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姫野呪忌夜でございます  作者: 山本洋子
3/11

疑問は倒錯的だった

 ぽけーっと眺めているだけで、こうなんちゅーか、平和な日常が思い浮かぶ感じの住宅街? あるじゃろ? そういうのが安心するんじゃ。一軒一軒の家を見ていくと色々と違いがある。それが、住んでいる人たちの性格を現しているように見える。歳を取ってから、こう、ずしーんて良い感じに、心に響いてくるんじゃ。結局のところ。しかしまあ、こう、なんちゅーか……。


 親戚のお爺ちゃんが前に、そんなふうなことを話してくれた。こういうふうにして並んでいるんだなーって、確認しながら見ていく。一体感を感じる。バラバラなようでいてちゃんと整っている。挨拶とか、ゴミ拾いとか、地域活動とか。地域の人たちはきっと、ちゃんとしているんだろうなって、そういうふうに感じる。だから心が温かくなる。ウキウキする。私はちゃんとしているものが好きだ。


 安心の住宅街を、緑ちゃんと並んで、ぷらぷら歩いている。友達と放課後に一緒に過ごして、ぷらぷら歩きながら平和な街の様子を眺めるだなんて。私事ながら、本当に素晴らしい人生だ。


 ちなみに、私事ながら、というのは最近覚えたての言葉です。私は色々な言い回しに興味津々で、親戚のお爺ちゃんから色々と聞いて、そのたびに私の言葉の表現が広がっていく。だから毎日がとても楽しい。


 たまに電話で、色々と話すんだけど、どうやらお爺ちゃんは最近、味をしめたみたいで、私が電話をかけたら「また、お前か!?」って言う。


 最初、私はそれにとまどって「ごめんなさい!」って謝ってから、怖くて電話を切った。知らない人かと思ったから。


 そうしたらすぐ、また電話がかかってきて、「違うんじゃー。今のは、お爺ジョークじゃー! 呪忌夜ともっと、スキンシップしたかったんじゃー」と電話で言い始めた。お爺ちゃんには悪いけど正直、面倒だなーって思った。


 お爺ちゃんの考えてることは良く分からないけど、毎日が楽しいです。たまにお笑いのボケなのか、本当にボケなのか、分からなくなることがあるけど。でも気にならないくらい楽しいです。


 今では「また、お前か!?」って言われたら、「はい。呪忌夜です!」って返事をするようにしている。そうしたら、お爺ちゃんが凄い大きな声で笑う。電話の受話器からそれが凄い伝わってくる。だから私も思わず笑っちゃう。毎回こういうやり取りをしてると楽しい。「お決まりのパターンの完成じゃー!」って言う。お爺ちゃんと話していると、にぎやかで楽しい。 


 以上です。オーバー。


 あと私は今、絶対に落ち着いています。だんだん不安になってきたとか、そんなことはありません。進行方向に一軒だけ変な建物が、ちらちらって見えてるけど、絶対に落ち着いてる。私事ながら、お恥ずかしい話ですが、冷静沈着。


 少し先に、ピンク色の奇妙な建物が見える。私は賢いから理解が早い。ぜんぜんちっとくらいも、小指の先くらいしか気にならなかった。


 やっぱりウソ!


 めちゃくちゃ気になってる。しっかりしてる子だから、そんなはずはないのに、緑ちゃんに対して、本当にこっちで合ってるのかなって思ってた。だから不安だった。やっぱり自分にウソはつけないって思った。お爺ちゃんも言ってた。


「自分に嘘はつけんもんなあ……」


 お爺ちゃんの言うことは、やっぱり正しかった。思わず、隣を歩いている緑ちゃんを見た。緑ちゃんは見た感じ落ち着いている。たぶん冷静に分かってる。だけど、「何?」っていう顔をされた……。


 しっかり目が合っているのに、何かが噛み合ってないぞ。


 落ち着いてるのも困る。それが良く分かった。一緒に取り乱してほしかった。なのに、どう見ても目立つ建物があるのに。でもこの子は、別にわざとやってるんじゃない。本当の気持ちで「何?」と思っているんだ。特別な仲だから私には分かる。だからこそ私は、不安を感じてる。


 あの変な建物は新しく見える。そして、周りの家と比べて凄い、違和感を感じる。色が違っている。離れていても分かるくらい、輝いているピンク色をしている。それが、洋風で建っている。テレビの撮影かなって思った。


