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辺境の冴えない下級貴族の俺が“断罪された令嬢”を庇ったら、恋も革命も始まりました!?  作者: ぱる子
第2部:宵闇のセシリア

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第97話 二人の対策会議

 夜の(とばり)が降りると、クリフォード邸の一角は静寂に包まれる。とはいえ、私たちが落ち着ける時間はけっして多くはない。今夜もまた、レオンと私は書斎の小さなテーブルを挟んで、頭を突き合わせていた。


「……結局のところ、旧貴族派の動きがあの程度で済むなら、対話を試みた方がいいんだろうね」


 レオンがランプの灯りを頼りに書類をめくりながら、軽く息を吐く。その横顔はどこか疲れているようにも見えるが、しっかりと意思が宿っている瞳が印象的だ。


 私もその書類をそっと覗き込む。昼間のデモがごく小規模だったとはいえ、スローガンやビラに統一感があり、妙に手馴れている感じが拭えない。こうした報告が断続的に増えていくとすれば、放置は危険かもしれない。


「わたしも、できるだけ争いは起こしたくないのよ。せっかく戦乱が収まったというのに、今度は旧貴族派とまた武力衝突……なんて考えただけでぞっとするわ」


 そう言いつつ、私は紅茶のカップを手に取り、少し冷めかかった液体を口に含む。昼間のドタバタが、頭の中をまだざわつかせている気がした。あのデモ隊のリーダーらしき青年の険しい表情がふと蘇る。


「だよな。俺だって、もうあんな大規模な戦いはごめんだ。できることなら話し合いで解決したい」


 レオンはペンを置き、疲れた様子で背もたれに体を預ける。彼の肩にほんの少し力が入っているのが見えて、私は机越しに手を伸ばす。


「でも……もし、本当に彼らが過激化して、武力行使に走ったら? 王政復活を叫ぶだけじゃなくて、ゲリラ的に反乱を起こす可能性だってあるわよね」


 私が問いかけると、レオンは苦い表情で首を振る。


「だからこそ、今のうちに彼らの考えを聞きだして、妥協点を探るべきじゃないかな。もちろん“王政を復活させる”なんて要求は通せないけど、貴族としてのプライドや、家柄を守りたい思いは無視できない」


 そう言いながら、彼はランプの光で照らされた地図を指差す。クリフォード領周辺にも、旧貴族の名家がいくつか点在している。


「旧貴族派って言っても、皆が皆過激化しているわけじゃないはずだ。むしろ一部の強硬派が煽ってる可能性が高い。そういう人たちを孤立させるには、穏健派との連携が必要になるだろう」


 レオンの読みは正しいだろう。私も、すべての旧貴族がいきなり牙をむくとは思っていない。けれど、その一部が火を放てば大きな炎になり得る……それがわたしの懸念だ。


「……わたし、ちょっと不安なの。もしあのデモが見せかけで、裏でしっかり組織された武装集団を用意していたら、私たちがこんな風に話し合いしてるうちに一気に攻めかかってくるかもしれない……なんて考えすぎかな」


 気づけば、思いが言葉として出ていた。レオンはその言葉を聞いて、一瞬眉をひそめるが、すぐに静かな表情で返してくれる。


「セシリアが考えすぎ……とは言い切れない。実際、亡命貴族とか周辺諸国との密約がないとも限らないし。ただ、俺たちが強硬策に出てしまえば、余計に反発を招く恐れもある。もし本当に組織的なら、カッとなって衝突するより、むしろ慎重に相手の出方を探りつつ対話の余地を残した方がいいと思う」


 言われてみれば、そうだ。大きな争いを避けるためには、相手の動きを見極めながら、先手を打てるうちに穏便に済ませるのがベスト。私も、せっかく築いた共和国を再び血塗られた戦に巻き込みたくない。


「そうね。あなたの言う通り、まずは情報を収集して、可能なら対話の場を設ける。強硬策は最後の手段……かしら」

「うん。どうやら結論はそこに落ち着きそうだな。でも、もし何か異常な兆候があれば、すぐ動ける体制を作っておこう」


 レオンが軽く微笑んで、書類の束を整頓し始める。彼の指先の動きはどこか慣れていて、革命の戦いだけでなく書類仕事にもずいぶん慣れたんだなと、改めて実感する。


「そう考えると、明日は……そうね、旧貴族派が多い地域へ一度私たちが足を運んでみるのもいいかもしれない。大人数で行くと警戒されるから、数名の信頼できる人と一緒に、直接話を聞いてみるとか」


 私が提案すると、レオンはしばし考え込み、コクンとうなずく。


「いいな、それ。ダメ元かもしれないが、向こうも貴族らしいプライドがあるはず。正面から挨拶をして、こちらも対話の姿勢を見せれば、少しは歩み寄ってくれるかもしれない」

「そう。むしろ、急に大部隊を送れば相手も武力を恐れて隠れたり反撃に出るリスクが高いわ。でも私たちが静かに訪ねていけば、『話くらいは聞く』という人が出てくるかも」


 そんなふうに二人で考えを巡らせると、不安でいっぱいだった気持ちが少しだけ軽くなる。やっぱりこうやってレオンと意見を出し合うと、視界が開けるようだ。


 私がほっと息をついたとき、レオンが椅子から立ち上がって、そっと私の肩に手を置く。


「セシリア……もし、本当にまた戦争みたいになるなら、俺は躊躇なく皆を守るよ。君が血を流すのは見たくない。でも、できる限り話し合いで済むように最善を尽くそう」


 その瞳は深く、優しさと決意が同居している。革命の荒波をともに乗り越えた夫だからこそ、わたしは絶対の信頼を寄せている。


「ありがとう、レオン。わたしも、二度とあんな悲劇は繰り返したくないわ。でもあなたがいるから、大丈夫……不思議と、そう思えるの」


 そう言いながら、わたしは彼の手をそっと握り返す。何だか甘ったるい雰囲気になってしまうのを自覚しつつも、この瞬間だけは許される気がする。


「……よし。じゃあ作戦は決まったな。すぐに潰そうとせず、まずは冷静に見極めつつ対話のチャンネルを探る。必要なら武力的な準備もしておくけど、あくまで最後の手段だ」

「ええ。明日には、各方面に連絡を回すわ。わたしとあなたが直接出向くって話も、グレイスにでも伝えてスケジュールを調整しないとね。あの子がまた大慌てしそう」

「確かにな……でも、それが俺たちの“革命後”の仕事だもんな。さ、今日はもう遅いし、そろそろ休もうか」


 レオンが書類をまとめ終え、伸びをする。私も腕を回して軽く背伸びすると、外の夜風が窓辺から吹き込んで心地よい。


 不安はあるけれど、二人で対策を話し合えたことで、だいぶ気が楽になった。夫婦として、そして革命を成功させた同志として。夜の帳の奥に、わずかな嵐の予感が潜んでいる気がするけれど、今の私たちならきっと乗り越えられる……そう信じたい。


「じゃあ、今日はゆっくり休みましょう。明日も早いし。……また一緒に動けるのは心強いわよ、レオン」

「俺もだよ、セシリア。君とならどんな問題だって突破できる気がする。……ありがとう」


 静かな夜の中で、私たちはこの一日を締めくくるべく、自宅の寝室へと向かう。扉の向こうには、まだ安らかなぬくもりが続いている。


 旧貴族派の陰謀――薄暗い影が見え隠れする中でも、私たちは恐れに囚われすぎることなく、明日を迎える覚悟を決める。


 “共に乗り越えよう”と確かめ合い、そっと手を繋いで、夜更けの廊下を並んで歩くその足音に、二人の思いが響いていた。

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