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第68話 各地での蜂起情報

 翌朝早く、アイリーンが一枚の地図と書類の束を抱えて部屋へ飛び込んできた。息を切らしながら、しかし興奮した様子で目を輝かせている。


「レオン、セシリア様! すごい情報が入ったの。わたしの商人仲間から、王太子の圧政に反発して蜂起が起き始めているって連絡があったわ!」


 彼女の声に、ふと胸の奥が高鳴る。長く苦しい抵抗を続けてきたけれど、ついに全国各地で動きが起きているのかもしれない。急いでテーブルを片づけ、アイリーンに地図を広げてもらう。セシリアも隣に来て真剣な眼差しで地図を覗き込んだ。


「アイリーン、詳しく教えてくれ。どこで、どんな蜂起があったんだ?」

「まずは西方。ここじゃ、殿下の使者が増税を通告しに来たんだけど、民衆が怒って役人を追い出したらしいの。周辺の農村まで連鎖して、小さな自衛組織みたいなのを作ってるみたいよ」

「自衛組織……俺たちの民兵みたいな形かな? でも正規軍が出張ってきたら簡単には勝てないだろう」


 セシリアが地図を指しながら、眉根を寄せている。そこからはさらに南下した地方でも「領主が王太子の命令を拒み、実質的に独立を宣言した」なんて噂が広がっているらしい。殿下の重税や強制徴兵に耐えかねた住民が手を組み、領主もそれに乗っかった形だという。


「そんな具合に、細かい蜂起があちこちで起きてるの。大規模ではないけど、王太子への反感が連鎖的に広がってるのは間違いないわ」

「なるほど……つまり、俺たちと同じように王太子のやり方に限界を感じて、独自に動き出した領民や小領主が増えてきたってことか」


 地図には複数の小さな印がつけられており、それぞれが蜂起の発生地点を示しているらしい。遠い場所もあれば比較的近い地域もある。そこに蜂起の規模や参加人数など、断片的な情報が書き込まれているが、まだ正確性は不明だ。アイリーンの商人ネットワークだからこそつかめた生の声だろうが、流動的な部分も大きい。


「私が気になるのは、これらの蜂起がバラバラに起きているって点よ。みんな王太子に反抗しているのに、連携が全く取れてない。下手すると、ひとつずつ潰されるだけかもしれないわ」


 セシリアが鋭く指摘する。たしかに、王太子軍は数万規模を動員できるという話もある。もし小さな蜂起が各地で散発するだけなら、分割して攻められ、根こそぎ制圧されてしまう可能性は高い。


「そうなんだよ。だからこそ俺たちが発信できることがあると思う。『王太子に屈しない勢力がここにもいる』って情報を広めて、相互に連携できるよう呼びかけるんだ。そうすれば、一緒に王太子の暴政を止める方向へ進めるかもしれない」

「まあ、実際にやるのは難しいわね……単に“共闘しませんか”と声をかけるだけじゃ、相手も慎重になる。殿下に見つかれば終わりだし、裏切りのリスクもあるし」


 セシリアは顎に手をやりながら地図を睨む。その横顔は深い考えに沈んでいるけれど、どこか喜びに近い感情を覗かせているようにも見える。やはり王太子の横暴に苦しむ人々が立ち上がり始めたのは、どんな形であれ良い傾向なのだ。


「でも、今までわたしたちが形づくろうとしてきた『反王太子連合』の構想と合流させられる可能性はあるわね。お互い孤立していたら勝ち目はないけど、まとめあげられたら――」

「いよいよ“革命”の実現が視野に入るかもしれない。王太子を退けて、貴族制度も変えられるような大きな動きに……」


 その言葉に胸が熱くなる。革命――俺たちは以前から、王太子の暴政だけでなく、腐敗した貴族社会も変えたいという思いを抱き始めていた。下級貴族だという理由で見下され、理不尽に皇族や貴族の都合で運命が決まる世界はもういらない。


 アイリーンが興奮を隠せないまま、近くの兵士やグレイスにも聞こえるように声を上げる。


「そうよ。今がまさに時期なんじゃない? あちこちで立ち上がる人たちを一つに束ねられれば、王太子だって簡単には抑え込めない。全部が無秩序に暴れ回るだけじゃダメだけど、わたしたちが音頭をとれば……」

「でも、それなりの組織や指導者が必要よ。いくら民衆が蜂起しても、まとまらないまま殿下の正規軍に潰されるのがオチ。そこをどうまとめ上げるかが課題ね」


 セシリアの分析は冷徹で、しかし的を射ている。レオンが王太子と正面衝突しているように見えても、まだクリフォード領だけでは国全体を動かせない。全国で起きている蜂起を一つに束ねるには、強い大義と計画性が求められるのだ。


