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辺境の冴えない下級貴族の俺が“断罪された令嬢”を庇ったら、恋も革命も始まりました!?  作者: ぱる子
第1部:暁光のレオン

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第65話 焼け跡での絶望

 焼け焦げた柱が、まるで墓標のように村のあちこちに立ち尽くしていた。


 先刻までまだ煙の立ち上る家屋や崩れ落ちた納屋、黒ずんだ瓦礫の山――昨日までここで暮らしていた人たちの生活が、一瞬にして奪われた光景が広がる。風が吹くたびに灰が舞い上がり、鼻を突く焦げ臭さが目に痛い。


 俺は足元の瓦礫をそっと蹴り避けながら、胸の奥に深い重みを感じていた。数日前までこの村には笑い声があり、穏やかな生活があったのに。今は悲しみと静寂だけが残っている。


「……申し訳ない」


 唐突につぶやいた言葉を、自分自身にも聞かせるように発する。俺の決断が正しかったのかどうか――考えても答えは出ない。ただ、どんな言い訳をしても、この惨状を防ぎきれなかった事実が消えることはない。


「領主様……」


 声をかけてきたのは、すすで顔を汚した中年の女性だった。見たところ、家族がいてもおかしくない年齢だが、周囲にその姿はない。彼女は潰れた家の前に立ちすくんでいたようで、重い足取りでこちらへ寄ってくる。


「ご無事でしたか。よかった……。皆、レオン様がどうされているか心配で……」

「君こそ、怪我はないか? 家族は……」


 言葉を飲み込んだ。家族はどうか、と問う勇気が出ない。彼女が涙を浮かべて首を振っただけで、すべてを悟ってしまう。


「家は焼け落ちました。夫は……王太子軍が来たときに村を守るんだと残って、もう……たぶん……」

「……そう、か」


 どう返事していいか分からない。悔しさが喉に引っかかるようで、声にならなかった。まるで灰の匂いが、罪悪感をさらに濃くしていくようだった。


 女性はそれでも、ぎこちなく微笑もうとしてくれる。


「でも、レオン様がまだ……ここにいてくださるから。わたし、もう少し頑張れます。ここで終わりたくはない……」

「俺が……まだいるから、頑張れる?」


 何を言ってるんだろう、と自分でも思う。こんな光景を前に、俺はひどく無力で、村ひとつさえ守りきれなかった。それでも、彼女は俺の存在に救いを見出しているのだろうか。


「そうです……わたしは、この村が好きですから。焼かれてしまったけれど、まだ……諦めたくないんです。家を建て直して、また畑を耕して、家族の……思い出を守りたいから……」


 声が震え、目から涙がこぼれているのに、女性はまっすぐ俺を見てくる。その瞳は絶望と悲しみに満ちているが、同時にかすかな希望の光がそこに感じられた。


「領主様、どうか……わたしたちのためにも、諦めないでください。レオン様がいるから、まだわたしは……」


 余計に泣きそうだった。歯を食いしばり、かろうじて涙をこらえる。自分の不甲斐なさを痛感しながらも、この人たちの期待を裏切るわけにはいかないんだと、はっきり意識する。


「……ありがとう。俺だって……こんなとこで終われない。絶対に、王太子を止める。必ず、ここを取り戻す。もう……こんな目に遭わせたくない」


 それが口先だけの強がりに思えて、自分で言いながら心が痛む。けれど、俺にできるのは前を向くことだけだ。憎むべき王太子軍に対して、今はゲリラ戦で抵抗しているが、いつか本格的に打ち破らなければ、永遠にこんな惨劇が続くだろう。


 立ち尽くしていた女性は、顔をくしゃくしゃにしながらもかすかに笑って、俺に深く頭を下げる。それを見て、ぐっと胸が締め付けられる。こんなに苦しんでいるのに、感謝の気持ちを向けてくるなんて。


