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ある夫婦の物語  作者: OL
4/12

厚焼き卵

今日も私は冷えたお弁当を食べる。


「お弁当、すっごく評判がいいわよ!」


ちょっと凝った器に盛り付けた、一日10食限定のお弁当は、

1700円という価格の割に、よく売れた。


それぞれ個性のあるお弁当箱に何をつめるのか。


私は若い作家たちが作った器が引き立つように。

命を吹き込むようにお弁当を作る。


「それにしても、素敵な色に染めたわね!」


前下がりの真っ黒なボブで、美しい形の頭を強調したオーナーが、

心からの笑顔でほめてくれる。


「真っ黒だったのに、どういった心境?」


私は、人生で初めて髪を染めた。




彼は私のかをみるや否や離婚の話を切り出す。

彼女をいかに愛しているのか、私に淡々と切り出す。


‐君を嫌いになったわけではない。

ただ、タイミングが悪かったんだ。


タイミングが悪かった。


私の心に刺さった。


お金をあるだけ奪い取って、そんな最低な旦那は捨ててやればいい。


心の中の私がささやく。


彼を愛しているんだったら、彼が幸せになれるような人生を選ばせてあげたら?


もう一人の私が語りかける。


だけど、私はこたえる。


彼と別れたくない。


まだ、大好きだから。


そんなある日、食事の支度をする私を見て、夫が固まった。


‐ごめん。


離婚の話をして初めて夫が謝罪する。


なにに?


オーブンレンジの銀の縁取りに映った自分にがくぜんとした。


髪の毛が、真っ白になっていた。


‐ごめん。


鍋を持ったまま固まった私に、久しぶりに夫が触れた。


私は長年の主婦の行動で、鍋をそっと机の上に置くと、ふらふらと寝室に戻る。


鏡台には、真っ白な髪の、おばあちゃんみたいな私がいた。


目の奥がじーんとあつくなる。


‐好きな人ができた。


私の世界を揺るがしたその日すら流さなかった涙が後を絶たない。


ゆがんだ顔の、真っ白い髪の私が、じっと私を見つめていた。






夫は離婚の話をしなくなった。


私を見ると、何かを言いたそうにして、何も言わない。


私も、何も言わない。



お弁当は今日もぽつんと食卓に忘れられたまま。





「カフェスペースに、軽食を出そうと思うの。」


10月だというのに、8月のような暑さの日、オーナーに呼び止められた。


「あなた、責任者としてカフェスペースを取り仕切ってくれない?」


1日10食限定のお弁当は、そのアイディアや、味が評判になり、


夕方のワイドショーに取り上げられるとたちまち評判になった。


その時取り上げられた器を作った若手陶芸家が、なんとかという賞を取ったのも大きかった。


「私はブティックの方にもっと力を入れたいし、

実質お弁当もあなたが取り仕切っているのだから、

あなたに任せられないかと思って。」


私は久々にわくわくする心を抑えられなくなった。


夕飯で食べる、夫のためのちょっと量の多いお弁当も。

その日は私の心を打ちのめしはしなかった。



そして、結婚25周年目を迎えた日、私は初めて夫のお弁当を作るのをやめた。


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