入る。

 噂では嗜虐趣味の持ち主らしい。それならば気に入らない嘉一には見向きもしないのでは、と思っていたが、そうは問屋が卸さない。気に入った転入生は長く楽しめるよう飴と鞭を使い分け、気に入らない嘉一は遠ざけるため容赦なく虐げる。


 副委員長の緑小路(みどりこうじ)(あずさ)は中性的な美人で、風紀委員長とは対照的な栗色の長髪をゆるく一つに結っている。

 この容姿と落ち着いた雰囲気から『風紀委員会の良心』と呼ばれているらしいが、嘉一に対しては『良心』のカケラも見せなかった。風紀委員長の手綱を握れるのも、納得の性格だ。




 風紀委員長は冷めた目で嘉一を見下ろし、その後ろに副委員長が控えている。二人とも転入生に魅了され、嘉一に辛く当たる人物。

 だから、風紀委員会室には来たくなかったのに。


「何をしていると聞いているんだ、平凡。貴様の耳は飾りか?」

「……金井戸先生に、指示されたので」

 嘉一は顔を伏せて、小さな声で答えた。

「ふん、呼び出されたのはそれで言い訳が立つが、なぜ入らずにうろうろしているんだ。やましいことがあるからだろう?」

 嘉一が何を言っても、信じてはくれないだろう。

 そんなの、とっくに諦めた。


「僕としてはその格好が気になるのだけど」

 副委員長がかすかに微笑みながら、つかつかと嘉一に歩み寄る。逃げようと後ずさったが間に合わず、肩を押さえ付けられる。

「……ぃた、」

 見た目に反して、副委員長は力が強い。荒事が多い風紀に所属しているからには、自衛程度はできるのだろう。嘉一から手を出したことはないけれど、副委員長の腕力や握力は何度も思い知らされた。


「耳触りだ、黙らせろ」

「はいはい。本当に紫明園は人使いが荒いんだから」

 副委員長はもう一方の掌で嘉一の口を覆った。鼻は押さえていないから、呼吸は確保できる。ただ、次に何があるか、予想できないから恐ろしい。害されるのだけは分かるから、余計にだ。


「貴様、その滑稽な身なりは何だ。平凡の似合いもしない仮装を見せられて俺達が喜ぶとでも思ったか?」

「君が着ると見苦しいけどデザインはいいね、光に着せたい。平凡と違って光なら似合うだろうから」

 嘉一は肩を震わせた。流石にこの場で服を剥がれたりはしないだろうが、この格好でも態度が変わらない。



 二人は、嘉一が『女子生徒』だと知っているのだ。



 『共学化のテストケース』の護衛を担当する風紀委員会が、肝心の護衛対象について知らないわけがない。二人は、嘉一が『女性』になったと理解している。理解した上での、あの言動なのだ。





 恥ずかしながら、嘉一は自分が『女性』になったことで、多少待遇が改善されるのではないかと楽観していた。男子校における『女子生徒』は、少しは優遇されるのではないかと期待していたのだ。桃津郷のように性的にノーマルな生徒も少数だが存在するわけだし、下心や紳士らしい博愛精神を嘉一にも発揮するのでは、と思っていたのだ。


 甘かった。『女子生徒』だと分かっていても、何も変わらない。逆に嘉一の見た目が見苦しいと、余計に態度が悪化した。

 きっと、他の生徒の接し方も変わらない。むしろ『女性』だからこそ、転入生の取り巻きの美形らに近付きたがると解釈されるだろう。




 ぎりぎりと力を込められる肩が痛い。副委員長の白くて細い指にそぐわない握力。微笑みながらの行動だからこそ、嘉一は副委員長が恐ろしかった。

「ところで、その仮装はどこで手に入れたの?校章まで付けてるみたいだけど、オーダーメイド?」

 口を押さえていた手が外れた。深呼吸する余裕もない。

「……こ、購買で、買いました」

 男子生徒が買えるかは分からないが、嘉一は制服の予備は購買で買うように指示されている。試作制服についての情報はないようだ。特に知る必要がないから、情報が下りてきていないのだろう。


 副委員長は嘉一の肩も解放する。急いで後ずさり、距離を取った。

「ふーん。じゃあ光に買っていこうかな。あ、平凡はもうソレ、着ないでね」

「……はい」

 幸い、試作制服はもう2種類ある。


「生徒会顧問の意図は理解したが、目障りだ。とっとと失せろ」

「失礼します……」

 嘉一は早足でその場を後にした。護衛についての話は一切出なかったが、所詮嘉一の監視が目的だ。そのあたりは風紀が調整するだろう。





 早歩きのつもりだったが、いつの間にか普通に走っていた。ぱたぱたと上履きで廊下を抜ける。胸が痛かった。


 嘉一は取り立てて容貌が整っているわけでもない。この学園は容姿端麗な者が多いから、相対的に見れば平凡を通り越して不器量な部類だろう。

 だけど、面と向かって指摘されるのは、辛かった。可愛くて、鏡の前で回ってみたり、髪を整えたりした制服。嘉一が着ても似合わないことくらい、十分に分かっていた。


 分かっていることでも、面と向かって言われるのは胸を抉るのだ。






 部活をしている者に見つからないように寮に戻る。部屋に入って、制服を脱ぎ捨てた。


 皺になってもいい。もう着れないのだから。

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