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姫野呪忌夜でございます  作者: 山本洋子
9/11

今日はお休みです

 今日は学校がお休みの日だぁー。そしてなんと、緑ちゃんと待ち合わせの約束をしている日だぁー。うぉー! 盛り上がってきたぁー!


 これってデートみたい。ぬふふ。待ち合わせ場所で、緑ちゃんを待っている、幸せな時間。これってやっぱり、デートみたいだ。お休みの日に緑ちゃんとデート。私はきっと、また1つ、素敵な思い出を作るんだ。やったじゃねぇか! あー、ドキドキしてきた。どうしたら良いんだろう?


「ふへへ……。ねぇ君、可愛いねぇ。お姉さん実は良いところ知ってるんだけど。連れてって上げようかー?」


 待ち合わせ場所で緑ちゃんを待ってたら、いきなり、気持ち悪い感じで話しかけられた。せっかく盛り上がってたのに。私は仕方なく、聞き覚えのある声のした方を見た。


 明るい茶色の髪を、きちんとセットした短めの髪型。縁の赤いメガネ。頭の良さそうな目が特徴的な、シュっとした顔立ち。でも今はふざけた顔をしている。


 体をくねくねさせながら、両手の指を組んで、おねだりするようなポーズをとっている。なんだかだらしない。


 左の手首に、文字盤が大きい、銀色の金属製の腕時計をつけている。体にちょうど良く合ったサイズの、無地の黒いパーカーを着ている。それから黒いレギンス、黒い靴下、大きめのサンダルみたいな感じの作りで、明るめの黄色が目立っている靴をはいている。


 自分のスタイルを持っている、そういう感じの、はっきりとしたファッション。振り向いた先に予想通り、お姉さんがいた。


 私の住んでいるお家の近所に暮らしていて、私が今よりずっと小さなころから知っている、近藤千佳さん。なんだけど……、さすがに今のはないと思うの。


「千佳さん。そういうのは冗談にならないから、やめた方がいいよ」

「えっ、マジで?」


 私がちゃんと注意しているのに、「ガーン……、ショック」とか言いながら、千佳さんは落ちこんだフリを始めた。アニメに出てくる、ナンパでちょっとがっかりな性格の男の子みたいだ。でもそういう人は、ここぞって時に駆けつけてくれて、頼りになるんだけど。千佳さんはどうだろう?


「ごめんね」


 千佳さんが謝った。本当に悪いことをしたなって、バツの悪そうな顔をしている。でも心の中では、お酒に酔っぱらった人みたいなテンションになってるに違いない。だって口がニヤニヤしている。それを一生懸命がまんして、隠そうとしているのを、私はちゃんと見てる。いつもこんな感じだから、いつも呆れてしまう。


「もう。謝るくらいなら、最初から変なことしなければ良いでしょ?」

「あっ、ごめん、それは無理。私のポリシーだから。それに実は私がやってんじゃないの。私のリビドーがいたずらしてやってるの!」


 私が真面目に言ってるのに千佳さんは、リビドー(?)のせいにし始めた。また良く分からない言葉が出てきた。今度はリビドーか、覚えることが多くて大変だ。


 私の知的好奇心が刺激されている間、お千佳さんは両手をバタバタさせて、わざと変な顔をして悪ふざけをしている。「止めて私の中のリビドー。もう私を自由にしてー!」とか言っている。この人もモラトリアムだ。モラトリアムシンドロームなのかも知れない。あっ、そういえば……。


「ぜんぜん違う話しになるけど、この前『最終奥義』やってみたよ。凄いね。ちゃんと効果あった!」

「『最終奥義』? おお、あれかー! ボン・キュ・ボンてヤツだったよなー? そうか。思い付きで言ったネタだったけど、ちゃんと効果あったんだね。プラシーボ効果なのかなぁ?」

「プラシーボ効果?」

「プラシーボさんが発見した効果の事だよ」

「そうなんだ。また新しい言葉を覚えた、千佳さんありがとう!」

「あっ、うん。小学生の女の子に、夢いっぱいのキラキラした目で感謝されると、今さら嘘って言えないよね。ぜんぜん気にしなくて良いからね。むしろ気にしないで。そのまま忘れて……」


 千佳さんが頭を抱えて、「なんで私はいつも」とかぶつぶつ言いながら、急にしゃがみこんだ。疲れてるのかな?


