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第81話 秘密の通路

 王宮門前の大通りは、先ほどの激戦の爪痕がくっきり残っていた。市街地を制圧した革命軍の本隊がここまで進軍したことで、通りの両端には倒れた王太子軍の兵や壊れたバリケードが散乱している。


 俺は足元に転がる木の破片を踏みしめながら、周囲の仲間に声をかけて回っていた。


「よし、ここで一旦隊を分けよう。大半の兵は外周警戒と市街の安定化に当たってくれ。これから先の突入はごく少数で行くべきだ」


 炎上や略奪の混乱を最小限に抑えるためにも、大軍をまとめて王宮内へ押し入るのは危険が大きい。市民をできるだけ巻き込まないよう、メインストリートを占拠すると同時に、俺たち精鋭隊が内部へ潜り込むのが得策だ。


「了解、レオン様! ここは任せてください!」

「市街からの援軍や補給ルートも確保します!」


 兵たちがそれぞれ手を挙げて意気込みを示す。とはいえ、まだ戦闘は終わっていない。王太子の親衛隊が王宮内に陣取り、最後の抵抗を試みるだろう。その一方で、内部協力者の動きで扉や裏門が開く可能性もある。


 そんな状況を踏まえ、俺はセシリアの方へと視線を移した。いま彼女は自分の手元に広げた簡易地図を睨んでいる。そこには王宮内の回廊や部屋の配置、いくつもの仕掛けが記されていた。


「セシリア、こっちは準備が整った。そっちの案内の方はどう?」

「ええ、見てちょうだい。ここが正門と接する大広間。殿下の親衛隊が集まりやすい要衝だけど、正面突破ではどうしても手間取るわ。だから――ここ」


 彼女の指先が示すのは、地図の片隅に書かれた細い通路のマークだった。見慣れないルートに、俺は眉をひそめる。


「これは……王宮の裏手? 以前から気にはなっていたが、そんなところに通路なんてあったんだな」

「ええ。わたしがまだ殿下の婚約者として宮廷に出入りしていた頃、侍女長から“非常時の避難用”と教えられたの。実際にはほとんど使われていないみたいだけど、鍵さえあれば通れるはず」

「なるほど。正面じゃなく、そこから入り込めば、玉座の間へ繋がる廊下付近に一気に出られるかもしれないってことか」


 地図を覗き込みながら、頭の中でイメージを巡らせる。王太子が玉座の間に陣取っているなら、その周辺には当然親衛隊も固められているだろう。しかし、この通路を使えば、背後を突く形で接近できるかもしれない。


 セシリアは地図に注釈を加えながら、さらに説明を続ける。


「ただ、ここにはいくつか仕掛けがあると聞いているわ。昔の王族が敵国の襲撃から逃れるために作った隠し通路だから、要所要所に封鎖用の扉や鍵がある。わたしが知っている範囲の情報で、何とかなると思うけれど……」

「鍵を見つけないとダメってことか?」

「鍵は複数あるらしいけど……あとは、内部協力者のアルテアたちが動いてくれる可能性もあるわ。いずれにせよ、無策で正面突入するよりずっと成功率は高いわね」


 たしかに。その上、ライナスたち傭兵隊が離脱した影響で、王太子軍の兵力は激減している。今こそ少数精鋭で突入すれば、成功の目が十分あるはずだ。


 俺は腕を組みながらうなずき、デニスと近衛兵にも目配せした。


「じゃあ、俺とセシリア、デニス、近衛の精鋭を数名……合計十人程度で十分だ。大人数で行けば目立つし、仕掛けを突破するのも難しくなる。外の兵は市街地の防衛と警戒を頼もう」

「はい、了解しました。……くれぐれも気をつけてください、レオン様」

「敵が追い詰められている今こそ、殿下が何をしでかすか分かりませんからね」


 近衛兵たちが心配そうに声を掛けてくる。俺も内心では緊張を感じているが、表には出さない。革命を成就させるための最終段階なのだから、ここで怯むわけにはいかないのだ。


 ふと、セシリアと視線が合う。薄く微笑む彼女の唇が「大丈夫よ」と動いたのが分かり、俺はかすかに胸の痛みが和らぐのを感じた。


「まさか君とこんな形で王宮へ向かうとは思っていなかったな……正直、不思議な気分だよ」

「わたしもそう。昔は、殿下とここで結婚式を挙げる日が来るのだろうって、漠然と思っていた。だけど、いまわたしはあなたとともに、殿下を倒しに行く立場……人生何が起こるか分からないわね」


