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第96話 小規模な騒ぎ

 その日、私はいつものようにクリフォード領の街を視察していた。昼下がりの陽射しが強く、少しでも涼もうとパラソルを持ったグレイスが後ろをてくてくとついてきている。もっとも、彼女が持つパラソルは私に差すには高さが合わず、結局自分で影を作れないのが玉にキズだ。


「セ、セシリア様、暑いですね~。でもこんなに穏やかな天気だと気分もいいって言うか……あれ?」


 グレイスが足を止めて、通りの先を指差した。見ると、何やら人だかりができていて、中心部では小規模なデモのようなものが行われているらしい。


 さほど大きな集団ではないが、何かを叫んでいるようで、ビラがばら撒かれているのが見える。強い風がビラをさらい、路上に散らばっては通行人が避けるように身を引いていた。


「……これは一体?」


 私は少し警戒しながら近づく。周囲の空気がただならぬものを孕んでいるのを感じた。見れば、ビラには「王政復活を求む!」とか「偽りの共和国は即刻解体せよ!」など、過激な文句が踊っている。


「レオン様やセシリア様を中傷する内容も書いてあるみたいです……おおっ、これ何て書いてあるんでしょう」

「変なところで興味持たないで、グレイス。たぶん旧貴族派がこっそり印刷したビラなのかもね」


 周囲の人々が「なんだあれ」「まだ王政を望んでる人がいるのか?」とひそひそささやいている。なかには苦々しそうに眉をひそめる女性もいる。


 よく見ると、ビラを手にした若い男が頭に鉢巻を巻き、「騙されるな! 王のいない国など成り立たない!」と声を張り上げている。周りに数名の賛同者らしき者がいて、ほかの通行人に声をかけてはビラを押し付けているようだ。


「これは……言われていた旧貴族派の動きかしら」


 先日、執務室で官吏から聞いた不穏な噂が脳裏をよぎる。もし彼らが組織的に動いているとしたら、こういうデモやビラ撒きは氷山の一角かもしれない。


「セシリア様、どうします? ほら、警備隊も少し離れたところで様子をうかがってますけど……」

「私が直接話をしてみるわ。こんな騒ぎ、放っておくと民衆が不安になるでしょう?」


 グレイスの制止を振り切る形で、私は群衆へ足を踏み入れる。こんな小規模なデモ隊なら、警備隊が制止に乗り出せばすぐに解散させられそうだけど、まずは対話が大事だと感じた。


「すみません、ちょっといいかしら」


 私が声をかけると、ビラを撒いていた男がこちらを振り向く。その顔には興奮の色が浮かんでいたが、私の姿を見た瞬間、わずかに表情が強張った。


 どうやら私のことを知っているらしい。何しろ旧王太子の婚約者だったセシリア・ローゼンブルクの名は、革命後の共和国でも広く知られている。


「な、なんだ……セシリア・ローゼンブルクだと? お前がここに何の用だ!」


 男はビラを握りしめて睨みつけてくる。周囲の賛同者が「落ち着け、彼女は革命の中心にいた人だぞ」と小声でつぶやいているのが聞こえる。


 私はできるだけ穏やかな声を出し、相手が騒ぎすぎないように言葉を選んだ。


「私はこの街の様子を視察しているだけ。騒ぎが大きくなると、みんなが不安になるから、できれば話を聞かせてほしいの。王政を戻したいって、本気で考えているの?」

「当たり前だ! 王がいないなんて、国がめちゃくちゃになるに決まってる! お前たち革命派が勝手に王を廃して、この国をどうしようっていうんだ!」


 男は(まく)し立てるように声を上げ、周囲に振り返りを求める。「そうだろう!」と人々に同意を求めるが、多くは引き気味に見つめるだけ。賛同者はごく一部だ。


 私は静かにうなずいて、相手に正論をぶつけるより、まずは落ち着かせることを優先しようと考えた。


「わかるわ。王政で安定していた面もあったでしょうし、貴族としては誇りを持っていたのよね。でも、今の共和国で生活してる人たちを見て……本当に不幸に陥っていると思うの?」

「……そ、それは……」


 相手の言葉が詰まる。実際、街を見渡せば活気が戻りつつあるのは明らかだ。産業や農業が少しずつ発展して、王太子の重税から解放されたと喜ぶ声も多い。


 ここで正面から論破したら、相手を追い詰めて逆上されかねない。私は少し口調を和らげて、説得するように言った。


「あなたたちの思いもわからなくはないけど、この国はもう王に頼らない仕組みを作り始めているわ。自分たちの代表を立てて、みんなで決めていくの。王政がなくても、国はめちゃくちゃにはならない。むしろ、以前より良くなったと感じる人も多いのよ」