 ここで無意識に息を止めていたのに気づいて、私はあわてて呼吸をした。そうしたら変なところに入って、咳き込んだ。びっくりして胸を押さえながら、咳が何度も出るから治まるのを待った。泣いてないのに涙も出てきた。心配した緑ちゃんが背中を撫でてくれる。優しい、けど恥ずかしい。テレビ局の人が今、プラカードを持って出てきたらどうしようかって思った。


 なかなか止まらなくて苦しい。仕方ないことなのに、涙が止まらなくて、凄い恥ずかしい。どうにか落ち着きを取り戻そうとした。しばらくすると、発作が軽くなってきた気がする。今度は慎重に呼吸をして、何回か咳をした。


「大丈夫?」


 大丈夫だよ緑ちゃん。私はきっと冷静に落ち着いている。いつものドジな私とは違う。いつも見ている好きなアニメで、魔女っ子見習いの主人公の女の子は、「友達にみっともないところは見せられない!」って、ピンチな時に言っているし。それが凄いかっこ良かった。だから私も、緑ちゃんにみっともないところは見せられない。途中でまた咳が出たけど、「大丈夫」と緑ちゃんに返事をして、胸を押さえた。バストを実感した。


 実感した。


 ──あれ、縮んでない?


 あらためて触れてみると、昨日と比べてボリュームが足りない気がする。違う。そうじゃない。今それはあんまり関係ない。とにかく、なんだったっけ?


 だんだん心配になってきた。あなたと私と、私とあなたは、いつかきっとびっくりするくらいの。はずなのに今は……、あれ? 胸って、咳をすると縮むの?


 ああ。そういえばそうだった。そうだった昨日はそうだった、体育の授業があった! なるほど。空元気で振り返ってみよう。


 なんだ。運動したんだ。やっぱり変わるんだ。次の日に来るって聞いたことがあるし、それにこれからきっと、成長が始まるんだ。縮んだら伸びるっていうし。まだ待とう。まだ早すぎる。でも頭には思い浮かべておこう。完璧な私、今こそ、出番だ。ずばばばーんて感じで、お願いだから頭に思い浮かんで下さい。本当にお願いします。


 そうだひらめいたぞ。近所に住むお姉さんに教えてもらった、こういう時の呪文を唱えておこう。やれる時にやっておこう。でも落ち着いていこう。私は慎重に息を吸い込んだ。あっ、それ!


「ボン、キュ、ボン。ほれ、ボン、キュ、ボン。よいしょー!」


 元気にかけ声を上げて、それに合わせて体も揺さぶった。背中に背負ったランドセルも揺らしながら、自由にのびのびと体を動かした。健康に良いと思って軽く走ってみた。やれるだけのことはやった。だからきっと、スタイルが見事になった。シャキーン!


 大成功だ。


 私のお家の近所に住むお姉さんが、『最終奥義』といって教えくれた呪文。教えてもらった時は正直、あんまり期待していなかったけど、でも効果は抜群だった。ポカポカしてきて、体も心もゆるんだ気がする。そうだ、お家に帰ったらちゃんと牛乳を飲もう。お姉さんありがとう。成長が楽しみだ。


 よーし、ついでに勇気も出してやれー。ドンと輝いていこう。心の準備も出来てきたぞ、そろそろ現実を見よう。


 私は現実を見た。


 金ピカの縁取りのサーモンピンクの板に、ケバケバしい字で『魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』と書いてある。片すみに紫色に塗られた唇の飾り付けまである。ゴージャスな看板?


 色々とあったけど、私たちは変な建物の前まで来ていた。ピンク色の建物と、ピンク色の屋根に乗っている、存在感のある看板(?)。


 周りには、夕陽に染まった平和そうな住宅街が続いている。目の前には、怪しげな建物が建っている。ギャップが凄すぎてもう、私の脳を越えていた。あれはダメだと思う。


『魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』


 今は何でもないフリをしているけど、あいつはきっと意思を持っているんだ。だってすっごい迫力がある。絶対にそうだ。たぶん真夜中になると手足が生えて──。


「あーよっこいしょ。いやぁー動かなくてもけっこう疲れますね。でも仕方ない、だって看板ですもん。それが役割というものですよ、なんつってなー! 仕事終わりのテンション。いざ動き出したら、止められない。むしろやめられない。まあ本当は、こういうの寂しいって自分でも分かってるんですけどね……。ふへへ。さてと、看板ジョークもほどほどにして。とりあえずコンビニで、適当に腹にたまるもんでも買ってきますかぁー」