「泣くのは……もう少し後でいい。俺はもっと強くならなきゃな……」


 ささやくようにつぶやき、自分の頬を軽く叩く。見れば近くにいるほかの領民たちも俺の方を見つめている。灰まみれの姿で、泣いている子どもを抱えている人もいる。俺は深い呼吸をし、彼らに向けて声を張る。


「みんな、聞いてくれ! 王太子軍が村を焼いた。だけど、まだ終わりじゃない。今は苦しいけれど、俺たちは必ずこの地を取り戻す。家を建て直し、畑を取り戻し、皆が平和に暮らせる場所を作り直すんだ」


 そんな綺麗事を言ったところで、今すぐ変わるわけじゃないとわかっている。けれど、領民たちの目には、ほんの一瞬だけ光が宿ったように感じた。彼らが諦めていないなら、俺も立ち止まるわけにはいかない。


「レオン様……わたしたち、まだ逃げるわけにはいきませんよね。どうかこの土地を守ってください。力になれることがあれば何でもやりますから……」

「無理はしないでいい。まずは皆さんが安全に身を寄せられるよう、避難所を確保する。俺たちが戦っている間は、どうか命を大事にしてほしい。落ち着いたら必ず戻ってくるから」


 嘘じゃない。どんなに無謀に思えても、俺たちはこの地を捨てるつもりはない。泣き崩れる女性や子どもを前に、今ここで諦めるわけにはいかないのだ。


 一人ひとりに言葉をかけていくうちに、胸の苦しみは増すばかり。死んだ人の姿もあり、生存者の嘆きもある。だけど、その惨劇を見てなお「ここで終わりたくない」と言ってくれる人たちがいる。


(俺が守ってやれなかった罪悪感は消えない。けど、これで挫けたら本当に全部が終わる。まだ立ち上がるしかないんだ)


 そう決意を胸に、立ち上がろうとするそのとき、遠くからセシリアが小走りに近づいてきた。彼女も灰まみれで、涙の跡が残る顔をしているけれど、その瞳にはかすかな光が宿っている。


「レオン、避難所の手配が進んでいるわ。民兵を派遣して、ここにいる人たちを連れていく。かなりの混乱だけど、なんとか動き始めてる」

「そっか、ありがとう。……みんなが支えてくれるおかげで、俺も何とか立てるよ」


 セシリアは黙ってうなずき、震える声で言う。


「辛いわね……こんなに悲しい光景を見て、わたしも何度も心が折れそう。でも、民が諦めてないなら、わたしたちが諦めるわけにはいかないわ」


 俺はゆっくりと背筋を伸ばし、焼け跡の向こうに目をやる。まだ煙が漂い、火の手がくすぶっているが、いつかここに再び家や畑が戻る日が来ると信じたい。そのために、戦いを投げ出してはならない。


「セシリア、みんなが避難先へ移動し終わったら、また次の手を考えよう。王太子軍に対して、俺たちがどれだけ抵抗できるか、もう一度戦略を組み直す」

「ええ。もう後戻りはできない。わたしたちが戦いを捨てれば、この光景が広がるだけだから……」


 彼女の言葉にうなずき、俺は拳を握りしめる。目の前には数多くの死と破壊がある。それでも生き残った人たちは俺に期待をかけ、「諦めないで」と訴えている。その声に応えるためにも、ここで挫けるわけにはいかない。


「絶対に、こんな惨劇を繰り返させない。何が何でも、俺たちは勝ち抜く――いや、勝つだけじゃない。こんな理不尽な王太子の圧政を終わらせるんだ」


 背後からは避難準備を手伝う民兵たちの声が聞こえてくる。つらい現実を抱えながらも、一人また一人、廃墟の村を後にする人たちがいる。その姿を見ながら、俺は目を伏せて、唇をかんだ。


 ここがどん底だと思うなかれ。どんなに苦しくても、まだ行けるはず。そう信じて、俺はセシリアと共に焼け跡の村を後にする。彼女の瞳には再起を誓う決意の光が宿り、俺の心にも同じ炎が燃え続けていた。

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