第72話 作戦会議—王都攻略のプラン
野営地の一角、広めのテントの中に大きな机が置かれ、その上には詳細な地図や書類が並べられている。俺はテーブルの端に立ち、集まった面々を見渡した。セシリア、ジェラルド・ウォルフォード、それから周辺領主や学者たちの顔ぶれだ。
「それじゃあ、始めよう。王都攻略に向けた作戦会議だ」
声を掛けると、テーブルを囲む人々が一斉に地図へ視線を落とす。そこには王都ルベルスの詳細な図が広げられていた。主要な城門や城壁の構造、兵の配備状況までメモがびっしり書き込まれている。
「まず、王都は外壁が高く、正面から突入するのはかなりリスクが大きいわ。傭兵隊や王国軍が城壁を固めていれば、通常の攻城戦では苦戦必至ね」
セシリアが指先で城壁をなぞりながら、冷静に解説する。オーウェン・メイベリーという学者らしき男がその隣でメモを取りつつ、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「そうですね。わたしが古い書物から調べたところ、王宮の下には古い通路や抜け道が存在するらしい。古い下水路と繋がっている可能性もあります。ただ、実際に使えるかどうかは確認が必要ですが」
「抜け道か……。内部と繋がる通路が見つかれば、一気に城門を開けられるかもしれないな」
俺がそう言うと、ジェラルド・ウォルフォードが静かにうなずく。彼は表向きはまだ王太子に従っているが、こうして陰で情報を持ち寄ってくれているのだ。
「俺も王都にいる知人から聞いた話だが、近頃は王太子が大軍を動かすにあたって補給路を重視している。城内の倉庫が兵糧で埋まっていると聞く。逆に言えば、外部からの物資は厳しく管理しているはず。周囲を包囲しながら、内部に協力者を潜り込ませられれば、兵糧線を混乱に陥れられるかもしれない」
「いい情報だ。包囲網を敷くにしても、大規模戦闘は避けたい。城門の前で正面衝突すると、俺たちにも大きな被害が出るだろうからな」
地図の端を抑えながら、俺は皆の顔を順番に見る。いろんな出身地、いろんな背景を持った人たちが、一つの目標――王太子打倒と新しい国づくり――のために集まっているのがわかり、胸が熱くなる。
「そういえば、先日イザベル姫から“何らかの協力が得られる”って話があったって噂を耳にした。あまり大きな期待はできないかもしれないが、もし宮廷内部からの助けがあれば、城内で門を開く作戦も現実味が増すんじゃないか?」
ジェラルドがそう言うと、セシリアがうなずく。
「イザベル姫は兄の暴走を見て、密かに私たちに通じようとしているそうね。詳しくはまだ分からないけれど、内部に協力者がいるなら、王都攻略は随分やりやすくなる。王太子の正面軍をかいくぐるには、内と外で同時に動く必要があるわ」
「だな。俺たちの革命軍は数が増えたとはいえ、まだ正規軍の総力と正面からぶつかるのは得策じゃない。周辺の都市を落としながら、徐々に王都を包囲していく。その間に内部の協力者が門を開き、一気に突入――そんなシナリオが理想だ」
仲間たちのうち何名かが「なるほど」とうなずき、地図上に包囲ルートを示す。オーウェンがペンで線を引きながら、「この街道を抑えれば王都の食料運搬が大幅に遅れます。そこにゲリラを配置して、補給を断てば、じわじわと王都内の士気を落とせるでしょう」と提案する。
「デニスはどう見る? 兵の訓練具合はまだまだかもしれないが、実際に城壁を相手取るとなると、どれくらいの準備が必要だ?」
「正直、攻城兵器はほとんど持っていませんし、作る時間も限られている。やはり内応が頼みの綱ですね。外壁を正面から攻略するのは無理がある。俺たちは城門が開くタイミングを狙い、一気に市街地へ突入する作戦に集中すべきかと」
「わかった。じゃあ、城下町へ侵入して内部工作をしてくれる隊も編成しよう。ゲリラ戦で名を馳せた連中と、王都出身で地理に詳しい者を中心にしたいな。武力だけじゃなく、民衆を味方につける説得が重要だ」
俺がそう言うと、セシリアが微笑んでメモを走らせる。
「そこにアイリーンの商人ルートも活かせるわね。王都内にも商人仲間がいるはずだから、物資のルートや情報収集に役立つんじゃない?」