 紫色の唇の飾りが、お仕事が終わった人みたいに生活感のあることを言って、それから昆虫のような動きで移動を始めるんだ。絶対にそうだ。


 想像したら腕に鳥肌が立ってきた。あいつはまだ私には早すぎる。戦うのは今じゃない。心臓がドキドキしてきたのが分かる。背中のランドセルが、重く感じるようになった。ストレスなのかも。でもやっぱり気になっちゃう。


『魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』


 このお店の中ではいったい、何をしているんだろう? 本店って書いてあるから、もしかすると、他にもいっぱいあるのかも知れない。


 魔女って本当に隠れる気があるの?


 頭の中がまとまらなくなってきた。受けとめられるような事じゃないのかな、ダメだったらどうしよう、大好物はなんだろう、看板はいつも何を食べているんだろう……。


 最強の敵に出会った、魔女っ子見習いの女の子と同じ顔で、あいつを見た。それからわざと違う方を向いて、隙を許さないように気をつけながら、もう一回見た。


『魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』


 いる。


 ……敗北を知った。うなだれた私は、ゆっくりとウンコ座りをした。今度は下から睨みつけるように見上げた。念のためしつこく、睨みつけてやった。よく自分の部屋で歌舞伎をやっているから、こういうのは得意だった。でも急に動いたらどうしようって怖い。だけど、もう後には引けない。歌舞伎役者の意地を見せてやりたかった。もったいぶった感じで、額の汗をぬぐう仕草もやった。般若心経も唱えようかと思った。でも、それで動き出したら困るから、そこで諦めた。


 負けを認めよう。


 受け入れるしかないみたい。私は臆病で、押しに弱いから、こういうものに逆らえない。回避したい。できないならそのままで良い。お腹の調子が少し悪い。


 自分のお腹を優しくさすってから、両手を合わせて拝むことにした。最初っからずっと取り乱していたから、神様に頼むしかなかった。


 ──神様。


 すがるような思いで祈ると、だんだん、建物のお姿が素晴らしいものに見えてきた。私はこのピンク色の建物を信仰するんだ。このままピンク色に染め上げられてしまうんだ。何でもやらせて下さい……。と言って、からあげとサンドイッチとコーヒー牛乳を頼まれるんだ。堂々としてるから、逆らえないんだ。常識があやふやになってきた。


 それでも、これは、われわれ人類への挑戦だ。頭の中の半分くらいはそう思っていた。きっと隠れてるエッチなお店なんだ。派手なお化粧をしたエッチの妖精が、ピンク色の魔女の格好で、「さーて、魔法の研究でーす♪」と言って、人間にいたずらするんだ。私は道を間違えてはいけない。


「一度ここに来たかったんだ」


 そうか、緑ちゃんは一度ここに来たかったのか。真剣に祈ってる最中に、いきなり言うからびっくりした。なるほど。ここに来たかったのか。


「ここに来たかったの!?」

「うん」


 驚く私に緑ちゃんは、ちゃんとはっきり言った。そういえば、学校の放課後に、「帰りに寄りたいところがある」と言ってた。私はそれに付いてきたんだった。思い出した。


 でも、さすがの私も大丈夫かなって思う。緑ちゃんは、道を間違えてるんじゃないかって心配だ。でもちょっと待てよ……。


 ここに来たかったってことは、ピンク色をしたこの場所に来たかったんだ。つまりそれって、緑ちゃん的に「好き」ってことなんじゃないかな?


 一番星のような希望が生まれた。


 好きな人とピンク色の場所に行く、それはもはや常識。近所のお姉さんがある時、真剣な顔でそう言ったことがある。散歩中によく見かける野良猫と、仲良くなりたくて、スキンシップのやり方を聞きに来てた私は、お姉さんの気迫に押されて、けっきょく聞くことができなかった。何があったのかも、恐くて聞けなかった。あんなに恐い顔のお姉さんは初めて見た。次に会った時は、いつものお姉さんだったから忘れてたけど、何があったんだろう……。


 私が考えごとをしてたら緑ちゃんが、「どうかした?」って顔で見ていた。なるほど。私はちゃんと応えないといけないと思った。恋バナってやつだ。


 私は全てを理解した。緑ちゃんの様子は、いつもの落ち着いた感じでいる。そして私がじろじろ見ているのに、不思議そうな顔をしている。そのまま見つめてると、なんだかウキウキしてきた。