「そんな……でも俺たちは、先祖伝来の家柄もあるし、王族に仕えてきた誇りもあるんだ! どうしてこれを失わなきゃならん!」


 男が吐き捨てるように言い、地面にビラを投げつける。どうやら既に自分たちの地位が落ちたことへの怒りや悲しみが募っているらしい。わたしは胸がちくりと痛んだ。


 すると、そのとき周囲の警備隊がやってきて、男たちを取り囲もうとする。「騒ぎはやめろ!」「違法なビラ撒きだ!」と声を上げ、取り押さえようとする姿勢だ。


「落ち着いて! 無理に取り押さえる必要はないわ!」


 私は慌てて警備隊を制止する。だが、男の仲間が「手を出すな!」と警備隊に向かって声を荒らげ、つかみ合いになりかける。周囲の通行人が悲鳴を上げて後ずさる。


 こういうときこそ、冷静な対応が必要だと思い、私は一歩前に出て大きく声を張り上げる。


「みんな、剣を振りかざさないで! あなたたちが言いたいことは、ちゃんと聞くわ。ただ、通行人に危害を加えようとするなら話は別よ。やり方を間違えたら、逆に自分たちを追い込むことになる。あなたたちは分かってるの?」


 男たちは息を荒くしながらも、わたしの言葉に聞き耳を立てたようだ。さすがに警備隊が剣を抜けば勝ち目がないことは理解しているらしい。


 結局、警備隊の方が数で勝り、男たちはビラを巻くのを諦めて「仕方ない、引くぞ……」と撤退していく。まばらな拍手が沸く中、彼らは街外れのほうへ逃げるように去っていった。


「助かりました、セシリア様。やはり昔のような大騒動にはならなかったですね」


 警備隊のリーダー格が安堵の面持ちで声をかける。その通り、戦闘には至らず、一応小競り合いで済んだが……私は胸に引っかかるものを感じた。


「けど……あのビラの文面と、彼らが持っていた統一された主張。いろんな地域で同じように配っているかもしれないわね」

「そうですね。ちょっと組織的な匂いがするかも」


 警備隊リーダーはうなずいて顔を曇らせる。先日から感じていた旧貴族派の不穏な噂が、こうして具体的に表面化したというわけだろう。


 私は軽くため息をつく。そして、周囲の人々に向けてできるだけ明るい声を張った。


「皆さん、騒がせてごめんなさい。もう大丈夫。共和国はあなたたちを裏切らないわ。困ったことがあれば、いつでも意見を届けてちょうだいね」


 通行人の中には不安そうな表情の者もいるが、多くは私の言葉にうなずき、少し安心した様子で散っていく。グレイスが遠巻きに「セシリア様……お怪我とかはないですか?」と駆け寄ってきた。


「大丈夫よ、触られてもいないもの。……ただ、旧貴族派の動きが想定以上に早いのが気になるわね。ビラに書かれた文章、あれって相当練り込まれていた感じだったし」

「はい……わたしもちらっと見ただけですけど、文章が結構整然としてたというか、どこか裏で支援してる人がいるのかなって……」


 グレイスが意外に的確な意見を言うので、ちょっと驚きながらも納得する。この程度の小競り合いで済むならまだしも、もし大規模になれば、また人々が不安を抱くことになるかもしれない。


 私はその場に散らばったビラの一枚を拾い上げて確認した。そこには「王家を崇めよ」「貴族制度こそ国を守る」という文字が踊り、レオンや私の名を挙げて「反逆者に支配されるな」と煽る文言もある。


(言葉だけならどうにでも書ける。でも、真に受ける人が少しでも増えれば厄介だわ)


「……対策を急ぎましょう。警備隊に報告して、次のデモが起きる前に何か手を打つべきね。あの人たちを一方的に押さえつけるのは避けたいけど、大事になる前に情報を集めたいわ」

「かしこまりました! わたしもできる限り動きます~!」


 グレイスが力強く答えた瞬間、また鞄の中の書類が崩れかけ、「わわわ!」とドジっ子ぶりを発揮しかける。周囲がクスリと笑う中で、私も苦笑しながら彼女を支える。


 小規模な騒ぎだったが、私の心には一抹の不安が生まれた。これが将来にわたる大きな火種にならないことを願いたい。いまのところはデモ隊が解散しただけで収束したが、旧貴族派が本気で動き始めたとすれば、私たちも本腰を入れた対応を考える必要があるだろう。


 それでも、私は自分に言い聞かせる――「この国はもう大丈夫。みんなが自由に物を言える場所があるのだから」。そう信じながら、グレイスと一緒に警備隊への簡単な報告を済ませるため、街の役所へ向かう。ほんの少し胸を締めつける不安を抱えつつも、今はまだ“大きな嵐”が来るとは思いたくない。


 こうして、小さな騒ぎは表向き何事もなく収束した。けれど、あの紙切れに書かれた文言からは、わたしとレオンへの中傷、そして王政復活への強い執着が感じられた。これはただの偶然か、それとも、もっと裏で暗躍する組織の存在があるのか――少しだけ、頭の片隅をチクリと刺す疑問を抱きながら、私は日常の仕事へと戻っていく。

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