 彼女の横顔には、軽い寂しさと決意が同居しているように見えた。王太子との因縁は深いが、それがもう遠い昔のことのように感じられる。


 デニスが気遣うようにそっと言葉を挟む。


「セシリア様、本当に前線に出るんですか? もし危険が多いなら、後方で指揮を取るという手も……」

「いいえ。わたし自身が行かなければ、殿下との決着はつかないと思うの。あの人を止めるためにも、わたしは同行するわ」


 デニスが押し黙り、俺は微笑みながら肩を叩く。彼は忠誠心からセシリアを危険に巻き込みたくないのだろうが、セシリアの決意は揺るがない。


 地図を畳み終えたセシリアは、最後に胸元のブローチを軽く触れ、その瞳を輝かせて言った。


「……行きましょう。あなたとわたしで、殿下の支配を終わらせるの。王宮の奥へ通じる秘密の通路はわたしが案内するから、何があっても離れずについてきて」

「わかった、頼りにしてるよ、セシリア」


 隊を組むと決めた十名ほどの精鋭が集まってくる。彼らには素早く事情を説明し、狭い通路を通過するために装備を簡略化するよう指示を出す。大きな盾や槍では動きにくいから、短剣や軽い装備を中心に再編するのだ。


 その様子を見ていた近くの兵士が心配そうに言葉を投げかける。


「レオン様、成功を祈ってます。もし何かあったら……」

「何もないようにするさ。そっちは市街の防衛を頼む。殿下がもし外へ逃げ出そうとすれば、そっちで食い止めてほしい」

「はい! お任せください!」


 兵士が力強くうなずいて、隊列を整える。俺たちはそれを尻目に、軽くうなずき合ったセシリアの先導で王宮外周の路地へ向かった。ここで離脱し、秘密の入口を探す計画だ。


 歩きながら、ふと胸が熱くなってくる。多くの血を流しながらも、俺たち革命軍は王都の市街を制圧し、最後の砦へ迫っている。セシリアが宮廷にいた頃とは真逆の立場――殿下に剣を向けるため、同じ地を目指すことになるとは。本当に人生は何があるか分からない。


 セシリアが小さな声で言う。


「昔は、わたしが殿下を支えるはずだったけど……いまはあなたと肩を並べて戦っているのね。あの頃の自分が知ったら、腰を抜かすかもしれないわ」

「それだけ時間が変えたし、殿下も変わってしまった。それに……君も変わったよ。あの毅然とした高貴な姿は変わらないけど、もっと強くて、優しくなった気がする」

「そう? まあ、ありがとう。あなたも最初はただの下級貴族って印象だったのに、今や国を揺るがす革命軍のリーダーだもの。お互い様じゃない?」


 彼女が冗談めかして微笑んでくれる。その笑顔を見ると、心の底から嬉しくなる。


 デニスが軽く咳払いして話を戻す。


「ここから裏手の塀を回り込めば、秘密の通路の入口があるはずですね。どうかお気をつけを。親衛隊がうろついている可能性もあるので」

「わかってる。皆も油断しないでくれ」


 うっそうと茂る植え込みの隙間からは、王宮の壁が見える。すでに何度かの戦闘で警備が手薄になっているようだが、完全にフリーというわけではない。警戒している王太子兵の姿が時折チラつくが、大規模な防衛は市街側へ回されているらしい。


 セシリアが低い声でささやきながら、壁の一部を指し示す。


「あそこが昔の避難用の扉よ。鍵がかかっているなら、きっとアルテアたちが外してくれているかもしれない。行ってみましょう」

「そうだな。ここからが本番だ……。皆、準備はいいか?」


 うなずく仲間たちの顔に、少し緊張が走る。もし扉が開かずに親衛隊が待ち受けていたら、これまでの作戦は振り出しに戻る。だが、幸いにも王都制圧の状況から推測するに、内部協力者が既に働きかけてくれているはずだ。