 回答が出た。私も大好き。


 でも、緑ちゃんは分かっているのかな。浮かれているだけかも。もしかすると、道を間違えてしまうかも知れない。


「大変だ!」


 もしそうなら、私はどう責任をとれば……。


「それほど驚く事かな?」

「驚くよ!」

「ありゃりゃ……」


 私の気も知らないでおどけている緑ちゃん。ついでにはにかんで笑う。なんだかずるい。でも可愛い。そのまま見てたら、「大丈夫か?」という顔で見つめてくる。一緒にいることが多いから分かる。緑ちゃんは、疑問を浮かべる顔のレパートリーが多い。


 もういっそのこと、気にしないで良いってことにしようかな。いやでも、ここではダメだと思うの……。こんなエッチなところで緑ちゃんが、エッチな妖精にされてしまったら、私ではきっと助け出せない。看板にだって勝てそうにないんだから。


 ぐるぐる回る問題に、だんだん腹が立ってきた。私の親友をだまして、エッチな魔女はぜんぜん、隠れようとしていない。隠れ家ならちゃんと隠れなさい。大人はずるい!


「ちなみにここは文房具屋さんだよ」

「文房具屋さん?」


 緑ちゃんは言った。私はよく分からなかった。ピンク色の文房具屋さん? 鉛筆とかノートとか消ゴムとか売っている、あのなんだっけ? そもそもここってどこだっけ? もしかしたら、世界中が桃色なんだったっけ? お腹の調子でも悪いのかなって思った。


「文房具屋さん?」

「文房具屋さんだよ」

「妖精はいないの?」

「妖精はいないよ」


 私は聞いた。緑ちゃんは言った。はあ……。私はやさぐれた。


 それならそうと、最初から文房具屋さんて書いてよ。


『文房具屋さん──魔女の隠れ家・ピンクアカウント・本店』


 普通はそうでしょう。そうしないわけがある? お店の看板だよ。一番大事なところだよ。商売なんだから、分かりやすくないと。それに看板のあの飾り付けは何なの? 紫色の唇とか、絶対やりすぎだと思う。文房具屋さんだよー。お客さん困っちゃうよー。ぷあー!


「ちょっと変わったお店だよね」


 ちょっとどころじゃないよ。めちゃくちゃ変わってるよ!


「クラスの女の子たちの間で有名なんだよここ」

「有名なの!?」

「じゃあ、入ろうか」


 混乱する私を置いて、緑ちゃんはマイペースだった。こんなところで置いてきぼりにされたら、ご近所の人からどう思われるか、気になって怖いから、あわてて後を追いかけた。大切なことはいつだって、後から思い知らされる。


 凄く派手なピンク色の文房具屋さんは、魔女の隠れ家で、私のクラスの女の子たちに有名……。私のクラスの女の子たちって、もしかしたら魔女っ子見習いなのかな?


 あっ、さっき気になったことを今のうちに聞いておこう。そう思って私は緑ちゃんに質問した。


「緑ちゃん、私のこと好き?」

「好き」


 緑ちゃんはすぐ、質問に答えてくれた。なんだか元気が出てきた。


 ~☆


「こんにちは」

「あら、いらっしゃい」


 緑ちゃんの挨拶に、愛想良く答える店員さん。


 恐る恐る店に入った私が最初に目にしたのは、30歳くらいの女の人だった。普段着に見える服装に赤いエプロン。エプロンの胸の辺りに、「山本」って書いてあるネームプレートが付いてて、そこにちょこんと、可愛らしいウサギのシールが貼ってある。


 山本さん?


 なんだか穏やかな雰囲気の人に見える。でも、エッチな妖精が人間に化けてるかも知れないから、まだ油断はできない。今にきっと本性を表すはず。魔女の隠れ家というくらいだから、何が起こるか分からない。どんなキャラで話し出すかも分からない。見た目は日本人なのに、無理のある感じで話してきたらどうしよう?


