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ある夫婦の物語  作者: OL
3/12

メインディッシュとクレソン

今日もぽつんと残されたお弁当が悲しい。


‐君が、ほとんど仕事らしい仕事をしていないのは分かっている。


彼は離婚の条件について説明する。

まるで、プレゼンだ。

彼はどこまでも営業マンだ。

相手がうなづくまで、相手が有利に見える、それでいてギリギリの交渉を続ける。


‐子どもたちはどうするの?


私は一番の心配ごとを話す。


‐加奈はもうすぐ大学卒業だ。就職先も決まっている。心配ないだろう。


最近、大きくはないがよく名前を聞く企業に娘は就職を決めた。

高柳さんと同じ、総合職。

今は女性の総合職は珍しくない。


‐拓は大学も推薦で決まっているし、4年間の学費は全額おれが払う。

もちろん慰謝料として、貯金と家もも君が持っていくといい。


彼はさらにたたみかける。


‐あなたはどうするの?


彼は目を輝かせている。


‐おれは身一つで大丈夫だ。

名古屋でのプロジェクトを成功させる。それに、もうすぐ退職さ。

退職金で、会社を興してもいいと思っている。


私は思わず出かかった言葉を飲み込んだ。


高柳さんと?




家にいるのが苦しくなった。


今後のことも考えなくてはいけない。

私はパートのシフトを増やした。

働いていると、つらいことを忘れられる。


好きなものに囲まれていると、幸せでいられる。


少し前まで、子供たちと夫がいればそれでよかった。


私はそれを埋めるように、各々に個性を主張する食器たちと、

コーヒーの香りに身をゆだねるようになった。


結婚25周年を目前として、彼はお弁当を持って行かなくなった。

彼の心が、私から完全に離れたと思った。

完全に冷え切ったお弁当が、私の夕食になった。


「お弁当を作ってみない?」


ブティックのオーナーが突然切り出した。


サバサバとした物言いで、若手の陶芸家に慕われる彼女は

同い年で、10年前からこのブティックの経営を始めた。


生涯独身宣言をし、恋をし、仕事をし、人生を謳歌している彼女。

彼女は若い。見た目も、考え方も。


昨日までのうだるような暑さから一変し、どんよりとした薄暗い空。


ガラスに映る自分を見つめる。

年をとったと思う。

そこには45歳になった自分がいた。

誰にも見むきをされない女が。


誰かにお弁当を作りたいと思った。


私は「やります」とはっきり答えた。


25年前、プロポーズの時ですらうなづくことしかできなかった私が。



午前中から出勤するようになった私は、両替当番も引き受けることになった。

紙から硬貨になったお金が、手にづっしりと思い。

働いていることの重みだと思う。


夫や、高柳さんはこれを軽いと思うのだろうか。


そんなバカなことを考えていると、オープンテラスの、フレンチレストランが目に入る。

正確には、レストランにいる、夫と高柳さんを。


高柳さんは相変わらず、派手で、エレガントで、お洒落だった。

大柄のスカーフが彼女には似合っていた。

そして、若かった。私より年上には決して見えなかった。


そして、彼も。


白髪が目立つようになった髪を整えて。

そこには壮年の。自信があふれるビジネスマンである夫がいた。


夫の人生にとって、私は何だったのだろうか。


私はクレソンだと思う。

夫の人生の添え物だった。

彼の子供を産み、育て。親戚づきあいをし、親の介護をした。


彼女はメインディッシュだ。

自分で人生を選び、勝ち取ってきた。


小さなバッグの中の硬貨が重い。



一気に更新。

旦那目線の話も同時制作中。

8月中旬に一気に公開する予定。

・・・予定は未定。

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