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第90話 結ばれる二人

 クリフォード領の片隅にある古い礼拝堂――かつては祭事や小さな会合で使われていたが、戦乱の傷跡から徐々に復興が進む中で、ここが再び人々の集う場所になりつつあった。


 今日はいつもより装飾が施され、ささやかながら華やいだ空気が漂っている。なぜなら、俺とセシリアの“特別な日”を祝うために、仲間たちや領民がここへ集まってくれているからだ。


「すごい……本当に皆が来てくれたのね」


 セシリアが窓辺から礼拝堂の様子をのぞき込み、小さく感嘆する。彼女の瞳にはいつも以上の緊張が宿っているようにも見える。横でグレイスが声をひそめながらバタバタと落ち着かずに動いていた。


「セシリア様、今日はとってもお綺麗ですよ! わたしが準備したドレス、お気に召しましたか?」

「ええ、ありがとう。……少し派手じゃないかと不安だったけど、こういうときくらいは装いを変えてもいいわね」

「はいっ! せっかくの晴れ舞台ですもの、気合いを入れなきゃ損です!」


 グレイスが浮かれ気味に笑うので、セシリアは小さく苦笑しながらも「まったく……」とつぶやく。だが、その頬はわずかに赤らんでいる。俺はその様子を見て、自然と肩の力が抜けた。戦い続きだったあの頃から考えたら、こんな平穏なやり取りは奇跡みたいに感じる。


 やがて、礼拝堂の外からは楽しげな話し声が伝わってきた。アイリーンが領民たちに振る舞い用の菓子を配っているらしく、「まったく、どうしてこんなに甘いのまで用意しちゃったのかしら」と笑いが混じる声が聞こえてくる。


「よし……そろそろかな。セシリア、準備はいいか?」


 俺が声をかけると、セシリアは深呼吸してゆっくりと振り向いた。その姿はいつもより品があって、まるで貴婦人のようなドレス姿。否――彼女はもともと貴族の出だが、いまは“共和国”の新体制づくりに奔走するリーダーの一人。


 俺はそんな彼女を見て胸が高鳴る。革命をともに戦い抜いた末に、俺は彼女との絆を確かめ合ってきた。そして今日、正式に“結びつき”を誓い合う場を設けたのだ。


「……大丈夫、落ち着いてるわ。何を言ってるの、レオンのほうが顔が赤いんじゃない?」

「そ、そうかもしれないな。いざとなると緊張するもんだ」

「ふふ、わたしもちょっとドキドキしてるわ。まさかこんな形で人生を共にする日が来るなんて……まだ実感がわかないの」


 セシリアの言葉にうなずきつつ、俺は彼女の手をそっと取る。かつては王太子フィリップの婚約者だった彼女が、今は俺の隣にいる。それは運命の悪戯と言うにはあまりにも劇的な道のりだった。


 扉の向こうではアイリーンが「時間よー!」と元気よく合図を送っているのが聞こえる。グレイスがドアを開けようとするが、なぜか躓いて「きゃあっ!」と派手に転倒した。


「ふわわっ! ご、ごめんなさいー! わたしがドアを開けるつもりが、ドアに引っかかっちゃって……!」

「もう、グレイスったら……でも大丈夫? 怪我はない?」

「は、はいっ、汚れはしちゃいましたけど服は平気です! い、今度こそ開けますね。よいしょ!」


 彼女の慌てぶりに、セシリアと俺は思わず顔を見合わせ、微笑み合う。これも私たちらしいなと感じながら、改めて心を落ち着けてドアの向こうへ足を踏み出した。


 すると、そこには小さな祝福の空間が広がっている。礼拝堂には豪華ではないが温かみのある装飾がされ、デニスやアイリーン、領民たちが拍手で出迎えてくれた。中には子どもたちが花を持って駆け寄り、「おめでとうございます!」と恥ずかしそうに差し出してくる。


「やあ、ありがとう。こんなに賑やかになるとは思ってなかったよ」


 俺が子どもたちに笑顔を向けると、さらに照れくさそうに頬を赤らめて離れていく。セシリアも隣で微笑みながら、壇の上へ促されていく。そこには簡易の祭壇が用意され、村の老人が式を進行する形らしい。


 人々がざわざわとささやき合う中、俺とセシリアは壇の中央に立つ。私的なお祝いだから、派手な演出はない。でも、戦乱を一緒に乗り越えた仲間や領民に祝福されるだけで、十分胸が熱くなる。静かに全員が視線を向けるなか、司会役の老人が口を開いた。


「本日はお日柄もよく……と言いたいところだが、何せ急に決まった行事でな。だが、お二人を祝福する気持ちは皆同じじゃ。ここに集まった全員が、ようやく訪れた平和を喜び、そしてお二人の門出を応援しとる。どうか、これからもこの国の柱として支えてくだされ」


 老人が温かい口調でそう述べると、拍手が沸き起こった。周囲には仲間たちの笑顔がある。顔に大きな傷を負った兵士も、片手に松葉杖をつきながら、頬を緩めて手を打っている。ああ、ここには確かに俺たちの生きている証が詰まっているんだ、と実感する。


 そして、俺は決意を固め、セシリアの前に向き直った。彼女がかすかに瞬きしながらこちらを見つめる。視線が合うだけで胸がドキリと高鳴るが、覚悟を決めなくては。


「セシリア……今までは革命のため、国を変えるために全力で走り続けてきた。君には幾度も助けられたし、俺のことも支えてくれた。だからこそ、これからは――俺と共に人生を歩んでほしい」


