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第93話 頼れる仲間たち

 あれだけ乱舞する剣と剣、血と叫びの嵐をくぐり抜けた私たちが、こうしてテーブルを囲んでのんびりお茶を楽しめるなんて。


 以前は宮廷で絢爛な夜会に出席する立場だったけど、今は共和国として再出発したこの国で、“普通の市民”として生活している。もちろん、政治に関わる仕事をしているけれど、昔みたいに堅苦しいドレスを着て難しい顔をするばかりではない。こうして仲間たちと和やかな時間を過ごせる日がある――それが、いま何よりの幸せだ。


「うわあ、久しぶりにみんな揃った気がしますねえ!」


 そう言って声を弾ませるのは、グレイス。いつもと同じ侍女風の装いだけど、革命後はわたしやレオンの書類仕事や家事を手伝うだけでなく、領地の事務作業も積極的にやってくれている。でも、彼女のドジだけは相変わらずで……。


「あっ、いけないっ! ティーポットを落としかけました! あわわわ、すみませーんっ!」


 彼女が慌ててテーブルの端に置こうとしたティーポットが、ぐらりと傾きかける。すかさずデニスが手を伸ばして受け止めてくれたからよかったものの、もう少しでお茶が床にぶちまけられるところだった。


 当のグレイスは顔を真っ赤にしてオロオロ。彼女らしいわねと、わたしは慣れっこになった苦笑を浮かべる。


「グレイス、落ち着いて。せっかくの素敵な茶器なんだから、割ってしまわないでよ?」

「うう、はい、気をつけます……ごめんなさい、みんなー!」


 彼女がしょんぼりする姿を見て、デニスは苦笑しながら「ドジは治らないな、ほんとに」とつぶやく。わたしも息をついてティーカップを手にする。


 視線を横に向けると、レオンが既に落ち着いた様子で席に腰掛けている。穏やかな表情で、彼もこの雰囲気を楽しんでいるようだ。


「いや、いいんじゃないか? こういうドタバタも含めて平和の象徴だろ。大怪我さえなければ、あとは笑い話にできるしな」

「レオンはなんだかんだ言って甘いわね。昔だったらそんな優しい言葉は出なかったんじゃない?」

「はは、どうかな。俺も少しは丸くなったってことだよ」


 軽口を交わす私たちの周りで、アイリーン・フォスターが「そうそう、レオン、前は随分とクールな感じだったような気がするんですけど? 大きくなったわねえ」と面白おかしく首を振る。彼女は商家の令嬢として、いまや共和国の経済を支える立場にまで成長している。仕事ではバリバリと手腕を振るうのに、こういう場ではちゃっかりお姉さんぶるのが彼女の魅力だ。


「あ、そうだ、セシリア! このお菓子、商会の職人さんに依頼して作った新作なの。ぜひ味見してちょうだい」


 彼女が取り出したのは、ひと口サイズの焼き菓子。シナモンが香っていて、色も可愛らしい。わたしが口に含んでみると、甘さの奥にほんのりスパイスが効いているのが絶妙で、つい笑みがこぼれた。


「わあ、美味しい……優しい甘みだけじゃなくて深みがあるわ。これは評判になりそうね」

「でしょ? 王都や隣国にも売り出したいくらいよ。経済が安定してきたら輸出するのも夢じゃないわ」


 アイリーンが自信満々に胸を張る光景を見ているだけで、こちらも元気が湧いてくる。戦時中は物資の確保に必死だったというのに、今こうして新作のお菓子を楽しめるなんて、感慨もひとしおだ。


「そっか……随分、落ち着いたのね。新政府の体制も軌道に乗り始めたし、各地で代表が選ばれるようになってるし」

「そうそう、デニスがこの間、議会の警備担当としてまとめてくれてるでしょ。報告見たけど、もう貴族の横暴で話が潰されることは減ったって」


 アイリーンの言葉に、デニスが神妙な面持ちでうなずく。彼は王都の防衛に力を入れつつ、議会運営の警護も引き受けているのだ。かつてレオンの副官的な役割で激戦を潜り抜けてきただけあって、今の世でも頼もしい味方だ。