 俺は剣の柄を握り直し、セシリアと並んで壁際へ静かに駆け寄る。扉の前には鍵穴が見えるが、どうやら既に施錠は解かれているようだ。ドアノブをそっと回すと、わずかな軋み音を立てて扉がわずかに開いた。


「……よし、行くぞ」


 息を詰めたまま、中を覗き込む。暗い通路が石の床へ続いていて、かすかな灯りが差し込んでいる。親衛隊の姿は見えないが、いつ現れてもおかしくない。デニスが先頭の兵を合図し、盾と短剣を構えたまま静かに通路へ滑り込む。


 その後ろにセシリアが入ろうとしたので、俺は彼女の肩をそっと押さえ、「俺が先に」と目で伝える。しかしセシリアは首を振り、「わたしに任せて」と気丈に応える。


「君が危険な目に遭うのは嫌だが……わかった。無茶はするなよ」

「ええ、わかってるわ。……レオン、これはわたしの戦いでもあるもの」


 彼女の瞳には確固たる意志が宿っている。ツンとした横顔に、俺はかすかな安心と高揚を感じていた。王太子を倒すため、一緒にここまで来たのだ。


 こうして、俺たち選抜隊はセシリアの案内を頼りに、王宮内部へ続く秘密の通路に足を踏み入れる。静かな闇が広がり、不安が胸を締め付けるが、同時に心の奥底では「これで終わらせるんだ」という決意が燃え上がる。


「王太子がいる玉座の間はこの先……行こう。必ず勝って、生きて戻るぞ」


 そう小声で仲間に伝え、俺たちは一歩ずつ通路を進む。敵兵に見つかるリスクはあるが、セシリアの知識と内部工作がある限り、今が最大のチャンスだ。


 王宮を目指す……まさか、こういう形で潜入するなんて想像もしなかった。しかし運命というにはあまりにも壮絶な道のりだったが、今こそそのゴールが見えている。


 狭い通路で俺とセシリアが肩を寄せ合いながら進む。時折聞こえる親衛隊の足音に息を潜め、交差する瞬間を見極めてやり過ごす。何度かヒヤリとする場面もあるが、セシリアが示す隠し扉や回廊を活用し、ぎりぎりのところを切り抜けていく。


(殿下、覚悟しろよ。ここまでの犠牲を払ってきたんだ。もう逃がすわけにはいかない)


 そう胸中でつぶやき、先へ歩を進める。暗闇の中、セシリアの呼吸がかすかに聞こえ、彼女も同じような決意を抱えているのだと実感する。


 これから先、玉座の間で王太子との直接対峙が待っているだろう。そのとき、どんな言葉を交わすのか。どんな戦いが起きるのか。想像だけで胃がきしむが、振り返るわけにはいかない。仲間や民衆、そしてセシリアを守るためにも、最後まで走り抜くしかないのだから。


「大丈夫、怖がらなくていいわ。……ここはわたしが通り慣れた道なの。少し形は変わってるかもしれないけど、多分、玉座の間の近くへ出られるわ」

「頼もしいな。君の知識がなければ、とっくに親衛隊に囲まれてたかも……ありがとう」

「礼なら、ちゃんと殿下を止めてからにして。さあ、急ぎましょう」


 セシリアが先導し、俺たち十名ほどの精鋭が静かに従う。まるで王宮の血脈を流れる暗渠のような通路を進みながら、俺は奥歯を噛み締めた。


 次の曲がり角を曲がれば、いよいよ王太子フィリップとの最終決戦が見えてくる。その先にあるのは革命の成就か、それともさらなる血と涙か――どちらにせよ、引き返しはしない。


 こうして、セシリアの案内の下、俺たちは王宮を目指して突き進む。物語はクライマックスへ向けて大きく動き始めたのだ。今はただ、足元を照らすランプのかすかな光を頼りに、王宮内部へと入り込んでいく――そこにある運命を切り開くために。

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