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第61話 セシリアの交渉術と展望

 数日後、領主館の一角で再び小領主や中級貴族との会合が開かれた。この場ではセシリアが本格的に外交力を発揮し、各領主の意向を丹念に拾い上げることになっている。俺は会議が始まる前、セシリアとアイリーン、グレイス、そして数名の家臣たちと共に準備を整えていた。


「今日は重要な交渉がいくつかあるわ。あちらもすぐに兵を出すとは言えないが、フィリップの強権に不満を抱えているのは確か。どう動かすかが勝負ね」


 セシリアがそう言いながらメモを見直す姿に、俺は一瞬見とれる。彼女はかつて王都で培った政治知識と交渉術をフルに活用しようとしている。日頃のツンとした雰囲気とは異なり、冷静かつ理知的な凛々しさが際立っていた。


 アイリーンが「わたしもサポートに回るわ。相手の商業事情なんかは全部頭に入れてあるし」と頼もしい笑みを浮かべると、セシリアは軽くうなずく。


「助かるわ。それぞれの領地が抱える問題や不足物資、そういう切り口で“共闘するメリット”を示したいの。彼らが王太子を恐れるのは当然だけど、『我慢していればいつまでも搾取されるだけ』だとわかってもらうしかない」

「わかった。じゃあ俺は、進行役として全体の流れを見守るよ。何かあれば声をかけてくれ」


 やがて、客人たちが続々と到着し、応接室には小さな賑わいが生まれた。中には前回の集まりに出席した面々もいれば、新規に紹介された領主もいて、いずれも表向きは“通りかかった”とか“交易に関する相談”といった名目を用いている。


 全員が一通り着席し、軽い挨拶を交わしたあと、セシリアが静かに立ち上がった。大きなテーブルの端に立つ彼女の姿に、俺は密かに胸を張り裂かれるような誇りを感じる。


「皆さま、本日はわざわざお運びいただき感謝いたします。わたくし、セシリア・ローゼンブルクと申します。王都から離れ、今はクリフォード領に身を寄せておりますが……本日は王太子殿下の強権に疑問を持たれる方々に、いくつかご提案があって参りました」


 穏やかな口調。けれど、その瞳には確固たる意志が宿っている。彼女の言葉に引き寄せられるように、会場の視線が集まる。


「皆さまの中には、既に殿下が周辺国と傭兵契約を進め、さらなる重税を課そうとしている噂を耳にしていることでしょう。もし王太子がやりたい放題を続ければ、領地はいつ収奪の対象になるかわからない。わたしたちは、そうした不安を共有したいと考えています」

「そ、そうだ。わが領地でも“援軍の負担”など押し付けられ、正直耐えがたい……」

「しかし、どうやって対抗するのか? 殿下の軍は数も多いし、もう絶対的な権力を振るっている」


 複数の領主が不安を口にすると、セシリアはすかさず笑みを浮かべる。そして、テーブルに広げた地図やメモを指し示す。


「わたしたちクリフォード領は、“数で敵わないなら地形と戦略で時間を稼ぐ”方針を取っています。実際、先遣隊を撃退できたのもゲリラ戦を活かしたから。長期化すれば、殿下を快く思わない方々の意見も動きやすくなる。つまり“今すぐ一斉蜂起”ではなく“必要な時に力を合わせる”形です」


 そこにアイリーンがサポートを入れる。「具体的には、物資や情報を共有し合い、もしもの時には相手の不足を補う形で。例えば――」と、それぞれの領地が抱える事情をピックアップしていく。どこは鉄が不足している、どこは農地が広くて食糧が豊富、どこは交易路を持っているなど、アイリーンの情報網をフル活用した巧みな説明だ。


「そして、もし貴方の領地が苦しんでいる問題を、わたしたちが協力して解消できるなら、いざという時に一緒に殿下への抵抗を強めることも可能でしょう? 王太子殿下は中央集権を望むかもしれませんが、わたしたち地方の領地同士が助け合えば、簡単には飲み込まれないはずです」


 セシリアが領主の一人に向けて優しく微笑む。まるで相手が何を求めているかを見透かしているような、的確なアプローチだ。実際、その領主は「農具の補修や武器の鍛造が追いつかない」と頭を抱えていたらしい。彼女はそこを突いて「商人ルートで手配できる」と具体策を提示してみせる。


「ふむ……それが本当に実現できるなら、わたしの領地も救われるかもしれん。王太子殿下がますます厳しい徴税を行おうとしている手前、背に腹は代えられぬということか」

「それに、もし王太子が更なる横暴に出たら、どのみち黙って従っていれば安全なわけでもありません。むしろ、一筋縄でいかない勢力が存在するとわかれば、殿下も慎重になるかもしれない」


