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辺境の冴えない下級貴族の俺が“断罪された令嬢”を庇ったら、恋も革命も始まりました!?  作者: ぱる子
第1部:暁光のレオン

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第88話 不安や混乱の残滓

 革命の歓喜が王都の大通りと広場にあふれる一方で、すぐに見えてきたのは、国じゅうに刻まれた深い傷だった。市街地のあちこちには焼け焦げた家屋や倒壊した建物が残り、荒廃の跡が生々しく広がっている。行き場を失った人々が広場の周辺で不安げに立ち尽くし、同時に「新しい国づくりが始まる」との噂に、ほのかな期待を抱いているようでもあった。


「……すごい惨状ね。大規模な内戦になったから、当然の結果とはいえ、こんなに町が壊れてしまうなんて」


 セシリアが深いため息をつきながら、かつて王都を彩っていた美しい街並みを見渡す。そこには瓦礫や鎧の破片、焦げた木材が散乱し、民衆が呆然とそれを片づけようとしていた。


 俺は彼女の隣で、剣の柄を握る手をゆっくりと開閉する。血と汗でこびりついた服の汚れもまだ落としていないが、とりあえず大枠での戦闘が落ち着いた今こそ、街の復興に取りかからなくてはならない。


「いま王都の混乱は頂点だろうけど、ここからが本番なんだよな。王政を倒しても、すぐに街が元通りになるわけじゃない。経済やインフラも崩れているし、周辺領地も火の手が上がっているかもしれない」


 セシリアが眉をひそめてうなずく。王族や貴族が失墜したあと、事務や行政をどう再編するかはまだ決まっていない。各方面の期待と不安が入り混じった状態だ。


「ええ、みんなが理想を語っているけれど、すぐに仕組みを整えられるわけじゃないわ。とくに物資の流通がストップしているし、飢えや寒さに苦しむ人が出ないよう、なるべく早く体制を整えなくちゃ」

「俺たちがこうして立ち止まっている間にも、治安が戻らなければ略奪や犯罪が起こる可能性がある。王都だけでなく、各地で似たような問題が噴出するかもしれない」


 そう言っていると、遠くから革の鞄を背負った若い娘が駆け寄ってきた。傷だらけの制服を着た革命軍の連絡役らしく、息を切らしながら俺に報告する。


「レ、レオン様! 周辺の農村で食糧不足が深刻化しているそうです。王太子軍や傭兵に焼かれた畑が少なくないとか……今後の生活再建のためにも、一刻も早く救援が必要かと」

「やっぱりそうか……。わかった、協力してくれている商人ルートや周辺領のストックをかき集めて、緊急に物資輸送を始めよう。そっちの手配はアイリーンたちに頼めるかな」

「承知しました! 急ぎ、アイリーン・フォスターさんにも伝えます!」


 娘はぺこりとおじぎして、また走り去っていく。見送ったあと、俺はセシリアと顔を見合わせ、小さく笑い合う。正直、まだ体は悲鳴を上げているが、今は一刻も早く動かないといけないのだ。


「簡単にはいかないわね。これから各地の復興に加えて、新しい代表制の試験運用……ああ、本当に山積みだわ」

「でも、みんなでやろうって決めたんだ。王がいなくても、国を成り立たせるってね。大変だけど、俺たちも先頭に立って頑張るしかない」

「ええ。わたしももう後戻りはしない。……実際、領地や農地の再建には商人や周辺諸侯の協力が必要だし、いまある貴族の権限をどう整理するかも難題だけど、それでも、みんなで前に進むしかないものね」


 セシリアの瞳には確かな意志が宿っている。俺もその光を支えるように、大きく息をついて背筋を伸ばした。革新的な制度の導入には反発も出るだろうが、必要なことだと信じている。


 周囲では、民衆が通りの片づけを手伝い合ったり、簡易の炊き出しを行ったりと、徐々に「自分たちの街」を取り戻す動きが始まっている。誰かが「あの革命軍が手伝ってくれるらしい」「レオン殿はただの領主じゃなくて、皆のために戦った人だ」と口々に語る声が聞こえてきた。


「レオン様!」


 やってきたのは、傷だらけの制服をまとった青年兵だ。緊張した面持ちで俺たちに頭を下げる。


「ありがとうございます、こんな俺たちでも、街の片づけを一緒にやっていいと言ってくれるなんて……早くも新しい時代だって感じます。まだ不安はあるけど、やってみます!」


 どうやら、王太子軍に仕えていた下級兵士が投降して協力を申し出ているらしい。何が正しいか分からない中で戦いに参加した者が、こうして再出発を望んでいることは喜ばしい。


「もちろんだ。俺たちは王や貴族だけでなく、皆で支え合う国を作るんだから。あなたの経験や技術もきっと役に立つはずだ。遠慮しないで力を貸してくれ」

「は、はい! 必ず……!」


 青年兵は泣きそうな顔で深く礼をし、人々の手伝いに向かう。セシリアも微笑んで手を振る。それを見て周囲の市民が「おおっ、セシリア様だ」「あんな上品な方が庶民にも声をかけてくれるなんて」と感嘆の声を上げている。


 しかし、すべてが順風満帆というわけではない。焼け落ちた屋敷を前にして悲嘆に暮れる人もいるし、各地で「貴族や騎士の報復があるのでは」と不安を訴える声もある。国外の情勢もどうなるか不透明だ。とはいえ、今は目の前の再建を進めるしかない。


「セシリア、どうする? このまま俺と一緒に瓦礫の撤去や食糧支援の調整を進めるか、それともイザベル姫やウォルフォード卿と新体制の制度づくりに着手するか……?」

「どちらも急務ね。じゃあ、わたしはまず制度面の草案を書き始めるわ。あなたは現場を回って、民衆の声を直に聞いて。あとで情報を共有して具体案をまとめましょう」

「了解。短いスパンでミーティングしないと混乱するしな。いまこそ仲間たちとの連携が大事だ」


 言葉を交わし合い、さらに先へ進む。まだ町のあちこちから立ち上る煙や、人々の嘆き声は後を絶たない。だが、その隣では小さな笑いや「新しく店を作り直そう」という意気込みも湧き上がっている。


 どんな国になるのか、誰にもまだ完璧な答えはない。王政が消えて、貴族社会が崩れた今、ゼロから作り出さなきゃいけない仕組みばかりだ。でも、これまでの苦しみや闘いを経て、俺たちはここに立っている。


「ようやく一息ついたと思ったら、もう次の難題か。……でも、なんだか不思議と前向きな気分なんだ」


 俺はほんの少し笑ってみせる。腕を痛めながらも、衝撃的な夜会以来ずっと走り続けてきたこの道を振り返れば、もう逃げや迷いを考える暇はないのかもしれない。


 セシリアが隣で肩をそっと寄せ、「同感ね。まだまだ困難は山積みだけど、わたしたちが最初に志した理想に向かって進むしかないわ。いつか、魔法のようにうまく行けばいいけれど……」と苦笑する。


「だからこそ、人の力を信じるしかない」

「そうね。……さあ、行きましょう。待っている人たちがいっぱいよ」


 こうして、俺たちは再び歩みを始める。王政が崩壊し、共和国樹立への大きな第一歩を踏み出した今こそ、真価が問われるのだ。


 広場には笑顔もあれば戸惑いもある。路地を曲がれば悲しみに暮れる人もいる。すべてを抱えながら、俺はセシリアと共に混乱の残滓を乗り越え、新たな国づくりのため奔走する。


 これはゴールではなく、スタート――そう実感しつつ、疲弊した体に鞭打って、また前へ進むのだった。

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