「まあ、完璧じゃない。いろいろと利権争いはあるし、実際火種はくすぶってるけど……少なくとも殿下の横暴に振り回されることはなくなった。みんながいろいろ考えて、意見をぶつけ合ってるのは悪いことじゃないと思う」

「デニスの言うとおりね。貴族が全員消えたわけじゃないし、旧王太子派の中には未練を抱いてる人もいる。でも、話し合いができる場があるのが大きい。革命前にはなかったことだもの」


 わたしがそう言うと、グレイスが目をきらきらさせながら身を乗り出してくる。ティーポットをまた落としそうになってレオンに止められながらも、懲りない勢いが可笑しい。


「いやあ、わたしも偉そうなことは言えませんけど、こういう風にみんなが集まって話せるなんて素敵ですよねえ! そこにわたしも参加していいんだって思うと、なんだか感動しちゃうんです!」

「グレイスが会議に参加したら、資料の山を落として大混乱が起きそうだが……まぁ、それも一興か」

「も、もう、レオン様までひどいですー! わたしだって一応、自分の意見は……!」


 みんなの笑い声がテーブルを囲む。こういう賑やかな光景こそ、私たちが望んだ日常だと思う。かつて殺意と裏切りが渦巻いた夜会場とは、比べものにならないくらい温かくて、どこかほっとする空気。


 私は胸の奥がじんわり温まるのを感じながら、しばしお茶の香りを楽しむ。グレイスがバタバタしていたかと思えば、アイリーンが新しい商売の話を持ち出し、デニスがその警護をどうするか提案する。レオンはそれを聞いて「じゃあ俺たちの領地と連携しよう」と細かい仕組みを考える――そんなひとときが、なんとも贅沢に思える。


(戦っていたときは必死だった。いまも別の意味で忙しいけれど、この明るい雰囲気こそ、私が本当に欲しかったものかもしれない)


「うふふ……ほんとに、あの頃の苦労が嘘みたいね。こうして談笑するだけで、あのときの怖さや辛さが遠い昔みたいに感じるわ」


 私がそう言うと、全員が小さくうなずく。もちろん、それは表面的なものかもしれない。心の奥には今も、失った仲間や無念さを抱えている人がいる。それでも、笑い合える瞬間は大切だ。これを守るために革命を起こしたのだから。


 ふと、レオンが静かに立ち上がり、窓の外を見つめる。そこには穏やかな空が広がっている。彼はいつになく落ち着いた声で言った。


「……これから先、どんな困難があっても、俺たちはこうやって集まって、意見を出し合い、助け合っていける。そう信じてるよ。セシリアも、みんなも、ありがとう」


 皆がうなずき、笑顔で応える。私も席を立って、レオンの横顔をそっと見やる。彼もわたしを見ると、あの安心感に満ちた微笑を浮かべる。


「いえ、こちらこそ。レオンがいたから私もこの世界に留まっていられるもの。……ありがとう」


 それだけで何かが満たされる気がした。グレイスは「わ、わ……これはちょっとラブラブ感が強いのでは!」と赤面しているし、アイリーンとデニスは呆れながらも茶化すように笑っている。


 こんなに明るい時間が流れるなんて、かつての私には想像もできなかった。今はただ、ここにいる仲間たちと、新たに築かれる国の姿を見守りたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになる。


(はい、これが、私の――私たちの望んだ平和。これからも頑張りましょう、みんなで)


 そう心に決めながら、私は改めて椅子へ腰を下ろす。仲間とのお茶会はまだ続く。もちろん政治や暮らしの話題で真面目な議論が始まったり、ドタバタしたり、賑やかさに満ちているけれど、すべてが尊く愛おしい。これが私の、そして私たちの“平和”だ。これを守り、発展させていくのが使命だと思いながら、優しい午後の光を感じていた。

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