 俺は肩の力を少し抜きながら、小さく微笑む。今まで暗闇を進んでいたけれど、こうして少しずつ光が差してきたのを感じる。


「なら、まずは情報を集めて相手を知ることだね。どの蜂起が大きく、どの領主が真剣に反王太子を掲げているのか。連絡ルートを築けるなら、使わない手はない」

「ええ。わたしたちの民兵や周辺領主が協力する形で各地に使者を送ったり、アイリーンの商人仲間を通じて繋がりを作る必要があるわ。危険は大きいけど、やる価値はあるはず」


 セシリアがテーブルに広げた地図に指先を這わせ、蜂起の起きている地点に小さな印をつけていく。南方の農村地帯から北の鉱山地帯まで、本当に全国的な波紋が広がっているようだ。


「王太子軍も余裕はなくなるだろうね。一箇所だけならまだしも、全国で反発が起きてるなら、軍を分散させる必要がある。そうすれば、俺たちへの圧力も少し緩む可能性はある」

「まさに逆転のチャンスかもしれない……でも、油断は禁物よ。王太子は傭兵隊や貴族の軍を独断で動かせるから、各個撃破されないよう、連携するのが大事。蜂起がバラバラのままなら負けるわ」


 その言葉に思わずうなずく。ここまで苦労して小さな勝利を積み上げてきたのは、ゲリラ戦や周辺領主の協力など戦術面だけでなく、王太子への不満を蓄えていた人々が少しずつ動き始めているからだ。今こそその流れを大きくする時期かもしれない。


 セシリアがペンを置き、「革命」というキーワードを口にしかけて一瞬止まるが、意を決したように語る。


「……わたしたちが目指すのは、ただ王太子を退けることじゃないわ。腐った貴族社会や王政そのものを変えたい。下級貴族や庶民が踏みにじられる今の制度を廃止して、新しい政治体制を築くのよ」

「うん、それが本当の意味での“革命”なんだろう。王家も貴族も絶対じゃない。民衆が自由に生きられる国を作る。それが、これまで見えなかった希望の道かもしれない」


 その言葉を口にした瞬間、胸が少しだけ軽くなる。無謀な夢かもしれないが、このまま王太子に支配される未来よりはるかに価値がある目標だ。


 アイリーンが深くうなずいて手を叩く。


「そうそう、わたしたち商人も貴族の古い仕組みに苦しんできたのよ。王太子がさらに徹底した差別を推し進めれば、商業活動はますます息苦しくなる。だからこそ、この革命に賭けたいわ」

「いいわね。何だか心強いわ、アイリーン。それに……各地の蜂起がうまく繋がれば、わたしたちも一気に勢力を増やせるでしょう。勝算がゼロじゃないわ」


 セシリアはそう言うと、再び地図を視線でなぞる。地図の各ポイントが、まるで小さな灯火のようだ。まだ小さく揺らぐ火だが、集まれば大きな炎になるかもしれない。


 俺はそれを見ながら、固く拳を握る。


「よし、まずは作戦を立てよう。アイリーン、商人仲間に呼びかけて、各蜂起のリーダー層に連絡を取りたい。手間はかかるけど、絶対にやる価値がある」

「わかったわ。わたしに任せて。できるだけ王太子の耳に入らないようにルートを工夫するから、報告には少し時間がかかるかもだけどね」

「大丈夫。焦らず慎重にいこう。……セシリア、君も準備を頼む。どこから声がかかっても対応できるよう、連絡体制を整えてほしいんだ」


 セシリアはやや疲れた表情で微笑むが、その瞳には確かな決意がある。


「ええ、こちらもフル稼働で動くわ。万一、敵のスパイや裏切りが出てもすぐ対処できるようにね」


 こうして、全国へ広がる“反王太子の蜂起”を束ねるという新たな希望が見えてきた。討伐軍に苦戦していた暗い日々の中で、やっと光が差し込むのを感じる。


「王太子がここまで強引な支配を進めたせいで、民の怒りが限界を超えつつあるのかもな。この波はもう止められないだろう」

「そうね。今こそ民衆や小領主が立ち上がる瞬間。俺たちは、それを大きな革命のうねりに繋げる役割を担うのかもしれないわ」


 セシリアの言葉に心が躍る。もちろん、これで勝利が見えたわけじゃない。王太子軍は相変わらず圧倒的な兵力を誇り、各地の蜂起は小規模で組織されていない。だが、ゆっくりとではあっても“革命”の種が芽を出しつつあるのだ。


 俺は地図を指で撫で、決意を新たにする。


「ここからが本当の戦いだな。王太子を倒すだけじゃなく、この国を変える。皆が貴族や王族に怯えず生きられる世界を作りたい……そのためなら、どんな困難にも立ち向かう覚悟がある」


 そのつぶやきに、セシリアとアイリーンが同時に笑みを浮かべてうなずく。きっとこの瞬間こそが、俺たちが目指してきた革命の始まりなのだ――まだ輪郭は曖昧だが、確かな熱を秘めた炎が心の中で揺れている。


 そんな風に、新たな希望と覚悟を胸に刻みながら、俺たちは“反王太子連合”の本格的な胎動へ向けて歩み始めた。もう後戻りはできない。むしろ、この道が俺たちの未来を切り開く唯一の手段なのだから。

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