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ある夫婦の物語  作者: OL
10/12

ハンバーガー

娘が新入社員として那須に配属された。

真新しいスーツに身を包み、目をキラキラさせている娘を見て、

妻の若いころを思い出した。


今の娘の年齢より、ずっと若く、私の妻になった。

うちの両親が、結婚式に口出ししても、嫌がることなく

どうすれば皆に喜んでもらえるかを考えていた。


どうすれば、俺の顔が立つのか、俺の両親が満足するのかを考えてくれていた。

花嫁が主役の結婚式で、妻の意見は何一つ通らなかった。

それでも、妻になれて幸せですと、かわいい笑顔を見せてくれた。


この笑顔を守るために、一生をささげようと誓った。

誓ったはずなのに。

俺は社長室の前で自嘲する。


今となっては、妻の泣き顔を作っているのが私なのだから。



高柳との体の関係は自分を若くしてくれた。

40を過ぎたころから、出張がおっくうだと感じていたが、

名古屋に行く日が待ちきれなくなった。


妻には休日出勤と伝え、何度も高柳とホテルで会った。

妻が、その言い訳を信じていないのは分かっていた。

私は知っていて、あえて仕事を口実に高柳に会いに行く。

妻が自分を送り出すときだけちらりと

嫉妬と怒りの感情を出すことに心を躍らせるために。


高柳をめちゃくちゃに抱きながら、

妻を本当に抱いたことが無いことに気がつく。

妻は、穏やかな、ただつながるだけの惰性な交わりを好んだ。

私は長年、そんな妻をつまらないと感じていた。


高柳は行為が終わるとたばこに火をつける。

それがたまらなくセクシーだった。

煙をくぐらせながら、彼女は私の手に、指をからめる。


私は彼女の横顔を見て、早く高柳を自分のものにしたいと思う。

しなやかな女豹のような女を、狩るのだ。


妻が嫉妬心を顔に出すことに満足感覚えている自分がいるのに、

反面、早く妻のほうから、離婚を切り出してくればいいのにと思う。


「おまえ、やばいぞ。」

奥村は会うなり唐突にそう切り出した。

「向こうの常務に、知られたみたいだ。

今日あたり、社長から呼び出しがあるかもしれん。」

3月なのに、とても寒い日だった。

だが、私は背中に汗が流れるのを感じた。


奥村の後ろから白井の責めるような視線が私を攻撃する。


相手の会社の常務に知られたんじゃない。

プロジェクトにかかわるメンバーすべてに知れ渡っているのだと、理解した。



私は、口裏を合わせるために、高柳に電話をした。

何度コールしても出ない。

何通もメールをした。


―電話が欲しい。話がしたい。


高柳からは返信が無かった。


私は昼に行くと部下に言い残し、社外に出る。

無性に腹が立った。

自分をさげすんだ目で見た奥村に。

電話に出ない高柳に。

ここまで育ててやった恩を忘れて汚いものを見るような目で見た白井に。

自分では動かないくせに、口だけは出してくる、常務に。

そして、冒険冒険と浮き立って、足元をすくわれた自分に。


怒りにまかせて歩いていると、ふっとブティックが目に入る。

妻が勤めているブティックだ。


ショーウィンドーにふらふらと近づくと、

アルバイトなのか、若い男に的確に指示を出し、お客様に笑顔で接客する妻が目に入る。


妻はこちらに気がつくことなく、楽しそうに仕事をしている。

自分の仕事をしている女の顔だった。

店の細部まで気を配っている。

完全に経営者の顔をした妻がいた。

妻は、私に気がつかなかった。

窓の外を眺めるなどということなく、仕事に打ち込んでいた。

私は踵を返すと、会社付近の外資系チェーン店で安いハンバーガーを購入する。

私はもう、妻の料理を食べることは無いのかもしれない。


それでもいい。

高柳と一緒になろう。

タイミングはおかしくなってしまったが、二人でなら、いい会社を作れるだろう。

本当の意味でパートナーになるのだ。


そんな妄想にふけっていると、携帯電話の電子音が鳴る。

電話は奥村からだった。

「おい、今どこにいる。社長がミーティングをしたいと言っている。

3時以降で、何時なら都合がつく?」

「3時から、予定は開けられる。」

なら、3時な、と言って電話は切れた。

胃に冷たいものが走る。


30年、積み上げてきたキャリアが一瞬で崩れるのかもしれない。

だが、こうも思う。

その程度のキャリアしか、積み上げてこなかったのだと。


社長室では直接何かを聞かれることはなかった。

ただ、部を束ねるものとして、節度ある行動をするようにとの達しだった。

そもそもプライベートな問題だ。

考えてみれば、社長にどうこう言われることでもないだろう。

私はほっと安堵の息をついた。

しかし、次の社長の発言に私の心臓は止まりそうになった。

「有川君。君も大分社歴がながい。どうだい、今回の合弁会社の社長に就任しないか。」

晴天の霹靂の出来事であった。



事実上の、左遷だった。

高柳の会社と合弁会社を作り、そこの会社の社長に就任しろと言うのだ。

切り離されたと瞬時に悟った。

この話しを受けても、断っても、自分のキャリアは終わったのだと悟った。

受けたら、とんでもないノルマを押し付けられるのだろう。

タイタニックの船長を任されるようなものだ。

断ったら。仕事は来ないだろう。

この年だ。早期退職を促されるに違いない。


・・・さんざん、高柳と事業を起こし、会社を捨てるつもりでいたのに、

いざ丸腰で会社から投げ出されそうになり、足がすくんだ。


その程度の覚悟だったのだ。


ふと携帯を見ると、高柳からメールが来ていた。

いつものホテルで待っていると。


私には高柳が必要だった。

妻に言えば、会社を辞めていいと優しく言ってくれるだろう。

生活なんて何とかなると。

そして、私を盲目的に信じてくれるのだ。

人生の軌道何とか修正するだろうと。


妻の顔を見たくなかった。

私は、高柳に逃げたのだ。





夫視線。

めまぐるしく舞台が変わって読みづらいですよね。

もう少し、時間が出来たら修正するかも。


次回、夫目線最終回。

あと2話で連載終了です。

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