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第74話 王都近郊への到達

 王都の城壁が、夕日を受けて橙色に染まっていた。


 俺たち革命軍は、ついに王都近郊の平野部まで進軍を進め、広い草原に野営地を張っている。これまでの困難な行程を経て、とうとう王太子の居城を目の当たりにするところまで来たわけだ。高く(そび)える城壁と堅牢な門は、一目見ただけで「正面突破は簡単ではない」と感じさせる威圧感を放っている。


 野営地には数えきれないほどのテントが立ち並び、兵士たちが行き来していた。気を張り詰めている者もいれば、逆に興奮気味に語り合っている者もいる。遠巻きに城壁を見つめては、「ここからが本当の決戦だな……」とつぶやき合う声が聞こえた。


「ふう……やっとここまで来たか」


 俺は野営地の一角から城壁を眺め、そんなつぶやきを零す。手には地図と計画書の束を抱えていて、先ほどの行軍で塵や土埃をかぶったままの姿だった。歩き疲れで体は重いが、内心は張り詰めた緊張で眠気すら感じない。


 やがて、一人の兵士が駆け寄ってきて敬礼した。


「レオン様、前方の斥候隊から報告が入りました。王都の外縁には王太子軍の見張りが散らばっていて、こちらの動向を警戒しているとのことです。現状、すぐに襲いかかる様子はなさそうですが、夜襲の可能性は否定できません」

「わかった。じゃあ今夜は厳戒態勢を敷こう。配置を増やして、焦らず敵の動きを見極めるんだ。兵たちの士気が上がりすぎて無謀な行動をしないよう、各隊長に目を光らせるように伝えてくれ」


 兵士が「了解!」と大声で応じて走り去る。俺は後ろを振り返って、テント群の中心部を見つめた。そこではセシリアたちが陣営の整理や作戦会議の準備を進めているはずだ。


 夕闇が迫るにつれ、野営地のあちこちで篝火が焚かれていく。兵士が食糧を配ったり、周辺に警戒の柵を作ったりと慌ただしいが、ここにいる全員が「いよいよ最後の戦いが始まる」という思いを共有しているのが分かる。誰一人として暗い顔をしてはいない。むしろ、不安と興奮が入り混じった空気が漂い、そこから熱気すら感じられる。


「レオン様、今日の宿営地の配置はこんな感じです。もし夜襲が来ても対応できるよう、北側に精鋭部隊を置いています」


 先ほど別れた兵士が戻ってきて、地図を指し示す。各隊のテントが同心円状に配置され、中央に本部がある形だ。城壁までの距離は見通しが効くが、こちらが動けば当然相手も対策してくる。


 俺は地図を確認してから小さくうなずき、兵士へ言葉をかける。


「いい布陣だ。引き続き夜間の見張りを厚くしてくれ。城壁の上から矢を射られたり、奇襲される可能性だって十分あるからな」

「承知しました!」


 兵士が駆け去っていくのを見送ったあと、セシリアがこちらに近づいてきた。手には書類がぎっしり詰まった袋をぶら下げており、神妙な顔つきのまま隣に立つ。


「レオン、明朝には周辺の村や町に向かって呼びかける準備を始めるわ。アイリーンやオーウェンが、民衆を味方につけるための宣言文を作成中よ。城内でも“革命軍が来た”という噂が広まるように動いてくれるそう」

「そうか。助かる。正面衝突は最悪の手段に留めたいから、民衆が門を開いてくれれば一番いいんだが……殿下の正規軍だって、まだ勢力を保ってるはずだ」


 セシリアは軽く息を吐き、「ええ、だから油断せずいきましょう」とうなずく。彼女も日々の作業と行軍で相当疲れているはずなのに、その瞳には確かな意志が宿っている。


 遠くに見える城壁には、まだ小さく兵の姿が確認できる。こちらを監視しているのかもしれない。静かな闘志を感じ取りながら、兵士たちの視線も自然と城壁へ向かっているようだ。


「しかし、なんだか感慨深いな。あそこが王都か……俺たちが必死に抵抗して、いろんな仲間が集まって、とうとうここまで来たんだよな」


 自分で言いながら、胸が熱くなる。あれほど遠かった王都が、今は手を伸ばせば届きそうなくらい間近にあるという事実が感動的だ。セシリアも少し苦笑を浮かべて同意する。


「わたしも昔はあの城壁の内側で社交界に出ていたのを思い出すわ。王太子の婚約者として……でも、もうそんな過去は遠い昔みたい」

「だな。あの日々の上に今があるんだから、否定はしないけど……ここからは、新しい未来をつかむための戦いだ」


 俺の言葉に、セシリアは少しだけ笑ってくれる。その横で兵たちが小声で「やるぞ……やるしかねえ」と拳を握りしめているのが見える。まだ少し不安げな表情の若い兵も、周囲の仲間と肩を組んで士気を高め合っているようだ。


 夜の風が吹いてきて、肌寒さを感じる。これから闘いが本格化すれば、昼夜を問わない緊張状態が続くだろう。俺は改めて皆に声をかけようと、大きく息を吸い込んだ。


「皆、今日はここでしっかり陣を張って、夜通し警戒する。明日以降、状況を見ながら徐々に王都を取り囲んでいく予定だ。ここが正念場だ……気合いを入れていこう」


 兵士たちが「おう!」と力強く応える。その響きが、遠くに見える城壁へ届いているかのような錯覚を覚える。


 セシリアが小さくうなずき、再び書類に視線を落とす。


「わたしはこれから、周辺の集落や商人との連絡網を最終確認しておくわ。殿下が傭兵を使って奇襲を仕掛ける可能性もある。万全を期しましょう」

「ありがとう、助かる。俺ももう少し各隊を見回って、士気の具合や必要物資をチェックする。やっぱり飯が不足すると気力が落ちるからな」


 わずかな会話の中にも、重い空気と高揚感が混在しているのを感じる。兵士たちは城壁を見つめながら、心の中で何を思っているのだろう。きっと、家族のことや仲間のこと、そして新しい時代を切り開く夢を抱いているに違いない。


 俺は最後にもう一度、遠くにそびえる城壁へ視線を向ける。まもなく、王太子軍との最終決戦が始まるだろう。ここを突破できれば、本当に新しい国を築く道が見えてくる。反面、負ければ皆が夢を失うだけでなく、下手をすれば処刑され、世界はより暗黒になってしまうかもしれない。


「――よし。ここからが俺たちの踏ん張りどころだ。やるぞ」


 そうつぶやいて、次の行動へ移ろうと歩き出す。背後でセシリアが小さく微笑んだのを感じながら、俺は心を引き締める。王都を解放し、新たな歴史を刻むために――革命軍がここまで来た奇跡を決して無駄にはしない。


 士気と不安とが入り混じる夜、城壁の向こうに灯る明かりを見つめながら、俺たちは決戦の前夜を迎えようとしていた。

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