 別の領主が唸るように低くつぶやく。


「……このままでは危険だとは思っていたが、クリフォード領も捨て身の覚悟か。なるほど、そこに乗る手もあるか」


 セシリアはさらに畳みかけるように言葉を継ぐ。


「王太子殿下に正面から反抗せよなど、いまは言いません。ですが、いつか殿下が御自分の欲のままに国を動かし、皆さまの領地が巻き込まれる可能性は高い。それを阻止するには、民の声と領地同士の連携が鍵になると考えています」

「民の声……そうだ、殿下は民衆のことなどまるで気にしていない節があるからな。いずれ騒ぎが大きくなれば、我々も立場を示さざるを得ないかもしれん」


 少しずつ話が前向きに進んでいく。俺は一歩下がった位置から、セシリアの手腕を見守っていた。彼女は相手ごとに「不足している物資をこちらが用立てられる可能性」「王太子とのパイプを維持しつつ、危機の際にサポートするメリット」を丁寧に説明していく。まさに“貴族的才能”が光る瞬間だ。


(すごい……一人一人の領主が求めているものを的確に把握して、交渉のカードとして提示している。これが王都で鍛えられたローゼンブルク家の力なのか)


 俺は内心で感嘆しながら、時折フォローを入れる程度に留める。アイリーンも適切なタイミングで商業ルートの話を挟み、グレイスが書類を渡して整理を手伝う。流れるような連携で、領主たちからの質問や懸念に返答していく。


 最終的に、まだ“公然たる同盟”とは言えないが、幾人もの領主が「いざという時には協力を検討する」と前向きな姿勢を示してくれた。以前より確実に踏み込んだ合意が得られている様子だ。


「……わかりました。レオン殿とセシリア嬢のお話、筋が通っていると感じます。わたしも簡単には動けませんが、民のためにもこのまま殿下の横暴を許していいとは思えませんのでね」

「ありがとうございます。私たちは今後も、皆さまの立場を尊重しながら情報の共有と連絡を続けたいと思います。殿下がどう動くにせよ、やれるだけの備えをしておいた方がいいでしょうから」


 会合を終えるときには、緊迫した空気がいくらか緩和されていた。彼らが王太子のもとへ戻っても、即座に「反逆の意思アリ」とみなされるような内容ではないよう慎重に言葉を選んだおかげだろう。


 客人が引き上げ、部屋にいるのが俺たちだけになった瞬間、セシリアはふうっと長い息をつく。


「はあ……緊張したわ。何とか形になったけど、油断はできない。実際、誰が本当に助けてくれるかはまだ未知数だもの」

「でも、大きな前進だよ。皆も少しは前向きになったし、これで“殿下が絶対”って空気に風穴が空き始めた。ありがとう、セシリア。君の政治力には本当に感謝してる」


 俺が素直に言葉をかけると、セシリアは照れたように口元を緩める。しかしすぐに表情を引き締めて、紙束を抱きしめた。


「……わたしはただ、王都で学んだ“貴族同士の駆け引き”を使っているだけ。だけど、そんな駆け引きですべてが解決するわけじゃない。実際、殿下の大軍をどうしのぐかは、やっぱり簡単じゃないから……」

「それでも、こういう一歩が革命の種火になるんだと思う。俺たちの抵抗がまったくの無力じゃないと知ってくれた人が増えたのは事実なんだ」


 “革命”という言葉をあえて口にすると、セシリアは少し驚いたように目を見開く。けれど、すぐに笑みを返してくれた。その瞳には確かな光が宿っている。


「そうね……今はまだ小さな火かもしれないけど、いつか大きな炎になると信じたいわ。殿下の圧政に苦しむ人が増えれば、それだけわたしたちの方へ流れる人も出てくるはず。今はその土台を作っている段階ね」

「ああ。正面から王太子に勝てるとは思ってないけど、こうやって味方を増やしていけば何かが変わる。君の力は本当に頼りになるよ、セシリア」


 彼女が小さく笑うのを見て、俺も笑みがこぼれる。戦乱の危機の中でも、確かな手応えを感じる瞬間だ。アイリーンやグレイスも部屋の隅でほほ笑んでいて、張り詰めた空気が少しだけ和んだ。


 もちろん、まだ道は遠い。討伐軍が実際に動いたら、こんな交渉だけで乗り切れるはずはない。それでも、セシリアの交渉術が少しずつ周囲を変えているのを感じると、無謀と思われた抵抗も無意味じゃないのだと実感できる。


(彼女の政治力と俺たちの守りと、何より民の意志が合わされば、きっと大きな力になる。革命という言葉が大げさじゃなくなる日が近いのかもしれない)


 そんな期待を胸に、俺たちは新たにまとめたリストを見直した。反王太子連合とまではいかなくても、協力的な領主名が増えているのがはっきりわかる。


 長い戦いに向けた準備は、着々と広がりつつあるのだ。

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