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辺境の冴えない下級貴族の俺が“断罪された令嬢”を庇ったら、恋も革命も始まりました!?  作者: ぱる子
第1部:暁光のレオン

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第67話 二人の誓い

 俺――レオン・クリフォードは、夕焼けの名残が霞む空の下、焼け焦げた村の廃墟を縫うように歩いていると、ふと遠くにセシリアの姿が見えた。彼女は瓦礫の前で立ち止まり、灰まみれの衣服を気にもせず、胸の奥に沈んだものを噛みしめているように見える。


 近づいて声をかけようとするが、言葉が出てこない。俺と同じように、彼女もこの惨状に心を痛めているのだとわかるからだ。疲労や悲しみが容赦なく押し寄せてきても、不思議とセシリアの背中には強さが宿っている気がした。


「セシリア……」


 控えめに名前を呼ぶと、彼女は振り返ってこちらを見つめる。瞳には涙の跡が残っていたが、それでも落ち着きを失ってはいない。むしろ、張り詰めた気迫のようなものさえ感じられる。


「レオン……あなたも、ここに来たのね」


 彼女の声は震えが混じっているが、ささやくように静かだ。焼け焦げた木材や砕けた瓦礫を見回しながら、歯を食いしばるように言葉を紡ぐ。


「こんなひどい光景を……二度と見たくないのに、まだ止められない。わたしたちの抵抗が十分じゃなかったから、こんなに多くの人を犠牲にしてしまった……」


 悲しみと無力感が混ざった言葉に、胸が痛む。守りたかったのに守りきれなかった事実。村が焼かれ、人々が犠牲になったという現実。それはわたしの決断の延長でもある。


 しかし、同時に彼女と同じ思いを抱えているからこそ、ここで逃げてはならないと強く感じる。


「セシリア……俺も悔しい。どうして守りきれなかったのかって、何度も自分を責めた。だけど、こんな仕打ちをする王太子を、黙って見過ごせるわけがない」


 足元には焦げた人形が転がっている。子どものものだろうか。その持ち主は無事だったのか。わからないことだらけだが、もう涙を流すだけで終わらせたくない。


 セシリアは唇を噛みしめ、火傷を負った腕をそっと押さえる。彼女も医療テントで救護活動を続け、傷の手当てをしていたと聞く。疲弊の極みにあるはずなのに、まだ彼女は立ち止まろうとしない。


「わたし……もう後悔はたくさん。王太子への怒りと悲しみが、今までで一番強くなってる。あんな男をのさばらせたままなんて、あり得ない」

「俺も同じだ。どんなに苦しくても、ここで止めなきゃならない。これ以上、仲間も領民も失いたくない。絶対に、王太子の思い通りにはさせない」


 視線が交差する。お互いに涙が浮かんでいるのを感じつつ、それでも瞳を逸らさない。わたしたちは、この惨劇を乗り越えるために共に戦うと決めたのだから。


「悔しいわ……。だけど、みんなが希望を捨てずにいる限り、わたしたちは戦い続けるしかない。ここで足を止めたら、殿下の暴走はますます広がるだけ」

「そうだ……ここで引き返せば、殿下の横暴が加速するだけだ。俺たちが見てきた犠牲や焼け落ちた村は、このまま増え続けるだろう。その未来を変えたいから、俺は戦う」


 思い切って踏み込んだ言葉を投げかけると、セシリアの瞳がかすかに(うる)む。そして大きく息を吐き、わたしの腕をそっとつかんだ。細い指先が震えているのがわかる。


「レオン……一緒に、最後まで戦い抜きましょう。わたしはもう、どんなに怖くても逃げない。あなたと一緒なら、苦しみに負けずに進める気がするの」


 その言葉に、胸が強く揺さぶられる。わたしたちが互いを必要としているのは、恋心だけじゃない。戦いの中でこの痛みを背負い合うため、同志としても支え合っているのだ。


 ふと、セシリアの頬を濡らす涙の跡が光って見える。だが、瞳には決して諦めない炎が宿っていた。わたしはその炎に導かれるように、彼女の手を握り返す。


「ありがとう……俺も、君がいるから立ち上がれる。こんな悲惨な状況でも、君がいてくれると不思議と希望が見えるんだ」

「……わたしも、あなたがいてくれるから、王太子に負けたくないって思える。ローゼンブルク家の名を捨ててでも、みんなを守りたい。だから……最後まで一緒にいて」


 かすかな声。お互いに言葉が震えているが、それでも何とか伝え合う。崩れ落ちた家の残骸を背にして、ここがまるで二人の誓いの場になったかのように感じられる。


 そっとセシリアを抱きしめたい衝動が湧くが、今はそれをぐっとこらえる。わたしたちはまだ戦いの最中にいるのだから。にもかかわらず、彼女の手の温もりにわずかに安心を得る自分がいる。


「もう逃げない……絶対に、この領地を守り切る。君を、守り切る。王太子への怒りを、いつか必ず形にしてみせる」

「わたしも、あなたの隣で戦うわ。どんなに怖くても、もう一人じゃないもの」


 二人の視線が再び交わり、憎しみと悲しみを超えた小さな決意が芽生える。泣いてもいいはずなのに、不思議と涙が引いていく代わりに、心に芯の通った熱が広がる。


 ここから先、王太子軍との大規模な激突は避けられないだろう。多くの血が流れるかもしれない。それでも、諦めるわけにはいかない。わたしたちが最後に目指すのは、王太子に支配されない未来。


「セシリア……行こう。みんなが待ってる。俺たちがこの悲しみを乗り越えなきゃ、彼らだって二度と立ち上がれない」

「ええ。わたしはもう決めたから。どんなに王太子に追い詰められても、あなたと共に戦い続けるわ。絶対に、ここを奪わせない」


 手を繋いだまま、わたしたちは焦土から離れ、足早に焼け跡を後にした。まだ泣き崩れている人々もいるが、わたしもセシリアも、彼らのために次の行動を起こさなくてはならない。


 そしてその背中越しに、昇り始めた朝日が見えたような気がした。黒い煙と灰の光景の先に、一筋の光があるかもしれない――そう思うことで、わたしたちはまた前に進める。


(ここからが本当の勝負だ。絶望のどん底を味わったからこそ、今度こそ立ち上がる。セシリアと共に、この国を変えてみせる)


 誓いを胸に、二人は並んで歩く。どこまでも暗い道のりだとしても、もう一度立ち上がる決意を交わした以上、止まることはない。俺たちの心には、確かな炎が宿っている――悲しみと怒り、そして希望の炎が。

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