 言葉が詰まりそうになるのをこらえながら、真っ直ぐ言葉を続ける。


 革命後の再建はまだまだ課題だらけで、国の体制づくりに彼女の力は欠かせない。それでも、個人として彼女に伝えたい思いがある。俺が心から愛した人――もう確信している。


「俺は、ただの下級貴族だったけど、君と出会って世界が変わった。共に歩みたい。どんな困難があっても乗り越えていきたい……結婚してくれ、セシリア」


 一瞬、礼拝堂が水を打ったように静まり返る。そして、セシリアの瞳がわずかに(うる)んだように見えた。彼女は唇を引き結びながら、小さく笑みを浮かべる。


「……ふふ、ずいぶん遅いわね。こんなに引っ張っておいて、いまさら断ると思う? 答えは……もちろんイエスよ。わたしもあなたと人生を共にしたいわ」


 その瞬間、嵐のような拍手と歓声が礼拝堂を満たした。グレイスが「きゃ~!」とハンカチを振り回して興奮し、足元のカーペットに引っかかって転びそうになっている。アイリーンは両手で目を押さえ、「ああもう、こういうシーンは弱いんだから」と感極まって涙を流している。


 デニスはどこか照れくさそうに笑みを浮かべ、周囲と一緒に拍手。皆がこの小さな式典の盛り上がりを楽しんでいる。俺はセシリアと向き合ったまま、どうすればいいか少し戸惑うが、彼女が小さく首を傾げて、からかうように微笑む。


「どうしたの? 次はわたしから何か言わなきゃいけない? それともあなたが“愛の言葉”でもささやいてくれる?」

「い、いや、その……そんな恥ずかしい台詞、急に言えないってば」

「ふふ、しょうがないわね。じゃあ、わたしの方から――これからもよろしくね、レオン。大好きよ」


 その言葉に、俺の胸が一気に熱くなる。戦いの中で想いは幾度となく通じ合ったはずだが、こうして改めて口にされると、意識が跳ねそうになる。思わず「セシリア、ありがとう……」とぎこちなく答えるが、それでも彼女は嬉しそうに笑ってくれる。


 こうして俺とセシリアは、皆の前で正式に婚約……いや、もはや結婚を誓ったといってもいいだろう。大げさな儀式もなければ、豪華な飾りもないが、ここにいる仲間と領民の温かい祝福が何よりの宝物だ。


「それじゃあ、乾杯の代わりに……コホン。お二人の結びつきに、万歳ー!」


 意外にも先陣を切ったのはデニスで、彼が大きな声で呼びかけると、周囲が「万歳ー!」と続く。白い花びらが宙を舞い、子どもたちが拍手で盛り上げる。礼拝堂は一気にお祝いムードだ。


 グレイスは涙目になりながら、「おめでとうございますっ!」と走り寄ってくるが、服の裾を踏んでまた大きく転倒しそうになり、セシリアが慌てて支えて笑いを誘う。


「もう、グレイスったら……でもありがとう。あなたがいなければ、ここまでいろいろ支えてもらえなかったし、ドタバタも悪くなかったわ」

「うう、そんなふうに言っていただけるなんて……わたし、幸せですー!」


 満面の笑顔で抱きつくグレイスを見て、俺も思わず笑ってしまう。周囲の温かい視線が、どれだけ革命を乗り越えたからこそ生まれたものなのかを改めて感じる。


 式は細やかなもので、領民たちが用意してくれた食事や飲み物をみんなで分かち合いながら、少しずつ夜に近づいていく。それでも誰もが笑顔を絶やさずに、俺とセシリアに拍手を送ってくれる。


「こうしていると、本当に戦争が終わったんだなぁ、って感じがするわね」


 セシリアが一口のスープを味わいながら、満足そうに息をつく。俺はその隣でうなずきつつ、仲間たちと乾杯のように木のカップを軽く合わせる。豊富ではないが、心を込めて作られた飲み物が嬉しい味を運んでくる。


「そうだな。まだ復興途中だけど、この瞬間を大切にしたい。……俺はずっと君と共にありたいって願ってたから、本当に幸せだよ」

「ふふ、それを言うならわたしだって。まさか革命の道の果てで、こんな形で“結ばれる”だなんて、想像もしてなかったから」

「それでも、今はこうして隣にいる。――ありがとう、セシリア。君を愛してる」


 その言葉にセシリアが耳まで赤くなり、「も、もう……急にそんな素直なことを言われると戸惑うわよ」とツンと横を向くが、口元は笑みを押し隠せない様子だ。


 あたりには、ドタバタの騒ぎもなく、ただ皆が温かな空気に包まれている。俺たちを祝う人々の笑顔が、灯りに照らされて揺れる中、グレイスが道化のように転んだり、アイリーンが笑いながらお菓子をすすめたり、デニスが「おめでとうございます、ホントに……」と照れた笑みで頭をかいたり――そんな光景が嬉しくて、胸がいっぱいになる。


(ようやくここまで来たんだな……)


 そう心でつぶやきながら、俺はセシリアの手をもう一度握る。彼女もそっと握り返し、あたたかな笑みを湛える。この先、共和国としての体制づくりはまだまだ大変だろう。そこに生まれる問題は、きっと数え切れないほどだ。


 けれど、俺は彼女となら乗り越えられると信じている。こんなに心強い相棒は他にいない。俺が苦手なことを彼女が補い、彼女が悩むときには俺が力になればいい。それを一生続けていく――それが今の約束だ。


 遠くから祝福の声が重なり合い、星空の下でささやかな祝賀の夜が更けていく。こうして俺たちは正式に結ばれ、クリフォード領のみならず国全体の希望を背負って、新たな日々へと踏み出すのだ。戦いも悲しみも乗り越えた先の未来――二人で歩む、その第一歩が今、ここに確かに始まっているのだった。

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