「大丈夫?」

「えーと、なんでもないからねぇー。優しい気遣いって温かいんだね。ふへへ」


 相変わらず変な反応ばかり返ってくる。でも千佳さんは、今より小さかった私に、タロットカードの占い方を教えてくれた。それから、色々な言葉の言い回しを教えてくれた。あと生き物のこととか、ガイア仮説とか、アダムとイブとか、この世界の色々なことを教えてくれた。私にとって、先生みたいな人だと思う。


 見たことない生き物を見つけたらいつも、私は千佳さんのところに行って、正体を教えてもらってた。そういう時の千佳さんは、賢そうな眼差しで、私が納得するまで根気よく、丁寧に教えてくれた。凄く色々なことを知っていて、凄い人だなーって、話を聞きながらずっと見てた。心がポカポカする。


 千佳さんに出会えて本当に良かった。


「呪忌夜、お待たせ」


 千佳さんと話してたらいつの間にか、待ち合わせの約束の時間になってたみたいで、緑ちゃんが来た。お休みの日に会えるなんて嬉しいな。千佳さんとも会えたし。鼻歌を歌おうかな? 今日は絶対に、良い日だなぁー。


「あらぁー! まあまあ、かわい子ちゃんですこと。へいへいへい、レディー。お姉さんとこれからデートしない?」

「警察呼びますよ」

「……すみません。それだけはどうか、勘弁して下さい」


 私が喜んでたら、千佳さんがさっそく悪ふざけを始めた。やらない方が良いってさっきちゃんと言ったのに。緑ちゃんが斜めがけにしたポシェットから、スマホを取り出して注意すると、頭を下げて謝り始めた。


「違うの緑ちゃん、このお姉さんは私の知っている人なの!」


 大変だ。ちゃんと止めないと。緑ちゃんは、冗談が通じないところがある。呼ぶって言ったら、本当に通報しちゃう。真っ直ぐで気立ての良い女の子だ。ここは私が何とかしないと。このままにしておくと、駆けつけてくるお巡りさんにだって、迷惑がかかっちゃうかも知れない。私が止めないと。


「そうなんですか?」

「……はい。呪忌夜さんとはいつも、親しくさせて貰ってます」

「なるほど」


 緑ちゃんが、千佳さんを疑っている。スマホを手にしたまま、何かを考えている。髪は触ってないけど難しい顔で様子を見ている。その視線を感じている千佳さんが、今度は、本当に申し訳なさそうな顔をしている。とても冗談にならない感じだ。問題が起こっている時の、謝っている人みたいになってる。テレビで見たことがある、重い空気のあの雰囲気だ。


 緑ちゃんが私と千佳さんを見比べて、どうしようかって顔をしている。こういうのは苦手だ。私が怒られているわけじゃないのに、お腹がきゅーってなって、不安だから謝りたくなってくる。こういうの嫌だし、もう私が謝っちゃおうかな?


「次は気を付けて下さいね」

「はい。申し訳ありませんでした……」

「これからは真面目に生きるんですよ」

「はい。誠心誠意、精進に励みたいと思います」

「なるほど。とても天晴れです」


 あわててる私を、ちらって見た緑ちゃんが、何かのお師匠様みたいに、声をかけてる。なんだか凄く貫禄がある。恐縮した千佳さんが難しい言葉を使っている。礼儀正しい言葉で話すところなんて、初めて見た。


「それでは、私はこれで失礼いたします」

「しっかり生きるのですよ」

「はい!」


 せっかく会えたのに、もう行っちゃうみたいだ。緑ちゃんの言葉に、はっとした顔をして、千佳さんは元気良く返事をした。見た事ないくらい、真面目な顔をしている。どうしよう。お別れの時も来ちゃった。千佳さんは、自分のお家の方に歩いていく。せっかく会えたのに……。


「千佳さーん!」


 私の声に、後ろ姿のまま手を上げて、千佳さんはぷらぷらと歩いていった。映画のワンシーンみたいな気分で、それを見送る。ほろ苦い気持ちを味わった。


「お待たせ、呪忌夜」

「あっ、うん……」


 センチメンタルな私に、あらためて挨拶をしてくれる、緑ちゃん。なんだか色々とありすぎて、頭が追いつかないな。けど、せっかくのデートなんだから、気持ちを切りかえよう。とりあえず緑ちゃんに、気さくな質問をしてみよう。


「スマホ持ってたんだね?」

「うん。お出かけするなら持っていきなさいって、お母さんが貸してくれたの」

「そうなんだ」


 さっそく役に立ったみたいだ。まだ会った事ないけど、緑ちゃんのお母さんは、何かに備える事が出来る、気くばりの人なんだろうな。それって凄いことだと思う。そういえば親戚のお爺ちゃんも、前に言ってたな。


「呪忌夜よ、物事には前途多難というものがある。一難先は闇じゃ……」


 確かその後に、「備えあれば憂いなしじゃ」と言ってた。どういう意味なのかもちゃんと説明してくれた。私の言葉がどんどん増えていく。そうすると勇気が出る。だからこれからも、もっと頑張らないと。


「呪忌夜、そろそろ行こう」

「うん」


 緑ちゃんに返事をして、一緒に並んで歩きながら、誠心誠意、精進に励もうと思った。よし! はじめの1歩。それから2歩──

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