「ああ、絶対に役立つと思う。城内で混乱を起こしながら、外から包囲網を狭めていけば、王太子は一度に対応しづらいはずだ。そこで、例のイザベル姫や内部協力者が門を開いてくれれば、一気に王宮へ突入……そんなところが大筋だな」
「ただ、問題は王太子軍の傭兵部隊よ。ライナス・ブラックバーンたちの動向が読めない以上、油断はできないわ。彼らが寝返ってくれれば楽だけど、こちらから積極的にアプローチできていないし……」
「そうだな。寝返りの可能性は示唆されてるが、まだ確信がない。とにかく王都周辺で大規模に動く前に、ライナスたちの動向も偵察しよう。いざ決戦で正面から当たるのは避けたい」
そんな議論を続け、テーブルの上にはぎっしりと作戦案が書かれたメモや地図が積まれていく。ジェラルド・ウォルフォードも「宮廷の警備状況をなるべく探ってみよう」と約束し、周りの同盟領主たちもそれぞれ協力を申し出てくれる。
「よし、方向性は見えたな。第一に、王都を包囲しながら民衆の支持を取り付け、第二に内部協力者との連携で門を開く。第三に、王宮へ突入して王太子を退け、新しい体制を打ち立てる――これが俺たち“革命軍”の大目標だ」
「細かい兵站や補給については、わたしやオーウェン、アイリーンを中心にまとめておくわ。王太子の目を掻い潜って物資を運ぶルートも整備しなくちゃ」
セシリアが何枚もの書類をめくりながら、周囲と手分けの打ち合わせを開始する。俺はその光景を眺めていると、なんだか胸が熱くなるのを感じた。ここには、王太子に泣かされてきた人々が団結している。その意志が、一つの大きな力となるかもしれないのだ。
「しかし、失敗すれば大きな反動が来るのも事実。王都には市民も多い。俺たちが強引に突入して、民衆に被害が及んだら本末転倒だからな。だからこそ、丁寧に準備して、可能な限り穏やかに王太子を排除したい」
「ええ、そこは同感よ。王太子みたいに手段を選ばないやり方を真似しては意味がない。わたしたちが目指すのは新しい時代だもの。民衆を守る姿勢がなければ、革命も茶番になるでしょう」
セシリアの言葉に、周囲がうなずいて静かに同調する。この革命は、王太子のような独裁や暴力の横行を終わらせるためのものだ。だからこそ、同じ轍を踏むわけにはいかない。
なんとも不思議な高揚感に包まれながら、俺は地図を指し示して結論をまとめる。
「じゃあ皆、まずは各隊が王都へ向かうルートを確保しながら、王太子軍の目を引きつつ補給を絶つ動きを進めてくれ。俺はセシリアらと一緒に内部工作の準備を急ぐ。王太子の正面軍とぶつかる前に、少しずつ外堀を埋めよう」
「了解だ!」
「王太子なんかに負けてたまるか!」
「王都を解放し、新しい政治を始めましょう。わたしたちが支えます!」
同盟領主や民衆代表の意気込みを聞きながら、俺は思わず背筋を伸ばす。これで、王都攻略のプランは大筋が決まった。兵が大勢いるが、その分だけ困難も大きいが、ここにいる仲間となら乗り越えられるはずだ。
テントの入り口から差し込む陽光が、一層明るく見える。俺たちの戦いはいよいよ大詰めへ向かう。この作戦会議を皮切りに、革命軍は一丸となって王都を目指すのだ――王太子の手で焼き払われた村や、苦しむ民衆のためにも、絶対に勝たなくてはならないと改めて思う。
「よし、各自の持ち場に戻ってくれ。戦いは厳しいが、成功した暁にはみんなで新しい国を築こう。俺はそれを信じている」
皆が拍手や歓声をあげて散っていく中、セシリアが隣に立って地図を片づける。その横顔には凛々しさと、どこか柔らかい微笑みが宿っていた。
「さあ、忙しくなるわね。わたしたちの革命軍が、本格的に王都へ進む準備ができるのも、そう遠くないかもしれないわ」
「そうだな。あとは、どれだけうまく王都を包囲しながら市民を味方にできるか……心してかかろう」
こうして、革命軍による王都攻略プランが具体化される。ある者は兵を率いて包囲網を強化し、ある者は内部の協力者と連絡を取りつつ入念に準備を進める。巨大なうねりはもう止まらない。
これが最後の大勝負だ――そんな予感を胸に、俺は熱気を帯びたテントの空気を感じながら、次のステップに向けて思いを巡らせた。




