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ある夫婦の物語  作者: OL
9/12

筍ごはん

「離婚しよう。」

出張から帰ってきた夫が、唐突に切り出した。


もう、私の顔色を窺うような話し方ではなかった。

すべての迷いが晴れた顔。

ここしばらく、離婚の話は出ていなくて、本当に唐突だった。

だが、最初、夫から最後の恋を宣言されたあの日のようにこちらの出方を窺っていない。

夫と、高柳さんのほうで何か動きがあったのかもしれない。


私たち夫婦はもう、駄目なんだと思った。





離婚の話が平行線を描いたまま、筍がおいしい季節がまた廻ってきた。

夫は相変わらず、出張や休日出勤が続いている。

もっとも本当に仕事なのかはもう、分からなくなってしまったけど。


夫が離婚の話を切り出してきたら、別れようと、決心はできていた。


子供たちも、私たち夫婦の微妙な緊張感を感じ取っているようだ。

4月、真新しいリクルートスーツを着た娘は、那須事務所に配属が決まり、

営業活動のイロハや会社の概要について学んでいる。

新幹線で70分の距離だが仕事が忙しいことを理由に、配属されてから一度も家に帰ってきてはいなかった。

この春大学に進学した息子も、バイトに、サークル活動にと忙しくしているようで

家には寄り付かなくなった。


私は手元の筍ごはんを切るようにかき混ぜながら答えた。


「わかった。」



奥村が再び店を訪ねてきたのは、その日の夕方近い時間だった。

5月とは思えないほど、外は暑い。

今年も、暑い夏になるのかもしれない。

奥村はやはりしきりにハンカチで汗をぬぐっていた。


そんな彼にアイスコーヒーを出すと、一気に半分飲み干した。

私はアルバイトの学生たちに店を任せ奥村の前に腰かける。


あの日のように。


「奥さん、あいつを見捨てないでやってください。」

彼はやはり単刀直入に切り出した。

「あいつは、きっとあなたのもとに戻ってきます。

奥さんにはつらい思いをさせていますが、もう少しだけ、あいつに時間をやってください。」

私はカフェモカを一口飲み、答えた。

「奥村さん。私は一年近く、彼を見守って来ました。

何かの気の迷いなんだと夫を信じて。

彼が出張に出かけるたびに、泣いて、彼が深夜に帰ってくる度に、泣いていたんです。

髪の毛も、白髪になりました。彼が離婚を切り出したら受け止めようと決めていたんです。」

私は奥村のまっすぐな視線から目をそらして答える。


まだ、自分の判断に迷いがあるのだろうか。

夫にこれだけ手ひどく裏切られて、どこまで私は夫に甘いのだろう。


「一年待ったのなら、あと少しだけ待ってあげてください。

あいつが最近行っている出張は本当にただの出張です。

今、あいつは仕事で正念場を迎えています。

社外秘の情報なので、これ以上詳しくは教えられませんが、

天地にかけて、あいつはいま仕事に一直線に取り組んでいます。」

私は、その言葉カッときた。

夫にぶつけられない怒りを奥村にぶつける。

「だったら、だったらなんで離婚を切り出してくるんです。

最近、夫はそういった話題は出してきていませんでした。

もしかしたら、私とやり直したくって、それが言い出せないかもしれないと

私のほうから積極的に話しかけ彼の分のご飯もずっと作ってきたんです。

彼が、私のご飯を食べたら、この騒動を無かったことにしようと。それなのに、それなのに。」

私は下唇を思わず噛む。

そうしていないと、泣いてしまいそうだったから。


職場で泣くわけにはいかない。


アルバイトの学生たちは気を利かせているのか、

カウンターのグラスを拭いてこちらを見ないようにしていた。


「奥さん、繁盛しているようですね。」

突然、奥村が話を変える。

「男ってやつは、妙なプライドを持っているんですよ。

いつまでも男でいたい。仕事で成功していたい。

妻に愛されていたい。ってね。」

私は話題についていけず、ポカンとする。

「あいつはまじめだった。

適当に遊べる奴だったら、奥さんにこんなつらい思いをさせないで済んだのにな。

あいつも50だ。最後の冒険のつもりだったんだろう。

奥さん、あとちょっとだけ、待っていてやってくれないかな。

奥さんとあいつはさ、俺の理想の夫婦だったんだよ。」


奥村の話は全く解せなかった。

解せなかったが、不思議と心が穏やかになってきた。

夫は、多分私に帰りたがっている。

不思議な確信だった。


夫と奥村がどういう話をしたのか、分からない。

なんで奥村が私に離婚を思いとどまらせようとしているのかもわからない。


でも、1年待った。

ただ、たった1年だ。

25年を終わらせるのに、1年はあまりにも短い。


私は今夜夫とどんな会話をしていいのか、分からなくなった。



その日の夜、私は夫のために、丹精込めて夕食を作った。

いつもいらないといわれてしまう夕食。

今回も明日の私の朝食になるのかもしれない。


それでもいいと思った。


筍ご飯をおにぎりにする。

出汁巻き卵と、いんげんの胡麻よごし。

筍のお吸い物に、筍とフキと鶏肉の煮物にラップをする。


いつもは夫が帰ってくるのを待つが、

私はリビングの電気を消して、寝室に戻った。


きっと眠れないだろうと思ったけど、睡魔はすぐにやってきたようだった。

物音にふっと眼を覚まし、時計を見ると深夜1時を指していた。


夫が帰ってきたようだった。


このまま、寝てしまおうかと思ったが、

長年の主婦の血が、それをさせてくれなかった。

私は、カーディガンを半袖のパジャマに羽織ると、そっと階段を下りる。


「・・・っ」


鼻をすするような。

泣くのを我慢するような苦しそうな声が聞こえる。

私はびっくりしてリビングの扉に手をかける。


そこでガラス越しに見た夫の姿に驚いた。


夫は私の筍ごはんのおにぎりを食べていた。

左手におにぎりを。右手に箸を持って何日もご飯を食べていなかったかのようにかきこんでいる。

ときどき、鼻をすすりながら。

ときどき、肩を震わせながら。

おにぎりを食べていた。


夫の戦いが終わったのだと理解できた。

何かが、夫の中で完結したのだ。


昔だったら、こんな夫の姿を見たら飛び出して抱きしめていたのかもしれない。

何も分からずに、大丈夫、あなたを信じている。あなたが正義だと、無神経に慰めていたのだろう。


私は足音をたてないようにリビングのドアから離れる。

もう一度、リビングを振り返る。


そこには、年相応に老けこんだ、夫がいた。


私は夫がいとしいと思う。


階段を上り、ベッドにもぐりこむ。


明日のお弁当のおかずは何にしようと考えながら。





夫が筍ごはんを食べながら泣いているシーンはすごく書きたかった。

もっときちんと伝えたかった。

自分の文章力の無さが嫌になる。


漢数字と算用数字が入り混じっているけど、する―。

接続語が変なのは、わざと。

誤字脱字があるのは、、、すみません。。。

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