 今のところ山本さんは、三角のつばの広い帽子を被ってないし、際どい格好もしてない。網タイツも履いてないし、ピンヒールの靴も履いていない。ホウキとか杖を手にしているわけでもない。


 紫色の蒸気を上げて、ぐつぐつ煮えている大釜も見当たらない。人を呪うような高笑いを上げる様子もない。普通の山本さんだ。


 少なくとも、あんなことやこんなことをするような山本さんではないと思う。私は普通が好きだ。この時点で好感度が少しだけ上がった。少しだけ。あくまでも少しだけ。


 明るい雰囲気の店内を見渡してみても、特におかしなものは見当たらない。健全な文房具屋さん、という感じで、変な話だけど拍子抜けした。


 商品棚にある文房具も、私が普段使っているものと、同じようなものばかり。学習ノートや、日記帳なんかが並んでいるラックも、ありふれたものだった。新聞や大人向けの週刊誌もある。漫画雑誌とコミックが、たくさん詰め込まれている本棚もある。


 魔法とか、オカルトに関係するものは見当たらない。私がいつも買っている、少女漫画の雑誌を見て、思わずここが普通のお店のように思えた。


『立ち読みはダメよ(指でバッテンをする猫のキャラクター表示)。ちゃんと、買ってから読もうね(頭の上に丸を描くポーズの猫のキャラクター)』


 手作りの張り紙が壁にあった。想像していたようなものは、まったく見当たらない。お店の中は、ぜんぜん普通のお店だった。


「普通だ」

「どうしたの呪忌夜?」


 つぶやきが聞こえたみたいで、不思議そうな顔をする緑ちゃん。私は答えた。


「お店の外と、お店の中で、なんだか雰囲気が違うと思って」

「確かに、そう言われてみると……」


 私の説明に、緑ちゃんはまわりを見回した。よく分からないポーズをしている。それにしても、言われてようやく分かるものなのかな。お店の外、凄く変だと思うんだけど。もしかしたら私が考えすぎなのかな。あと気になってたんだけど。


「緑ちゃんそのポーズ何?」

「……普通かもしれない」


 ニヒルで格好いい感じにつぶやく緑ちゃん。頑張って低い声を出している。でも、あんまり似合ってない。あんまり普通じゃないと思う。


 この子はけっこう自由なところがある。何かひらめいたのかも知れない。でも反応に困るから、そういうのをいきなりやるのはやめて欲しいな。あらかじめ言ってくれたら私も、ちゃんとそれに合わせられると思うから。


「それがこのお店の新しいところなの!」


 緑ちゃんに合わせる方法を考えていたら、山本さんが割り込んできた。


「こういう場合、普通は見た目を取り繕って、それで裏でいかがわしい事をするんだけど。でも私はその逆をやったのよ!」


 自信満々のどや顔で、胸の前で腕を組んでいる。山本さんは逆をやったらしい。私の直感が告げる。


 絶対に変な人だ。


 でも緑ちゃんの目は輝いている。そして食いついた。


「なるほど。外側の作りをいかがわしくして、中では普通の文房具屋さんだということですね?」

「そうなの!」

「そう来ましたか」


 私にはよく分からない話で、二人は阿吽の呼吸みたいに、盛り上がっている。


「貴女たちが今日ここに来るという事は、実は分かっていたの。だって私たちは、介党鱈の運命デスティニー

「それは……、もちろん心得ています。練り物やタラコの原料にされることが多い介党鱈。冬になると白子にも味がのって美味しくなる事でしょう。ちなみに私は西京焼きが好きです」

「悪くないわね。でも私は、白子ポン酢和えが好きなの……」


 さっきとは違う変なポーズで、緑ちゃんは山本さんと意気投合している。「そっちですか?」とか、「大人になれば分かるわよ……」とか、私には分からない話で盛り上がっている。居心地が悪いから、ボールペンでも買って、早く帰りたい……。なんだか面倒なことになってきた。


 疎外感を覚えて寂しいので、憂さ晴らしに、大海原に漂う運命の導く先の、なんだかよく分からないところまで、介党鱈のムーちゃんと一緒に、私はこれから漂っていきたいと思います。


 人魚になる呪いをかけられたので、ここぞとばかりに、すいすい泳いでいきます。旅は道連れ世は情け。どうかよろしくお願いします。


 さて人類のみなさま、大変申し訳ありませんが私はこれから、海の泡になって、儚く散ります。ムーちゃんはがんばってくれたのですが、たぶんそうなります。かなりの確率でそうなります。それでも私は祈ってます。人類の愛と平和と未来を。私は祈ってます。海よ、天よ、大宇宙よ、どうか我が願いを叶えたまえ。ありがとうー。


 みなさま、地球のことはお任せいたします。それではさようなら……。


 おしまい。

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